不和⑤
何とか予定通り間に合わせる事が出来ました!
楽しんでいって下さい!!
ヒューッと吹き付けた風が枝の上に溜まっていた雪を蹴落とす。
雪の重みでしなっていた枝が勢い良く元の場所に戻り、その揺れで周りの雪もぼとぼとと音を立て落ちていく。
山深くに建てられた狩猟小屋は今は革命児たちの根城となっており、その暖かな室内でレイは地図を広げて何やら難しい表情を浮かべていた。
誰も居ない静かな小屋。
そんな静寂を切り裂いたのは雪を踏みしめる馬の足音だった。
レイが馬のいななきを聞いて、玄関の方へとその鋭い瞳を向けた丁度その時、扉が勢い良く開いた。
「レイ!!」
部屋に飛び込んで来たのは全身雪まみれのイーサンだった。頬は寒さで赤く染まり、緑の瞳は動揺で激しく揺れている。
「どうした?」
レイはいつもの静かな口調で聞きながら、尋常じゃない様子のイーサンを見てゆっくりと立ち上がった。
「チャドたちがっ、剣闘士たちが、市民を、市民たちが、集まって、っ!」
レイは男を落ち着かせようと近くにあったグラスを取り上げる。しかし、イーサンはそれを受け取るよりも早く全てを言い切った。
「貴族の屋敷を襲ったんだ!!」
レイはグラスを掴んだままイーサンを見る。
「こっちに寝返ってた貴族の屋敷だ!剣闘士たちから屋敷を襲おうと誘われた奴がいる!!そいつは俺にすぐ知らせてくれたんだけど、襲撃を止めるのは間に合わなくて!」
レイは二回ほど瞬きすると、グラスを机の上に戻してフックに掛かっていた外套を掴んだ。
「チャドの元まで案内してくれ」
レイはイーサンの横をすり抜けて外へ出ると、厩に繋いでいた馬に飛び乗る。
二頭の馬の残す足跡が森の中に長く続いていた。
二頭の馬が剣闘士たちの元へたどり着いたのは月が高く昇った頃だった。
イチア地区の外れ、田舎貴族の治める寒々しい土地。
剣闘士たちの一団はその土地のど真ん中にある枯れた農地に野営を設置していた。
ゆらゆらと揺れる焚き火が勝利に酔う男たちの影を長く伸ばしている。
レイは、白い息を暗い空に立ち昇らせている馬から滑り下りた。
静かな足取りで野営の中心へと歩みを進めるレイの瞳はいつもより数段厳しい光をたたえている。
「レイっ!待てよ!」
名前を呼ばれた男が立ち止まる。後ろから駆け寄ってきて進行方向を塞ぐのはイーサンだった。
「チャドはあっち、捕虜の貴族は向こうだって」
イーサンは指で方向を示しながら言う。
「そうか」
レイは静かにそう言うと、剣闘士のボスが居ると言われた方へと歩き出した。
「レイ、何を言うつもりだ?」
イーサンが尋ねる。二人は、酒を零しながら騒ぐ男たちの間を縫うように歩いていた。
「なぜ勝手な行動をしたのか説明してもらう」
レイは淡々と言う。
「…アイツらがどうしてあんな行動を取ったかお前は分かってるだろ?」
イーサンの言葉にレイは足を止めて振り返った。
「ああ。貴族が仲間になるのが気に食わないんだろう」
「そうだ。こんな事が起こる前にチャドと少し話したけど、アイツらは単に混乱してるだけだ。そりゃこんな暴挙は良くないけど…」
「おやおや、これはこれは…我らが軍師サマじゃあねぇか!」
轟くような声にイーサンの言葉が遮られる。並の男よりもひと回りも巨大な男、チャドだった。
「チャド」
レイはのしのしと歩いて来る剣闘士のボスに向き直る。その瞳はどこまでも冷たかった。
「どうした軍師サマ、遠路はるばるこんな所まで。ああそうか!イチアを支配してる邪悪な貴族を討ち倒してやった俺たちに労いを言いに来たって訳か!」
チャドが大げさに言うと周りの剣闘士たちがゲラゲラと笑い、さざ波のように広がった。
「この酒は中々イケるぜ、どうだ軍師サマ?年代物だってよ、飲んでくれるなとギャーギャー喚いてやがったが、今はもう俺たちのもんだ」
チャドはそう言うと、仲間が手渡した瓶をレイに差し出した。レイはチャドを見上げている。差し出された酒にはひと目もくれなかった。
「チャド、自分が何をしたか分かっているな」
「あん?だから言ったろ?邪悪な貴族を討ち倒してやったって」
「俺はそんな事は頼んでいない」
「ああ、そうだな」
チャドもレイを見る。二人の間にいるイーサンは口を挟む隙を探すように視線を右往左往させていた。
「なぜ勝手な事をした」
レイは硬質な声で言う。
「勝手な事?勝手な事だと!?はっ!!先に勝手をしたのはどっちだ!!」
チャドは先ほどまでのおどけた調子が嘘のように大きな声で言った。遠くで馬が落ち着かなげにいななく。
「お前は貴族をひとり残らず討ち倒すって言ったよなぁ!!それがどうだ!貴族に手紙を送って仲間にしてやがる!!」
チャドは手に持っていた瓶を地面に叩きつける。ガシャンと凄い音を立てて割れた瓶から飛び散ったアルコールが男たちの鼻をツンと突いた。
「先に勝手をしたのはテメェだろ!食いモンの為に貴族が必要か!?馬を集める為に必要か!?だったら奪えば良い!!仲間にする必要なんてこれっぽっちもねぇ!そうだろテメェら!!」
チャドの怒号に周りの男たちが雄叫びを上げる。その声は地鳴りのように激しく、レイたちの肌をビリビリと刺した。
「テメェの言うことなんざひとつも聞きたくねぇ!一人で軍師でもなんでもやってな!!」
「いいや、聞いて貰わなくては困る」
レイは低く言う。強く吹いた風がビューッと耳を打った。
「なぜ貴族を仲間にするか知りたいか?なぜ奪い獲らないか知りたいか?」
レイが巨漢の男に詰め寄った。見上げる瞳に怒りが宿る。
「俺たちが弱いからだ!食料も足りない、武器も足りない、供給路も足りない。そして何より人間が足りない!!」
イーサンは怒鳴り声を上げるレイを少しだけ意外そうに見た。
「ただ腕っぷしが強いだけで勝てると思っているのか!本気でそれを信じてるのか!!何を相手にしてると思ってるんだ!ピーストップ家だとでも!?イチア地区だとでも思っているのかお前たちは!!」
チャドは眉を寄せる。
「あ?敵はピーストップ家だろうよ。貴族どもだ!俺たちで遊びやがった奴らだろ!」
レイはその言葉に首を振った。
「違う。俺が目指すのはそんなものじゃない。俺たちが倒すのは制度だ!この国に蔓延る階級制度を無くす事が目的だ!」
チャドは息を飲むと、戸惑うように瞳を揺らす。強い風が男の外套をはためかせた。
「ただピーストップ家を倒すだけではダメなんだ!イチア地区を落とすだけでは意味がない!俺が狙うのはこの国だ!!」
剣闘士たちももはや誰も笑ってはいなかった。レイの言葉の意味を理解しようとジッと耳を傾けている。
「俺は制度を壊す為なら何だってする!敵に手紙だって送るし、ウマイ条件を元に寝返らせるし、仲間だって王都に送る!妹を殺した奴に媚びる事だって!!何だってしてやる!!」
チャドはレイをジッと見る。
冷静な男の中に巣食う怪物の正体を見極めようとするかのようだった。
今や、その場に居る全ての人間がレイを見ていた。地の底から這い出たような声が男たちをその場に縛り付ける。レイはチャドから視線を切り離して周りを見回した。
「貴族を殺してやりたいんだろう?一人残らず引きずり下ろしたいんだろう?だったら勝手な事をするな!!」
男の執念は鋭い瞳に力強く宿り、全てを飲み込まんばかりだった。
「貴様らの勝手で俺の悲願を潰してみろ。一人残らず後悔させてやるからな」
静寂が辺りを包む。聞こえるのは耳元を駆け抜ける風の音だけだ。
張り詰めた空気が肺を圧迫した。瞬き一つする事すらはばかられるような空間。
ゴクリと喉を鳴らしたのは誰だったか。
その場に居る全員が強烈な恐怖を感じていた。イーサンはジッとレイを見つめる。見つめるというより、目が離せないという方が正しかったのかもしれない。
背筋に冷たいものが伝うのを感じる。
男の放った狂気に心臓が早鐘を打ち、一秒でも早くここから逃げ出せと脳が警鐘を鳴らす。しかし、誰もその場から動けなかった。
絡め取られてしまっていた。
ただ一人、チャドだけが考えるように視線を巡らせる。
「レイくん」
静寂を切り裂いたのはあまりにも柔らかな声だった。
イーサンは聞き慣れた声に呼吸の仕方を思い出したように肩を震わせる。
ゆっくりと振り返る。そこに居たのはこの場には似つかわしくないほど穏やかに微笑むエリックだった。
「許してくれるって」
エリックはレイへとゆっくり歩み寄る。レイは短く息を吐いた。
「何の話だ?」
「襲撃の話。彼、剣闘士たちがいきなり襲ってきた事は全部水に流すって、だから星骸の支持も辞めない。そうでしょう?」
エリックが振り向きながら聞くと、いつの間にかロシュの隣に立たされていた貴族の男が怯えたように首を激しく上下させた。
「ね?」
エリックはレイを見る。
「だから何の問題も無いよ。少し怪我人が出たぐらいだ。順調にいってる、そうでしょ?」
ニコリと笑う旗印の男にレイは瞬きをひとつだけ返す。
エリックはそのわずかな仕草に満足そうに頷くと今度は剣闘士のボスに向き直った。
「チャド、僕の説明不足を謝らせてくれる?」
チャドは片眉をピクリと動かす。
「『星骸』の大義をキチンと伝えられなかったのは旗印である僕の落ち度だ。貴族を引き込む意味の説明も足りてなかった」
エリックは眉を下げた。うるさいぐらいだった風の音はいつの間にか止んでいる。
「僕がちゃんとしていれば君たちをヤキモキさせる事は無かった。ごめんね」
エリックはそう言うと、焚き火の近くまで歩いていき転がっていた酒瓶をいくつか手に取る。
全員がその動きを目で追っていた。
「さ、皆んなで飲も。一緒にお酒を飲んだら友達だって君が教えてくれたんだよ」
エリックはチャドに酒瓶を差し出しながら言う。チャドは突き出されたそれを何となく手に取ってしまう。
「レイくん、君もだよ」
エリックはレイにも同じように酒瓶を差し出した。
「ふふ、安心してよイーサン、君の分ももちろん忘れてないよ」
エリックは楽しそうにそう言うと、周りを見回す。
「皆んなもお酒は持った?足りなかったら隣の人に貰ってね。さ、準備はいい?」
旗印の男は酒瓶を持った右手を掲げた。
「乾杯!」
柔らかなテノールが夜に響く。誰の目もエリックに釘付けだったが、マトモな思考を働かせられている人間はそう多くなかった。
「乾杯」
遠くで低く唸るような声が上がる。エリックはニコリと笑った。
「ありがとうロシュ」
空を仰ぎながら喉を上下させている赤毛が月の光に照らされてキラッと光る。エリックも後に続く。
野営地に活気が戻るのにそう時間はかからなかった。
焚き火が人々の顔をぼんやりと照らす。
幾分か柔らかくなった風がエリックの頬をふわりと撫でる。
しかし、身を切るような冷たさは変わらない。
時々酷く強く吹き付ける風は、男たちの間に生まれた決して埋められない深い溝をえぐり取るようだった。
風は変えられない。今はただ酒の熱さで誤魔化す事しか出来ない。男たちの強張っていた表情は高級な酒と深い夜の中に溶けていった。
読んで下さりありがとうございます。
今回のシーンは試行錯誤の多いシーンでした…
何回も書いては消して書いては消して…
まだ違う風に書けたのでは、とか思いつつ、結構満足してます。
次回は土曜日の21:00です。また来てください!




