不和④
星骸が武器庫を奪取してから七日、商人組合を味方に引き入れる事に成功した星骸の躍進は依然として凄まじいものがあった。
商人組合の輸送ルートを利用する事で食料や衣類の配給が安定し、イチア地区の端の方まで勢力を伸ばしていたのだ。
いまや中流、下流階級だけでなく貴族、つまり上流階級の支持者をも増やしていた。
その勢いは広場で行われる芝居や新聞の後押しあってこそだ。
劇団や新聞社はどうやら星骸を英雄として描く事にしたようだ。
新聞社の多くは元々星骸を義賊として描いており、その見出しの記事は中々の売れ筋だった。
その売れる記事の見出しを、今さら悪役に変えるメリットはどこにも無かったのだ。
領主の血筋であるエリックが星骸の顔というのも大きかった。
貴族、それもイチア地区領主の息子が市民側に寝返ったという事実は、非常にドラマチックで読者の興味をそそったのだ。
この食糧難の厳しい冬に食料を独占し、私腹を肥やす悪のイチア領主ピーストップ家に立ち向かうその血筋の青年。
それがエリックに付けられた物語だった。
だがこの一週間は決して順調なだけでは無かった。
味方とはいえ、人が増えればその分軋轢も増える。階級が違えば考え方も当然違う。
あらゆる階級の人間が星骸を支持し集まった事でいさかいが増え、一部の人々の間で不満が渦巻き始めていた。
「チャド、また貴族が仲間になったらしい」
若い剣闘士の男は吐き捨てるようにそう言うと、腹立たしげに干し肉を噛み千切る。
剣闘士たちは強奪した関所で食事を摂っていた。椅子に腰掛けている者はほとんどおらず、地面に直接腰を下ろしたり冷たい石壁に背を預けたりしていた。
声をかけられたら剣闘士のボス、チャドは喉から唸るような音を出す。
「貴族の倉庫からメシを引っ張り出す為にやってんだろうが、そんな何人もいらねぇ筈だよなぁ」
チャドは口髭をビールの泡で汚しながらそう言った。剣闘士たちはそれを聞きながら黙々と食事を続ける。
いつも騒がしい彼らにしては珍しい光景だった。
斜めに差し込んだ陽がステンドグラスを透かし、床に模様を作る。
慈悲さえ感じさせるようなその輝きは教会内で料理をしている女たちの笑い声と混ざり合い、一層美しく感じさせた。
「あの子ちっとも言うこと聞きゃしないんだからホント困ったもんよ」
割腹の良い女はそう言いながらジャガイモの皮を剥く。
隣りでスープの味をみていたブロンドの髪をひとつに結った女、スカーレットがその言葉に首を振った。
「貴方のとこの子は男の子じゃない。うちのソフィアは女の子なのにホント男勝りで、いつも泥だらけになって帰ってくるのよ」
スカーレットは教会の外で弟を引きずり回して遊んでいる娘を見ながらそう言う。
「元気があるのは良いことじゃない。むしろ女は大人になったら自由は無いんだから今の内に目一杯遊ばせてやった方がいいわ」
人参を切ってきた女のその言葉に、他の女たちも、そうよそうよ、と同意した。
配給の準備をする奥様方の話はどんどん流れ、盛り上がりを増す。
それと比例するかのように、鼻腔をくすぐる良い香りが教会の外にまで広がってきていた。
冬の寒さで枯れきった茶色い芝生の上で子供たちが元気に笑い転げる。
その高らかな響きは、空に立ち込め出した灰色の雲を彩るかのようだった。
「次は私、私!」
ソフィアはくるくると跳ね回りながら髪をなびかせてそう言うと、他の子供を軽くあしらった赤毛の男に向かって走り出した。
ソフィアは赤毛の脚を両手でガシッと掴むと、倒そうとするかのように全身に力を込めてグイグイと押す。
男はしばらく好きにさせた後、ソフィアの腕をヒョイと掴んで持ち上げると、積まれていた干し草の上にポーンと放り投げた。
「キャハハっ!!」
ソフィアは楽しそうな笑い声を上げて宙を舞う。少女が干し草に着地した時、赤毛は既に違う子供の相手をしていた。
「あーあー、負けちゃった〜。ロシュつよーい!」
ソフィアは対して悔しそうな顔もせずにそう言うと干し草の上から飛び降りる。そして順番待ちをする間、ぼんやりと周りを眺めていた。
「わぁ、綺麗な人」
ソフィアはうっとりと言う。
彼女の目線は教会の入口の直ぐ側に置かれた椅子に座る男に注がれていた。
冬の弱々しい陽光が教会の白壁に反射して、そこだけぽっかりと光り輝いている。
男はそんな光の中にいた。
柔らかなブラウンの髪が冷たい風に巻き上がる。吐き出された白い息とわずかに赤らんだ頬がいかにも寒そうだったが、そんな人間的な反応が無ければ生身の人間とは思えない、それほどまでに美しい男だった。
ソフィアは並んでいた列から外れ、ふらふらと男に近寄る。
男は手に持った紙に何か書き付けているようだった。その目は伏せられたまま動かず、瞳は風に揺れる麦畑のような幻想的な色をしていた。長く重たそうなまつ毛がその美しい色を縁取っている。
「こ、こんにちは」
ソフィアは恐る恐る声をかけた。男が顔を上げる。少女は息を飲んだ。
「こんにちは」
男は微笑み、そう言葉を返す。柔らかな声がソフィアの耳をくすぐった。その心地良いテノールは賛美歌か何かのように少女の心に響く。
「どうしたの?皆んなと遊ばないの?」
少女の背後では相変わらず子供たちの笑い声が響いていた。
「………貴方は天使なの?」
少女が聞く。
「え?」
男は目を丸くすると、おかしそうに口角を上げた。
「違うよ。僕はエリック。君と同じ人間だよ」
「…エリック」
ソフィアは聞こえた音をただ繰り返す。男の背中に羽根が生えてやしないかと本気で探していたのだ。
「君は確か……ソフィア、だったかな?」
エリックの問いかけに少女は頷く。名前を知ってるなんてやっぱり天使に違いない、ソフィアはそう思った。
「弟さんは?一緒に遊ばなくていいの?」
「チャーリーの事も知ってるの?」
ソフィアは驚いたように言う。
「知ってるよ。僕の友達が君の弟を肩車して芝居を見せたんだからね」
エリックの言葉にソフィアは呆けたような顔をする。
一人で最前列まで芝居を見に行ってしまっていたソフィア。
その後、母親と一緒に配給所までの道のりをエリックたちに案内されていたが、芝居の感想を姉弟で言い合うのに夢中だった彼女は先導する見知らぬ男たちの事を忘れてしまっていた。
ソフィアは何度か瞬きすると、エリックの手元に視線を落とす。
「何してるの?」
「絵を描いてたんだ」
エリックはそう言うと、ソフィアの方へスケッチを向ける。
「うわぁ!すごーい!!」
ソフィアは歓声を上げて、食いるように絵を見るとパッと振り返った。
「あっちの景色が絵の中に入っちゃったみたい!」
描かれていたのは子供たちと遊ぶ赤毛の男だった。エリックは、絵と景色を見比べては感嘆の声を上げている少女に少し笑う。
「ソフィア、君も描く?」
そう言って紙を差し出した。
「描く!私お絵描き大好き!」
少女は地面に腰を下ろして楽しそうに絵を描き始める。
エリックは少しの間ソフィアを見下ろした後、座っていた椅子をどけて少女の隣に腰を下ろした。
ヒヤリとした土の冷たさが伝わってくる。
「私が絵を描くと、パパはいつも褒めてくれるの。とっても上手、将来は絵描きさんかもなって」
ソフィアは嬉しそうにクスクスと笑う。だがその笑顔はまたたく間に曇ってしまった。
「……ママとパパ、喧嘩しちゃったの」
「喧嘩?」
突然悲しそうな声を出す少女の顔をエリックは心配そうに覗き込む。
「うん。ママはパパのお仕事を邪魔しないように今はパパと居られないんだよって言うけど、夜になると『ごめんねごめんね』って言って泣いてるんだもん、きっと嘘だよ」
ソフィアは紙にぐるぐると円を描きながら言った。
「チャーリーが、パパは?って聞くとママは悲しそうな顔するから、私は聞かないんだ。チャーリーにも聞いちゃダメだよって言ったの。なのにチャーリーはどうしてどうしてって……そんなの私も知らないよ」
少女の唇がグッとへの字に曲がる。眉を下げて堪えるようなその表情にエリックは口を開いた。
「ソフィア、君はとびきり優しい子だね」
ソフィアが紙から視線を切り離すと、ゆっくりと顔を上げた。
「お母様を気遣って、弟さんをなだめて。君はすごい」
エリックはソフィアの髪を優しく撫でる。ソフィアは目をパチパチさせると、溢れてきた雫をゴシゴシと擦った。
そして紙を放り出すとエリックにぎゅうっと力いっぱい抱きつく。エリックはその動きに驚いて一瞬身を固くした後、少女の背をそっと叩いた。
「……パパに会いたい」
ソフィアはか細い声で言った。
「天使さん、またパパと暮らせるようにして」
風にすらかき消されてしまいそうな少女の願いがエリックの胸を打つ。
小さな女の子になんと声を掛ければいいのか、天使ではないエリックには分からない。
子供特有の少々熱すぎる体温が冬の寒さを打ち消してしまう。
しかしその熱は何も言えなかったエリックの中にいつまでもおき火のように残り続けた。
読んで下さりありがとうございます!
ソフィアの事を思うと胸が苦しくなります。
子供って大人が思う以上に色々分かってますよね。
私は幼いという理由で自分だけ大人の話に混ぜてもらえない事にムカついてた子供でした笑
エリックは彼女を救えるでしょうか。
次回についてなのですが、もしかしたらいつも通りの土曜日の21:00に間に合わないかもしれません…
こんな駄文を読んで下さってるのに間に合わなかったら申し訳無いです。
精一杯頑張りますが、次の次の土曜日になるかもしれません。
また読みに来てくださると嬉しいです!




