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不和⑥

 ひんやりと冷たい石壁に男たちの喚き散らす声が反響する。カビと糞尿の臭いに満ちた不衛生な牢の人口密度は日増しに増えていた。

牢に入れられているそのほとんどが見すぼらしい身なりの下流階級の人間だった。

 浅黒い肌の大男が牢の中を覗き込みながら眉間に皺を寄せる。

「牢の掃除を最後にしたのはいつだ?」

大男は後ろに従えていた兵士に聞いた。

「ええと…」

兵士は考えるように視線を動かす。

「まあいい。捕虜に牢の掃除をさせろ。ブラシぐらいあるだろう」

「はっ」

兵士はピシッと敬礼すると来た道を戻って行く。息をするのも躊躇うような悪臭の立ち込める牢に、よく磨かれた靴を履いた若い男が入って来た。

大男は若い男を見ると背筋を正して敬礼する。

「中隊長殿」

「衛生まで気遣うとはさすがですねベリアモース小隊長」

中隊長と呼ばれた若い男、ステラが言った。

「中隊長がこんな所に来られるなんて。重要な捕虜でもお探しですか?…ここの事でしたら、捕虜の数は依然増えております。むしろ、取り締まりを強化すればするほど数が増えているような気さえしてくる」

大男は現状を淀みなく報告した。

「いや、部下から君が根を詰め過ぎていて心配だと聞いて来たんだ」

ステラの言葉に大男は表情を硬くすると、神経質に指をすり合わせる。

「星骸の躍進は君のせいじゃないアレクサンドル。君は誰よりも早く不穏な動きに気づいてくれていた。止められなかったのは体制による動きづらさが原因だ」

ステラの言葉が捕虜たちの騒がしい声に混ざった。アレクサンドルの表情がわずかに和らぐ。

「はい。理解しております」

「…ではなぜ家に帰らないんです?ずっと仕事をしてると聞いたよ。君が真面目で正義感が強いのは重々承知だし、休む暇が無いのは間違い無いだけど、小隊長の君がずっと働いていては部下も家に帰りづらい」

中隊長の言葉にアレクサンドルは目を伏せた。「気をつけます。わざわざこんな事を言いに越させてしまい申し訳ありません」

「良いんだ。ここには元々来るつもりだったし」

ステラの言葉にアレクサンドルは肩の力を抜く。だがそれはステラの放った次の言葉で再度硬く強張ってしまった。

「今日は家に帰るんだ。良いな?家族の事も気にしてやらなきゃ。治安の維持は大事だが、家族を蔑ろにする程は僕は望んでない」

「……はっ、」

アレクサンドルは短く言うと何度か瞬きする。

「さ、どこでどのくらいの捕虜が出てるかの報告をしてもらっても?」

若い男は気を取り直したようにそう言った。アレクサンドルはピンと張った背筋をさらに正すと、職務に戻る。

二人の足音が牢の冷たい壁に静かに反響し、遠ざかっていった。





 降り注ぐ陽光が夜の内に積もった雪をゆっくりと溶かす。

水っぽくなった雪を踏みしめる足音が二つ。

ひとつはザクザクと豪快な音を立てる大股歩き。もう一つは神経質さを感じさせる小さな歩幅とそれに比例する控えめな音だった。

「いったい…どこ、まで…ハァハァ、行くつもりだ?」

神経質な足音を立てるはげ頭の男が聞く。

「うん?町の外れまでだよ。あと半分くらいかな〜」

大股で歩いている金髪の若い男が答えた。

「半分だとっ!?それほど遠いのに何故馬を使わなかった!」

はげ頭の男が大きな声を上げる。

「…だって、馬はデカいし」

金髪はそう言って唇を尖らせた。

「そもそも貴様には年上を敬う気持ちというものが足りていないぞ!敬っていれば馬を用意したはずだ!」

「俺の名前はキサマじゃなくてチャック!ちゃんと覚えてよ」

金髪が言う。

「貴様とはそういう意味ではない!!頭の悪い下民風情が!」

「下民〜??ゾラだってそう変わらないだろ!スクラップタウンに住んでないからって平民な事に変わりない!」

「私はっ!!平民など!…っ!!」

ゾラはすんでの所で言葉を呑み込むと、慌てて手で口を覆い、忌々しそうに口をモゴモゴと動かした。

はげ頭の男は怒りに任せ素性を明かす訳にはいかなかった。

ここ数日の苦労が全て無駄になってしまうのだから。

 ゾラは歯ぎしりしながら金髪の若者について行く。チャックはゾラの神経全てを逆撫でする男だったので、ただ後ろについて行くだけでも彼にとってはかなりの苦行だった。

 チャックが何曲目かの音の外れた鼻歌を終えた時、ようやく目的の場所に着く。

「よーし、着いた!」

金髪が立ち止まったのは何も無い場所だった。

正確に言えば、獣道に毛が生えた程度の林道とゴツゴツした岩と雪の上に続くウサギの足跡があったが、それは今までの道のりとさほど変わりが無い。

「ハァハァ、着いただと?何も無いじゃないか!」

ゾラは息を乱しながら膝に手をついて言う。

チャックは男のはげ頭を見ながら

「俺も体力無い方だけど、アンタはそれ以上だよな」

と言った。

ゾラは、貴様も年を取れば分かると吐き捨てながら膝に置いた手を腰まで持ち上げる。

「俺たちの目的はこれだよ」

チャックは林道の端に鎮座している岩をポンポンと叩いた。

ゾラは眉間の皺を深くする。

「…俺の助手をしばらくやってるのにまだピンと来てないの?これはラピスだよ、ラ・ピ・ス!」

金髪の男は呆れたように言った。

「貴様の説明が悪いのだろう!!それにこんなラピスは見たこともない!!」

ゾラの出した大きな声に驚いた鳥が、枝の上の雪をまき散らしながら飛び立つ。

「…怒鳴らないでよ、」

チャックは手で耳を塞ぎ、嫌そうに言った。

「じゃあもう一回説明するけど、これはラピス。ラピスは種類によって光ったり、音を出したり取り込んだり、熱を発したり逆に冷やしたりする」

「そんな事は知ってる!バカにしてるのか!?」

ゾラは憤慨したように言う。

「もう!黙って聞けよな!今言ったようなラピスはこういう大きな岩を、俺みたいな石工が切り出したやつなんだ!だからアンタが見たこと無くてもこれはラピス!そんで、今日はこれの点検にきたの!」

チャックはひと息にまくし立てるように言った。

ゾラはしかめっ面でそれを聞くと小さく呟く。

「点検?」

「そう、点検。武器庫の作戦の時にアンタ驚いてただろ?敵の動きが分かる、とか、遠くに居ても話せる、とか」

チャックの言葉にゾラは認めたくないと言わんばかりにむっつりと頷いた。

「それは、小さいラピスに切り出す前のこういう岩サイズのラピスのお陰なんだ」

金髪は肩に掛けていた巾着を下ろすと中からルーペと革水筒、そして汚れた雑巾を取り出した。

「地区中にこれを置いて、何て言ったら分かりやすいかな…交信の…そう、中継地点にしてるんだ。だからコイツが苔とか雨とかで汚れるだけでも交信が上手くいかなくなっちゃう」

チャックはそう言うと、ゾラに向かって雑巾を投げる。

物を投げて寄越された事など無いゾラはそれを受け取る事が出来ず、踏み締めてぐちゃぐちゃになった雪の上にべチャリと落ちた。

「…あぁ、ごめん。年取るととっさに取れないよね」

チャックは、先ほどのゾラの、貴様も年を取れば分かるという言葉を受け、気遣う気持ちで悪気なくそう言うと、落ちた雑巾を拾って手渡す。

ゾラは黙ってそれを受け取った。普段の彼であれば、こんな侮辱の言葉を掛けられれば烈火のごとく怒るはずだった。

だがゾラはそれどころでは無かったのだ。

「……汚れるだけでその交信とやらが上手くいかないのか?」

ゾラは囁くように聞く。

「うん。だから掃除すんの。面倒だけど仕方ない。このルーペも使ってピッカピカにしないと」

チャックは水筒の口を開けて中の水を岩にかけた。

「なるほど…では、壊れるなどもっての外?」

「うわー、壊れるとか考えたくもないよね〜。でもラピスはこの岩サイズだとしても持ち上げられるくらい軽い鉱物だけど、すっげえ硬いからちょっとやそっとの事じゃ壊れたりしない!だから大丈夫!」

金髪の男はニッコリ笑って言う。

「さ、掃除するよ。俺はこっちやるからゾラはそっち側からな」

チャックは雑巾で岩をゴシゴシと拭き始める。金髪の若者は知らなかった。

はげ頭の連れが、見たことも無いほど愉悦に満ちた表情をしていた事など。

ゾラも屈んで岩を拭き始める。

彼の我慢ももうすぐ終わりを迎えそうだった。



ここまで読んで下さりありがとうございます。

ゾラがいよいよ中枢にまで入り込んで来ました。

ペラペラ喋るチャックが悪いと思います。

でも彼、初めて部下のような存在が出来て舞い上がってるんですよね笑

じゃあ仕方ない!


次回は土曜日の21:00です。またお会いしましょう!

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