不和③
星骸による武器庫奪取から数日。地区のあちらこちらで色々な事が起きていた。
まずはここ、商人組合。イーサンが配給の流通路確保のために足繁く通っていた館で、朝早くから話し合いが行われていた。
閉ざされた重たい観音開きの扉の前でエプロン姿の中年の女が眉根を寄せる。扉に限界まで近づき、息を殺して聞き耳を立てているようだった。
女は少しすると満足したように口角を上げて二、三度頷く。
そして足早に廊下を進んだ。いつ敷かれたかも分からないようなくたびれたカーペットが女の足音を消す。歩く度にわずかに埃が舞った。
女はある扉の前まで行くと、ノックもおざなりに勢いよく開けた。
「先生、きっと成功ですよ!」
女は部屋の中にいた若い男を見ると喜びを滲ませた声で言う。
「ホントかマーサ!?」
先生と呼ばれた若い男が緑の瞳を輝かせる。ソファから腰を浮かせながら嬉しそうに笑うのはイーサンだ。
「えぇえぇ、本当ですとも。武器庫を打ち破った事が旦那様方、商人の心を掴んだようです!」
マーサが手を打ち鳴らす。女はいつの間にかこの若い医者の事を気に入っていた。
商人組合の長であり、自身の主人でもあるジジに毎度こっぴどく追い払われてもめげない所を。めげるどころか冗談さえ飛ばすこの若人のハツラツさを。
そして何より、医者という身分でありながら屈託なく接してくるその偏見の無さを。
マーサは何度もイーサンに会う内に彼の『星骸に協力して欲しい』という願いが叶う事を同じように願うようになっていた。
いつの頃からか主人の会話に聞き耳まで立てるようになった。
そして今日ついに、それが叶うのだ。
二人して盛り上がっているといつの間にか部屋の扉が開いていた。
「…マーサ」
「旦那様!!」
名前を呼ばれて中年の女は勢いよく振り返る。立っていたのは主人である老年の男、ジジだった。
「ああ、マーサ。先に言っちまうたぁな」
ジジは壁際に置かれた調度品に指を滑らせながら言う。
「じゃあ本当なのか!ジジ!」
イーサンは息を飲んだ。
「ああ、本当さ。俺たち商人組合は星骸に流通路を提供してやる」
マーサはぴょんと小さく跳ねると医者の男の背を軽く叩く。エプロンがわずかに揺れた。
「今は星骸に追い風が吹いてる。俺たち商人がそれを更に大きくしてやろうじゃねぇ、か、うおっ、」
ジジがそう言い切る前にイーサンは思い切り老年の男に抱きついた。
「ありがとうジジ!本当に助かる!!これで仲間は喜ぶし、革命にも近づいた!」
イーサンは早口でそう言うと、パッと身を離して扉へと向かう。
「一秒でも早く仲間に伝えねぇと!ありがとなジジ!ありがとなマーサ!細かい話はまたしに来るから!俺か、俺以外の奴が来るかは分かんねぇけど!また来るから!ありがとうな!」
イーサンは早足で玄関に向かいながら振り向き振り向きそう言葉を紡ぐ。
バタンと閉まる重たい玄関扉の音に、二人はようやく我に帰る。
「騒がしい若造だ」
「そんな事言ってあの子の事、旦那様も気に入ってらっしゃるんでしょう?」
マーサは小さく振っていた手を降ろして主人の男を見上げた。
「アイツは生意気にも商人とは何かを俺に言ってきやがった。未来の儲けへの投資をしろとな」
ジジは懐から取り出した葉巻を咥える。
「ふん、一代で財を成してもう何年だ?安定しておまんま食える生活には飽き飽きしてたんだ。ああいう若いのを見てると俺も若くてギラギラしてた頃を思い出す。だからまあ、なんだ。賭けるのも悪くないと思ったのさ」
ジジは煙をくゆらせると、地響きのような笑い声を上げた。
深い森の中に雪に押し潰されそうな様相の狩猟小屋があった。だがそれは狩猟小屋というにはあまりに豪華で、必要以上に大きい。
小屋の隣にある厩は馬が五頭はゆうにくつろげる広さだ。
それもそうだろう、ここは貴族の所有する狩猟小屋なのだから。
いや、狩猟小屋だった、という方が今は正確だろう。
というのも、ここは少し前から反逆者たちの拠点になっていたからだった。
ボカリと大きな音をたてて屋根から大量の雪が落ちる。木々のすき間からわずかに差し込む陽光が舞い上がった雪煙に反射してキラキラと光り輝いた。
静寂の支配する静かな森、だがその静寂は小屋の中には及ばない。
いっそ息苦しいほど温められた部屋には四人の革命児たち。
ソファに腰掛け、それぞれの進捗を持ち寄っていた。
「ほーんと、あっちこっちで面白いぐらい支持者が増えてるよ」
ラミアが手を叩きながら言う。右手首のブレスレットがキラキラと光り、彼女の表情を更に輝かせた。
「食い物をくれる奴の事は皆んな好きだ」
赤毛の男、ロシュが唸るように言う。
「商人組合を取れたのはやはりデカいな。イーサンには感謝してもしきれない」
「ふふ、きっと今頃くしゃみして喜んでるよ」
レイの言葉に長身の美丈夫が小さく笑いながら返した。
「エリック、『招待状』の方はどうだ?」
レイが聞く。
「上々だよ。商人がコチラの味方と分かってから寝返る貴族が飛躍的に増えたしね」
エリックは言葉を切ると、ローテーブルに置かれたカップを持ち上げた。
「正直、思ってたよりこちらになびく貴族が多い。かなりの数の返事が来たからね。『地位の保証とは具体的にどんな風なのか』とか『屋敷は無事なのか』とか『市民による襲撃は無いのか』とかね。皆んな色々知りたいみたい」
「それって上々なの?寝返るとは言ってなくない?」
湯気の立つカップを傾ける長身の男の言葉に、ラミアが眉間に皺を寄せて言った。
「失いたくない特権や財産を沢山持ってる人間は寝返る前に何回も何回も確認作業をしたい生き物なんだ。僕からの手紙を破り捨て無かった時点でかなりこちらに気持ちが傾いてるって事」
エリックはニコリと笑いながら言葉を続ける。
「もちろん、まだこちらに来ると決定した訳じゃない。でもレイくんにはまだ考えがあるみたい。そうでしょ?」
エリックはレイに向かってパチリと片目をつぶるとイタズラっぽく笑った
「ああ。寝返るのが遅ければ遅いほど、より多く私財を没収すると新たに手紙を送ったんだ」
レイはいつもの鋭い瞳で淡々と言う。
「マジで?あははっ、アンタ容赦ないね〜」
ラミアはおかしくて堪らないとばかりに肩を震わせた。
「お陰で僕はまた何回も同じ文章を書くハメになったよ。今回は人手が足りないって事で前みたいにラミアたちの手伝いもなくて、蝋封も自分で押したし」
エリックはレイを見るとわざとらしく目をすがめてみせる。
「護衛でロシュが居たはずだ」
レイが言った。
「…ロシュは、」
エリックは口をへの字に曲げると肩をすくめる。
「俺は蝋をぶちまけて手紙をダメにしたからエリックに役を降ろされた」
ロシュは少しぶりに口を開くとなんの感慨もなさそうに言った。
「怒り慣れてない奴の怒り方だった。アレなら猫が怒った方がよっぽど怖…」
ロシュはエリックが眉を寄せて自分を睨みつけているのに気付いて言葉を切る。
「なんでもない。とにかく、俺は役立たずだった」
赤毛の言葉にエリックは満足そうに何度か頷くと、ソファに背を預ける。そして、自分のわざとらしさに小さく吹き出した。
「まあとにかく、『招待状』は上々ってこと」
エリックは上機嫌で言う。レイは足を組み替えると気を取り直すようにフッと息を吐いた。
「奪った武器の配分も考えなくてはな。ここで勢いを殺す訳にはいかない」
男の声が狩猟小屋に静かに響いた。
吹き抜けの高い天井から特大のシャンデリアが吊り下がる。
シャンデリアの光ラピスが、窓から差し込む冬の弱々しい陽に反射してキラキラと光っていた。
十人はゆうに座れそうな豪奢な長机が広い部屋の中央に鎮座しており、色とりどりの食べ物で彩られている。席について食事を摂るのは、これまた豪華な衣装に身を包んだ貴族たちだ。
だが、食べ物の輝きに比べて男たちの表情には暗い陰が落ちていた。
それというのも、今回のこの集まりは決して楽しい食事会などでは無かったからだ。
むしろ食事はおまけに過ぎない。貴族の議会には豪華な食べ物の数々がつきものなのだ。
今回の『星骸による武器庫奪取』という、ピーストップ家始まって以来、未曾有の危機が議題だとしても、その染み付いた習慣は変わらなかっただけだった。
「事態は想像以上に悪い」
当主のリンブルが重々しい口調で言う。部屋の空気はいっそう沈み、息をするのも苦しい程だ。
「王都に向かった早馬が援軍を引き連れて帰って来るのに二十五日前後はかかる筈だ。それまで持ちこたえなければならない」
リンブルの言葉に男たちは頷く。
「武器庫は奪われたが、何もあそこにあった物が全てではない。全員直ちに軍備を強化するように。それから地方貴族たちにも呼びかけを行う必要がある。既に寝返った者たちも居るだろう。直ちに味方の数および敵の数を確認せねば」
リンブルは乾いた唇を親指で擦ると、厳しい表情を浮かべた。
「これ以上奴らの進撃を許す訳にはいかない。全員、覚悟して挑むように」
ピーストップ家当主の声が朗々と響く。机を囲む男たちは誰ともなくゴクリと喉を鳴らした。
読んでくれてありがとうございます✨️
やっぱり皆んなが下らない事を言い合って笑ってるのが書くのも読むのも好きです。
そういえば、最近のAIは凄いですね!
息抜きにIf世界の話を書きたいなと思ってたんですが、息抜きとはいえ執筆だとこだわっちゃって結局息抜きになってなかったんですよね。
そうしたら、知り合いに「AIに書いてもらったら?」と言われて。
いやー、かなり凄い文章を書きますね!細かく指定したらその通り書いてくれるし!
一人称や二人称がブレるのは気になる所だけど、息抜きには十分!!
AIには負けられない!笑
私も執筆頑張ります!!
次回も土曜日の21:00です〜




