不和②
黒々とした深い森から次々と火矢が飛び出す。
光の尾を残すように夜を切り裂いたそれらは、馬の飼料として無造作に置かれていた干草に着地した。
干草の上で雪がまだら模様を描いている。わずかに湿っているようだったがそれを差し引いても干草の燃えやすさは健在だった。
一瞬の後に、干草はもうもうと黒煙を上げ始める。
事態に気付いた兵士が素早く立ち上がると周りに視線を飛ばして神経を尖らせる。
にわかに騒がしくなった武器庫周辺、その中でかすかに聞こえるのはヒュンヒュンという風を切り裂くような鋭い音。
「ぐぅッ…」
突然一人がうめき声を上げた。その表情が苦悶に歪む。
兵士は自身の身体を襲った衝撃と焼けるような熱の正体を探ろうと視線を下へと落とす。
そこにはあり得ないモノがあった。
深々と刺さった矢だ。
自身の身体を半分ほど貫き、拍動のせいかドクドクと一定のリズムで震えている。
焚き火を囲んでいた兵士全員がそれを見ていた。
「あ、」
矢が刺さった男は隣の仲間と目を合わせ、何か言おうと口を開く。だがそれは言葉にならないまま兵士と共にその場にくずおれた。
一瞬の沈黙。
倒れた仲間の青白い頬に雪がその足を降ろした時、ようやく一人が短く息を吸った。
「…っ敵襲ー!!!!」
その声を合図にしたように兵士たちは一斉に剣を抜く。
だがそうこうしている間にも火の手と混乱が武器庫を襲っていた。
森がつくる四方の闇から武器を手に持った反逆者たちが次々飛び出す。
雄叫びを上げて突進してくる男たちに兵士はとっさに身構えた。
だが次々と射かけられる矢の雨に、その多くが応戦する前に絶命した。
先頭部隊が兵士たちとかち合う頃、ようやく矢の雨が止む。
雪の降る静かな夜は一瞬で戦場と化した。
積もり始めた真っ白な雪に鮮血が飛び散る。混戦の中で踏み荒らされたそれらは泥と混じり合い、たちまち汚らしい色に変わる。
うめき声と金属のかち合う音が響く戦場。
阿鼻叫喚のその中でも剣闘士たちの動きには目を見張るモノがあった。
ほとんど毎日死と隣り合わせの日々を送っていた彼らにとって、この深夜の戦いはまさに朝飯前だったのだ。
「お行儀の良い剣技になんて負けんなよテメェら!!」
巨漢の男、チャドの低い声が戦場の喧騒に轟く。ボスの激励に剣闘士たちの士気はますます上がる。
押し寄せる大波のごとく兵士たちを蹴散らしていく彼らの奮闘に、志願市民たちも勢い付く。
武器庫をぐるりと囲むようにして戦闘はそこかしこで起こっていた。
だが戦闘は一筋縄ではいかなかった。奇襲されたとはいえ相手は訓練された兵士たち。
即席で武器の扱いを覚えた市民ではほとんど太刀打ち出来なかったのだ。
何人もが敵の剣のサビになる。
悲痛な声がそこかしこで上がり、死の匂いに身を震わせた。
焚き火と松明の揺らぎが市民たちの横顔を照らす。その表情は恐怖で強張っていた。
一人の青年がピタリとその動きを止める。荒い呼吸に肩を上下させて、倒れゆく仲間たちを見ていた。青年は恐怖に囚われ、動くことが出来なくなっていたのだ。
「はっ、はぁ…、は、」
「モンド!危ない!」
名前を呼ばれた青年が振り返る。目に入って来たのは兵士が振りかぶる剣の輝き。
青年はなす術もなく身を固くして目を見開く。だが次の瞬間、モンドの目の前が開けた。
今にも自分を斬り伏せんばかりだった兵士は足元でうめき声を上げており、代わりに大きな馬体があった。
「大丈夫?」
馬上から柔らかな声が振ってくる。モンドは声の方を見た。
馬に乗っていたのは見るからに高貴な人だった。
「…エリック様」
雪がまぶされたブラウンの髪が冷たい夜風に吹かれて緩やかになびく。その優雅さと言ったらとても血みどろの戦場にいるとは思えなかった。
「ありがとう、ございますっ、、」
モンドはしばし見惚れた後、慌てて頭を下げた。
「気にしないで。怖かったらどこかに隠れていて」
「いえっ!戦えます!」
モンドは足元の兵士の剣を奪うと、勢いよくそう言った。この人の役に立ちたいと思った。
エリックは青年を見るとコクリと頷く。
「君を誇りに思うよ」
エリックは馬首を巡らせると戦場を見据えた。
いつもの柔らかな微笑と声音は鳴りをひそめ、金色の瞳は闇の中で厳しく光っている。
「僕に続け!!」
エリックはそう叫ぶと天に向かって剣を掲げる。それに呼応するように青年も、周りの市民たちも雄叫びを上げた。
戦闘は凄まじいモノだったが、反逆者たちは数で勝っていた。覚悟も勝っていた。
より死ぬ気だったのは市民たちの方だった。
なんと言っても、この戦いに敗れればその時点で死あるのみだからだった。
ここで死ぬか、捕らえられて死ぬか。
「ひっ、なんなんだよ!」
兵士の一人が思わず零す。
腕が健だけでかろうじて繋がっているだけにも関わらず、一歩踏み出して来た男の目に異常な色を見たからだった。
鬼気迫る男たちの迫力と次第に悪くなる戦況についに一人の兵士が逃げ出した。
死への恐怖が一瞬で兵士たちの士気と忠誠心を消し去ったのだ。
一人の逃走で部隊はたちまち瓦解した。
一人、また一人と戦線を離脱していく。
追いすがろうとする剣闘士たちにエリックは声を張り上げた。
「もういい!目的は武器庫だ!!」
血と泥にまみれた男たちは肩で息をしながらゆっくりとその動きを止めた。
勢いを増した雪が倒れた人間の上にしんしんと降り積もる。
咽るような戦場の臭いにエリックは無意識に鼻をこすった。
星骸がピーストップ家の武器庫を奪取したという話は、翌昼にはイチア地区中を駆け抜け終えていた。
その事実は地区の全ての人間を震撼させた。
中でも貴族の混乱には目を見張るモノがあった。
というのも、星骸による武器庫強奪の知らせとほぼ同時にエリックからの『招待状』が届いていたからだった。
今の内に星骸側に寝返ればピーストップ家陥落後の地位は保証する、改革側に『招待』するというものだった。
星骸の躍進には目覚ましいモノがある。
カガイでのエリックによる革命宣言に始まり、食糧庫の奪取、主要な関所三つの陥落、そしてピーストップ家の所有する武器庫の奪取。
これをもののひと月足らずでやってのけてしまっていた。
名すら一部のモノ好きしか知らなかった組織が今や百五十をゆうに超える中隊規模の集団になっていた。
薄青の空がどこまでも広がる。カラッと晴れた空には雲一つ無かった。それでもどこか弱々しい冬の陽光が広場に集まる人々の上に振り注ぐ。
広場には人だかりが出来ていた。
今日は久しぶりに旅芸人が公演をやる日なのだ。
「僕はエリック!共に戦おうカガイの人々!自由は目の前だ!」
役者のセリフに人々は地響きにも近い大歓声を上げる。それと同時にあちこちから硬貨が投げ込まれ、チャリンチャリンと小気味良い音が舞台を盛り上げた。
「ママあっちあっち!もう終わっちゃうかも!チャーリーも早く!」
少女が母親の手を引く。反対の手では幼い弟の手をグイグイと引っ張っていた。
「落ち着いてソフィア」
母親は姉に手を引かれてグラグラしているチャーリーを抱き上げるとそう言う。
「ママ!ここからだと見えないから前に行ってくる!良いでしょ?良いよね?」
ソフィアはまくし立てるように言うと、母の返事を聞かずに立って見ている大人たちの足の間を器用に抜けて前の方まで行ってしまった。
「ちょっとソフィア!…はぁ、」
母親はため息をつく。しかし彼女の苦悩はそこでは終わらなかった。
「ぼくもみたい!ママ!みえなーい!」
姉に置いていかれたチャーリーが腕の中で文句を言い始めたのだ。
だが彼女が息子をこれ以上高く持ち上げるのはいささか無理があった。泣く一歩手前の呼吸をし始めた息子に、母親の顔に緊張が走る。
「せっかくなら高い所でよく見たいよね」
いきなり掛けられた言葉に母親は横を見た。そこに居たのは朗らかな表情をした長身の男だった。小麦畑のような金色の瞳が陽光を受けてキラキラと輝いている。
「良かったら彼が肩車しようか?」
男はそう言って自分の隣にいた赤毛を振り返った。
「彼、すっごく力持ちなんだよ。ね?ロシュ、良いでしょう?肩車してあげてよ」
ロシュと呼ばれた赤毛の男は唸るように返事をする。ほとんど無表情で何を考えているか分からない。
「あ、自己紹介がまだだったね。失礼しました。僕はエリック、彼はロシュ。宜しくね」
エリックと名乗った男はニコリと笑う。
普段の母親ならいきなり話しかけてきた見知らぬ男に警戒する筈だった。男手がいない瞬間なら尚更だ。
だがこの時の母親に警戒心はほとんど無かった。それはエリックと名乗った長身の男の放つ独特な雰囲気に当てられての事だったのかもしれない。
「私は、私はスカーレット、この子はチャーリー。よろしく」
「綺麗な名前だね」
エリックはサラリと言うと、少し身をかがめてチャーリーを見やる。
「こんにちはチャーリー。このお兄さんが肩車してくれるけどどう?」
「する!」
チャーリーが母親の腕の中で身をよじると、グイッと腕を伸ばした。ロシュはその小さな腕を掴んで軽々と抱き上げるとこれまた軽々と肩に担ぎ上げた。
「たかーい!でもパパよりひくい!」
チャーリーは唇を尖らせてそう言うとロシュの上でピョンと小さく飛び跳ねる。
「ちょっとチャーリー飛び跳ねてはダメよ!すみません」
スカーレットが謝るがロシュは気にした様子もなく前を見て舞台を見ていた。
「大丈夫だよ。彼は頑丈だからね」
エリックはクスクスと笑いながら言う。
しばらく四人で芝居を見ていると、不意にスカーレットが口を開いた。
「星骸は今、どこに居るのかしらね」
「え?」
エリックは女のブロンドの髪を見下ろす。
「この芝居のようにカガイを解放して食料を配って…最近では武器庫を奪ってたわよね。次は何をするのかしら、どこに、居るのかしら」
女の言葉にエリックは考えるように顎に手を当てた。
「今日、この後広場の近くで配給するとか聞いたような…」
「そうなの?」
スカーレットはエリックを仰ぎ見る。
「私、実は…」
スカーレットは迷うように視線を泳がせた。舌が赤い唇の上を控えめになぞると、ポツポツと話し始める。
「以前、星骸の配給を見たの。その時、その時いた女性に、私…」
スカーレットはその時の光景を思い出しているのか、ぼんやりとした目をしていた。
「私、その人に…心揺さぶられたの。私と同じ歳くらいの彼女に酷く、酷く惹かれた。憧れた」
広場に再び歓声が上がる。子供たちの笑い声がこだました。
「それで、私、昨日…」
それきり黙ってうつむいてしまった母親に今度はエリックが口を開く。
「もう一度配給に行こう。その女性もきっと来るよ」
スカーレットが顔を上げるとエリックは変わらず柔らかく微笑んでいた。
その表情にスカーレットはどこかがわずかに軽くなるような、そんな錯覚めいた感覚を覚えた。
読んで下さりありがとうございます!
エリックの「良かったら彼が肩車しようか?」ってセリフが好きです。
自分が肩車するという考えが無いのが貴族出身のエリックらしくて笑
次回も土曜日の21:00です。またお会いしましょう!




