不和⑦
夕刻を知らせる鐘に合わせて、大きな荷台を引いた馬車が建物の横に寄せられた。
扉を開けて素早く出てきた男が荷台のカーテンを取り去ると足早に建物に戻って行く。
「皆んな、作戦は分かるかな?素早く乗り込むんだ!それ、行けー!」
男の低い声が建物内から聞こえたかと思うと、その合図に合わせて子供たちが扉から飛び出して来た。
「行けー!」
「早く早く!」
「怪獣さんに見つかるぞー!」
子供たちは口々に言いながら楽しそうに馬車に乗り込む。
男は途中で派手に転んだ一人を助け起こすと、そのまま荷台に乗せた。
「フェロー先生も早く乗ってよー!」
先生と呼ばれた男は転んでグズる子供に、いつものように魔法の呪文を唱えると、子供たちに向き直る。
「先生は怪獣さんを封印するのに忙しいからここに残るよ」
「えー!じゃあ僕も残る!」
一人が地団駄を踏んだ。
「それはダメだ。君たちには家に帰ってお母さんやお父さんが怪獣さんにやられてないか確かめる任務があるだろ?」
トーマスはもっともらしく言う。先生のその言葉に子供たちは顔を見合わせると仕方ないとばかりに頷いた。
「ママたちを守れるのは僕らだもんね」
「ああそうさ。さ、皆んな、家に帰っても任務を忘れるなよ!お母さんやお父さんの側を離れちゃダメだ!守れる人ー?」
「はーい!」
子供たちは我先にと手を挙げた。
「先生!明日はお外で遊んでもいい?」
「外?部屋の中でも楽しいだろ?それに外は怪獣さんがいて、食べられちゃうぞ〜!!」
「キャー!!」
先生の名演技に子供たちは楽しげな悲鳴を上げる。
「ハッハッハ!よし、じゃあ皆んな、また明日な」
「…ねぇ先生。ソフィアちゃん、ずっと来てないけどソフィアちゃんは家でお母さんたちを守ってるの?」
トーマスが荷台のカーテンを閉めようとした時、一人の少女が控えめに問いかけた。
少女の言葉に、子供たちはさっきまでの騒がしさが嘘のように静かになる。
「私のパパが、ソフィアちゃんの所は兵士さんだから町の悪い人たちを倒してて大変かもって言ってたの…ソフィアちゃんはなんで来ないの?」
少女は眉を下げてポツポツと言った。瞳は不安そうに揺れ、言葉はわずかに震えている。
「大丈夫だよ。皆んながやってるようにソフィアもお家でお母さんたちを守ってるんだ。…それにソフィアには小さな弟がいるだろう?」
「チャーリー」
「そう、チャーリーだ。彼の面倒を見るのも姉であるソフィアの役目だからね」
「じゃあソフィアちゃんはその内戻って来る?」
少女が首をかしげる。
「ああ、きっと戻ってくるよ。皆んなと早く会いたいってソフィアも思ってるはずさ」
男の言葉に子供たちはホッと息を吐き出した。
「さ、帰るぞ皆んな!また明日!」
「また明日!先生!」
カーテンを閉めたトーマスが荷台を二回、ドンドンと叩くと馬車がゆっくりと動き出す。
遠ざかって行く馬車にトーマスは深いため息をついた。
「…子供たちを外で遊ばせる事も出来ないなんて。それにソフィア…」
「先生バイバーイ!」
カーテンの隙間から子供たちがイタズラっぽく顔を出し、ぶんぶんと手を振っている。
「落ちたら危ないからちゃんと掴まるんだ!」
先生の注意に楽しげに笑う子供たちの声が小さくなって行く。
斜めに差し込んだ夕焼けが、トーマスの横顔を真っ赤に染め上げていた。
獣臭がわずかに漂う。並の民家よりも遥かに頑丈で豪勢な作りの厩に、城の主であるリンブル・ピーストップが訪れていた。
星骸による武器庫奪取から既に二週間が経っている。破竹の勢いで勢力を広げている反逆者たちをリンブルはただ指を咥えて見ていた訳では無かった。
各地の貴族に書状を送り、兵力集めに時間を割いていた。
その甲斐あって厩にはかつてない程の馬で埋め尽くされ、各地から忍んで集まって来た貴族たちの兵士が訓練に明け暮れていた。
「こちらにおられましたかリンブル様」
そう言いながら恭しく礼をしたのは、側近の男だった。
「どうした」
「はい。先日の議会で決まりました件ですが、一番大きな新聞社の買収に成功致しました」
男はリンブルの半歩後ろを歩きながら報告する。
「そうかご苦労。決まった通りに取り計らえ」
「はっ。既に幾つかの記事を書かせております。昼頃には執務室に届くかと」
男は淀みなく言った。リンブルは深く頷いた。
「リンブル様、ひとつ質問しても宜しいでしょうか?」
「なんだ」
リンブルは兵士から馬の手綱を受け取りながら言う。
「新聞社に命じて言論統制をしなかった理由は何なのでしょう?議会のほとんどは言論統制に賛成しておりました」
リンブルは側近の質問に目をすがめた。
「…まあいい、若者に策を教えるのも年配者の務めだ」
側近の男は自分の愚かな質問に対する主人の寛大な措置に安堵しつつ、起きたかもしれない未来を想像して身を硬くした。
「まず、情報とは力だ。今これほどまでに星骸が勢力を伸ばしているのは新聞社によって英雄として描かれている事も要因のひとつ、分かるか?」
「はい。だからこそ、議会で言論統制すべきだとの提案が出たと記憶しております」
側近の言葉にリンブルは頷いた。訓練する兵士たちの間を抜けて、二人は馬を連れて歩いて行く。
「まさにそうだ。だが今新聞社に圧力をかけたら市民はどう思う?」
主人の問いかけに若者は眉をひそめる。リンブルが言葉を続けた。
「今、市民は権力者である我々を嫌い、敵視している。そんな我々が権力を使って市民の娯楽を奪えば、反発がより激化する、そうは思わないか?」
側近の男は、ハッと息を飲む。
「だから言論統制はしない。むしろそれを利用する」
「利用、ですか?」
「ああ、利用だ」
リンブルは広大な庭まで来ると、あぶみに足を掛けた。
「星骸は巨大になり過ぎた。組織を制御しきれていないようだ。我々への反乱を免罪符に町では盗みなどの犯罪が増えている事からも明らかだろう。そしてそれをよく思わない市民も多い」
リンブルは馬の背に乗ると、手入れされた豊かなたてがみをそっと撫でる。
「市民に教えてやらねばならない、誰が治安を維持出来るかという事を。そしてそれは新聞が一番手っ取り早い、そうだろう?」
リンブルはそう言うと馬に拍車を掛けた。ドッという鈍い音と共に馬が弾き飛ばした土が舞い上がる。
側近の男はその背を見送りながら、尊敬に目を輝かせていた。
ピーストップ家の息のかかった新聞の影響はすぐに出た。
治安悪化に不満を募らせていた市民たちが新聞の『ピーストップ家による治安維持の約束』、『反逆者に占領されている商業路の復活』、『反逆者ではなくピーストップ家による食料配給の約束』などの見出しに飛びついたのだ。
市民の間では密告が相次ぎ、収容所はひとつでは足りなくなるほどになっていた。
星骸が行う配給に訪れる者の数は減り、新聞が出てから五日もすると支持者の多くが身を隠す事を強いられるようになった。
中流階級の住むツリータウンのある一棟。上へ上へと続く階段を足を踏み鳴らして上がる一人の女。女は部屋に入ると、ソファにドカリと腰を下ろした。
「星骸支持で書けって言ってたくせに突然変えるなんて冗談じゃない!」
女はソファで長い脚を組み替えながら苛立ったように言う。
「おーおー、荒れてんねぇセレーノ」
その声を聞きつけて奥から別の女が現れた。跳ね上げたアイラインがいかにも強気な女だった。
「私がカガイの記事を書いた時はあんなに喜んでたのに!あのデブ野郎!私の取材の苦労はどうなるのよ!」
セレーノは吐き捨てるように言う。
「はいはい落ち着いて。声を落としなよ、隣に聞こえたら何を密告されるか分かったもんじゃない」
セレーノは差し出されたカップを傾けて喉を鳴らした。
「抗議したんでしょ?アンタの記事は人気だし、あの守銭奴の編集長ならコラムぐらいは許してくれた?」
「ぜんっぜん!それどころか、私はっ!」
セレーノは一度言葉を切ると親指を立てて首元に添えると勢い良く横に引く。
「クビだって!!」
「はぁ!?」
アイラインの女は大きな声を出した。セレーノはソファから身を乗り出して声を小さくする。
「私が書く記事が生む金より、受け取った金の方が多いのよ、きっと」
「受け取ったお金?」
「そ。デブ野郎の靴がピッカピカの新品になってた。あとペンも」
セレーノは手にしていたカップを腹立たしげにローテーブルに置いた。
「ははぁ。領主様は守銭奴を買収した訳だ」
女の言葉にセレーノは肩をすくめる。
「仕事なくなっちゃってどうしよう……言いたくないけどアンタの服飾の稼ぎだけじゃいつまでもここに住んでられないよね」
セレーノは爪を噛んだ。
「爪噛むな。はぁ……クビの理由はアンタのせいじゃないでしょ?貯金はあるし、しばらくうっすーい雑穀粥になるだろうけど死にはしないよ」
「雑穀粥キライ」
「うるさい。アンタのせいでしょ」
「私のせいじゃないって今言った!」
セレーノは頬を膨らませる。
「ふふっ、じゃあ今日は最後の贅沢飯だ!」
「よっしゃ!」
セレーノはパチンと手を叩いて立ち上がると、キッチンへと走って行った。




