第七話 学んだ触り方
「手を繋ぐって……へ、変な意味じゃないよね? 一見何でもないように見せかけて、実は裏の意味では──的な」
「ないない。どれだけ私のこと警戒してるのさー」
「そりゃ最初にあんなことされたら警戒心も高まるよ……」
提案されてきた『お礼』の内容であったが、本当のことを語ればもっと過激なところを攻められるとさえ想像していただけにそのお手軽さは逆に疑わしくも思えてしまう。
いや、実際のところかなり疑っている。
何といっても先日されたことがあれだっただけに、こうも簡単なことを持ち出されてしまうとどこかに裏があるのではと勘ぐってしまうのだ。
もしや自分が知らないだけで、手を繋ぐという行為には全く別の意味があるのでは…なんて飛躍した思考にまで陥ってしまうほどに。
それもこれも、日依がここまで警戒の姿勢を全開にするのは全て佳澄のせいである。
まだ共に過ごした時間は二日と経過していないはずなのに、たったそれだけの時間でこうも日依の心に入り込んできたのだ。
そんな相手から平然とした態度で出されてきた案。
深掘りをするなという方が無理な話だ。
またその内容というのが予想に反して準備も実行も容易なのだから尚更。
けれどもこんな日依の反応も織り込み済みだったからか、佳澄も堂々とした態度を貫いたまま会話は継続される。
「平気だって。今回は本当に純粋に、『お礼』として日依と手を繋いであげたいっていう心境だもん」
「その『お礼』っていうのもね…どうして手を繋ぐの? あまりそれで私が得をするとは思えないんだけど…」
「あれ、日依もしかして知らない?」
「何が?」
どうやら今回ばかりは佳澄も彼女の裏の裏までかくような策略は持ち合わせていないらしく、話し方を見ていてもそれは何となく感じ取れたがおそらく本当にすることとしては手を繋ぐだけなのだろう。
しかしそれなら、何故そんな行為をわざわざ選んできたのかという疑問も新たに出てくるが…そこについての答えは案外簡単だった。
「ほら、こういう話って聞いたことない? 人は誰かとハグをすると日頃の蓄積してたストレスが大幅に減少させられる──みたいなやつ」
「あぁ…何となくは聞いたことあるかも。…え、もしかしてそれってこと?」
「大正解。調べてみたらそれはハグじゃなくても手を繋ぐだけで効果はあるっぽくて、なんか幸せを感じ取るホルモンが分泌されるからストレスの軽減にも有効的…なんだってさ。ねっ? だから慣れない環境で疲れた日依の心を癒してあげようかと思って」
「うぅん……納得できるような、できないような」
おそらく深掘りをしていくと専門的な範囲に踏み込むので長時間の解説が必要になることなのだろうが、要するに誰かと手を繋ぐという行為には心理的な効果があるということだ。
佳澄が狙っているのはまさにそこで、彼女が訪れたことで不慣れな環境で過ごすことになった日依の精神状態を気遣ってくれたらしい。
…それが本音であるかどうかの判別は今ここでは出来ないが、まぁ納得はした。
「ま、そのくらいならいっか…下手に変なこと言い出されるよりはいいし」
「変なことって何さ。……あ、もしかして私が日依に妙なことをしようとしてるとでも思ったの? 案外日依もむっつりさんなんだねぇ…」
「な…っ! ち、違うから!!」
「いいよ、誤魔化さなくても。私はたとえ日依が少しくらいむっつりでも受け入れてあげるからさ」
「だから違うんだってばぁ!!」
すると会話の流れから何やらとんでもない誤解が発生してしまったように思えてならないが、それに抗議しても佳澄はどこ吹く風といった様子。
…彼女の中で日依がどんな立ち位置にいるのか、徹底的に問い詰めたいところではあったがその辺りの誤解はまた今度しっかり解いておくことにしよう。
「とにかく今はさ…こっちでしょ? 私はいつでもいいから日依の好きなタイミングで握ってみてよ」
「…それなら、分かった。はい、これでいい?」
これも二人の間で決めたルールだ。
それに佳澄も、先日からあんな言動ばかりされているので調子が狂ってしまうが一応は善意から日依に恩を返そうとしてくれているのだ。
……うん、まぁ一応根底にあるのは善意であるはずだ。
なのでこれもその一環なのだろうと無理やり思い込むことにし、差し出されてきた彼女の掌を握手の形でギュッと握りしめる。
ただそうした日依の挙動に対して佳澄のリアクションは、頭の上に疑問符を浮かべるものであったが。
「…なんか握ってはみたけど、あまり効果は感じられないような。これで本当にストレスなんて減るの──…?」
「……いやいや、どうしてそうなるのさ」
「えっ? 何か間違ってた?」
互いに互いが向かい合う形でされた手を繋ぐという行為だったが、実際にしてみてもそれほど何かを感じることは無い。
思っていたよりも無味乾燥なやり取りで終わってしまったと思われ……しかし、そんな日依の真正面。
彼女と同じように日依から手を握られた佳澄はというと、その端正な顔立ちを何故だか不服そうに歪めて呆れたような声を絞り出していた。
「間違ってるも何も…何でこんな事務的な握り方なの?」
「だって手を握るならこうかなと。それ以外にある?」
すると向こうが指摘してきたのは、日依の手の握り方。
現在は二人の右手をガッチリと握りしめ合う、握手の形式でされたそれだったが…その点がおかしいとあちらは言ってきた。
「あるんだよ。こんな形式ばった握り方じゃなくてさ…ほら、一回離して?」
「ん…はい」
「普通はね、こういうんじゃなくて……ほいっ。こうするんだよ」
「えぇ…そうなの?」
どこかが間違っていたらしいので納得は行かないが言う通りに従い、されるがままに佳澄の訂正を実行する。
そうすれば、今度はやり直しでもするかのようにしっかりとお互いの指が絡めとられ、それぞれの手を突き合わせるような形。
いわゆる恋人繋ぎの仕方に変化していたが、確かにこれは先ほどよりも密着感というのか…感じ取れる情感は少し違う気がする。
肌に触れているという点ではさっきと同じはずなのに、この繋ぎ方をしていると何だか佳澄との距離も縮まっているように思えてしまう。
「ふふっ…それでどう? 私と手を繋いでみた感想のほどは…」
「…言われてみれば、こっちの方が良い感じはする、かも……そんな気がするってだけだけどね!」
「そう思ってもらえたなら私もした甲斐があるよ。…ほぅら、もっと私の手の感触を堪能してくれていいからさ」
「んっ……」
ただしその一方で、こうして佳澄と手を繋いでいるとどうしてもその感触に意識が集中してしまう。
…本来なら、今に至るまで関わることも無かっただろう相手とのこんな接触。
普段は顔の良さやスタイルの良さに目が向かいがちであるが、細かいところにまで意識を向けてみれば佳澄は肌の感触さえも優れている。
陶器の美しさを連想させる白い肌に、その触り心地は絹のように滑らかで艶やかだ。
こうして直に接触しているからこそ、その事実が尚更強調して感じられてしまい……そこに加えて、今も尚日依の集中力を削ぎ落しにかかるものが一つだけあった。
それというのが………。
(…なんか、佳澄さんの触り方……少しえっちじゃない? いや、気のせいって言われたらそれまでだけど…絶対気のせいじゃないよね?)
…先ほどから感じていた、日依の手に触れる際の佳澄の挙動であった。
別に言葉にしてみれば何てことはない。
ただ日依の掌を指を動かしながら握りしめているだけだ。
…しかし、何と表現するべきか。
単なる思い過ごしであればそれで良かったのだが、どことなくその動きに違和感を覚えてしまうのだ。
というのも、数秒前までは何ともなかったはずなのにふとした拍子に彼女の手の感触を確かめるように指をたおやかに動かし…まさしくこちらに指ごと絡めとるように擦られる。
その動きに妙なものを感じたため、少し隙間を空けて逃げ場を作ろうとするがそうはさせまいと言わんばかりに離れようとした瞬間に力を込められる。
そうして無言の応酬が繰り広げられていく中で、ただただ掌を触っているだけだというのに…一度意識してしまうと妙な気分というのは蓄積されていく。
「ね、ねぇ佳澄さん…この触り方は、ちょっとおかしくない…?」
「ん~…? おかしいって何がさ。私には全然分からないけど~……」
「うひゃ…っ!? い、いきなり手首くすぐらないでくれる!? ていうか今のは絶対にわざとだよね!!」
さわさわと積み重ねられていく佳澄の手の感触は確かに心地よく──それでいて、触り方はどことなく蠱惑的だ。
くすぐったいような、むず痒いような……そんなやりにくさが徐々に徐々に積もり積もっていき、これ以上はマズいのではと思ったところで佳澄から唐突に手首をくすぐられる。
それも完璧に気を抜いていたこともあって不意打ちが成立してしまったので、思い返したところで変な声まで出してしまう始末。
「えぇ…私は単に日依の手を握ってるだけだよ? もしかして…こうしてる間に、変な気分にでもなっちゃったのかなぁ…?」
「な…っ! そ、そんなこと…あるわけないでしょーが!! もうおしまい! これ以降は手を繋ぐのナシです!!」
「おっとっと…ふふふ。照れ屋さんなんだから、日依ってば」
「そっちのせいだよね!? というか照れ屋さんとか絶対違うから!!」
したことと言えば本当に手を繋いでいただけ。たったそれだけのことだ。
だというのに、強制的に場を締めた彼女の言動を見てこちらを揶揄ってくるような佳澄の言葉を聞いてしまうと…どうしても日依も冷静さが保つことが出来なくなる。
それどころか、まるでこちらの我儘を聞き入れる優しい保護者のような目を向けてくる佳澄に対し、日依はどうしてこうなるのかと内心で絶叫して現実でも盛大な叫び声を上げた。
…その後も、何故だか佳澄に散々いじられたことは言うまでもない。




