不和①
開いて下さりありがとうございます!9章も楽しんで頂ける嬉しいです!
人が少なくなった石畳の道を走るネズミの足音がかすかに聞こえる。降りしきる雪は夜が深まるにつれてその密度を増していた。
澄んだ空気が肌を刺すほど冷たく、静かな夜の町を包み込んでいる。
そんな閑散とした町を赤ら顔の酔っぱらいたちがおぼつかない足取りで歩く。
複数人で騒ぐ彼らは上機嫌で、この雪に加えて服が酒で濡れているにも関わらずちっとも寒さを感じていないようだった。
家に帰るでもなくぶらぶらと歩いている彼らの背後で昼間かと疑う程の強烈な光が弾ける。
突然影が濃く長く伸び、酔っぱらいたちは何が起きたかを確かめようと振り返った。
ダッダッダッ
酔っぱらいたちの横を赤毛の男が走り抜ける。短い音を残して凄い勢いで走り去って行くのはガッシリとした体格の男。
酔っぱらいたちはその光景になぜか腹を抱えて大笑いし始めた。
酒の入った人間にはそんな些細な事もおかしくて仕方なかったのだ。
「うぐっ、なんだこの光は、」
「何も見えない!くそっ、何が起きた!」
「賊め!!」
そんな言葉が聞こえたかと思ったら曲がり角の向こうから焦点の合っていない目をした兵士たちが現れる。
酔っぱらいたちは声の主が兵士たちだと知ると、先程までの陽気な表情を消してそそくさと細道に入って姿を隠した。
完全に酔いが覚めたのか、随分としっかりした足取りで入り組んだ道を行く。
酔っぱらいたちが別の道に出た時、さっきの赤毛とは別の男が同じように走り去って行った。
どうやら何人かで兵士を襲い、それぞれ別の方向に逃げているようだった。
酔っぱらいたちは巻き込まれてはたまらないとばかりに散り散りになるとそれぞれの家へと帰って行く。通りの反対側では視界を取り戻したらしい兵士たちの怒号が響いていた。
脱兎顔負けの速度で走っていたロシュは、あらかじめ用意していた粗末な藁の敷物の所まで来ると勢いよく上着を脱いで中に着ていたボロだけになる。
途端に全身の毛が逆立つような寒さが赤毛を襲う。だがロシュはそれを無視して藁の敷物に腰を下ろした。
そして隠していた汚らしい毛糸の帽子を深く被る。
兵士たちに光ラピスを投げつけ、かく乱させた反逆者はもはやどこにも居ない。そこに居たのはどこからどう見ても貧しい物乞いだった。
「…こっちもおとり作戦は成功した」
ロシュはボソリと呟く。あまりの寒さにその声は震えている。
『よし、全班成功だな。ご苦労だったロシュ、イーサン、ラミア。お前たちの班の人間にも労いをしておいてくれ』
レイのいつもの冷静な声が耳元で聞こえた。ロシュは唸るように返事すると、近づいて来る足音に耳を澄ませる。
ロシュは走って来た兵士たちに物乞いらしい哀れっぽさで手を差し出すが、職務中の兵士たちはその仕草には目もくれなかった。
『お前たちが成功させたおとり作戦が武器庫の兵士たちにまで伝わるまでまだ少しある』
追っ手が走り去って行く姿を見ながらロシュはレイの声を聞く。
『もしそちらの班の人間が上手く兵士を撒いてこちらに来れそうなら来て欲しい。こちらが約百五十人いるとはいえ、敵も八十人近い、味方は一人でも多い方が良いからな』
レイの言葉にラミアが陽気に返事をした時、交信では聞いた事の無い声が耳に飛び込んで来た。太くかすれた声。
『目の前に居ねぇのに声だけ聞こえるってのは変な感じだな』
『それは慣れて貰うしかないな、チャド』
どうやら声の主は剣闘士のボスのようだ。ロシュはその声を記憶するかのように何度か小さく頷いた。その拍子に男の上に積もり始めていた粉雪がふわりと舞う。
ロシュは兵士たちの声や足音が随分と遠くまで行ってしまった事を確認すると、ゆっくりと立ち上がる。
寒さでガチガチに硬くなってしまった身体をほぐすように勢いよく肩を上下させると、脱いでいた上着を羽織った。
「そっちに向かう」
赤毛は短くそう言うと、武器庫の方へと歩き始める。積もり始めた雪がロシュの足跡をわずかに残した。
武器庫の周りを取り囲むようにして反逆者たちは身を潜めていた。百人以上の市民たちを束ねるのはエリック、レイ、そして剣闘士のボス、チャドだった。
彼らはそれぞれ四十人程の市民を従えて息を殺している。
彼らが待っているのはおとり班からの合図、そしてラピスを使って武器庫を俯瞰して見ているチャックからの合図だった。
チャックは、これまでと同じように大きな岩をジッと見つめながら武器庫を守る兵士たちの動きを見張っていた。
隣で彼を補佐するリリスも同じように真剣な表情を浮かべている。二人はかれこれ三時間近くこの状態で神経を尖らせていた。
そんな二人の隣で寒さに歯をガチガチさせているのは最近チャックの手伝いに任命されたゾラ。
男の特徴的な禿げ頭は今は厚い帽子に覆われて見えない。
「これは今なにをしてるんだ?」
ゾラが聞いた。真っ白い息が宙に浮かぶ。質問に答えたのはチャックだった。
「兵士たちがどこにどれだけ居るか見てるんだ」
チャックは言いながら黒くつるりとした岩の表面に浮かぶ赤い染みを指さした。
「この赤いのが兵士たち。というより一定の温度があるモノがこの岩に赤い染みとして見えるんだ。この色の濃いやつはたぶん焚き火だと思う」
チャックは自身の金色の髪に雪をつけたまま言う。
「…兵士の、動きが分かると?」
ゾラは信じられないという表情を浮かべてそう言った。
「そうだよ〜俺の発明ね!あとこの耳飾りからは離れてる奴の声が聞こえるんだ」
チャックは言いながら自身の耳をトントンと叩く。
「なんという事だ…そんな事、あり得る筈がない、」
「それがあり得るんだなー」
誇らしげに言うチャックを見てリリスは微笑む。ゾラはブツブツと独り言を言っている。目の前で起きている事を受け入れられないようだった。
「あら、兵士たちに動きが出てきましたよ」
リリスが岩を指差しながら言う。
「ロシュさんたちのおとり作戦が効いたみたいですね」
「お、ホントだ。武器庫の方の兵士が町の巡回に移動するっぽいね」
チャックが仲間たちに現状を報告する中、ゾラは一人で思いを巡らせる。
ーこんな事が出来るなど聞いた事がない、あり得ない!平民どころか下民であるこんな奴らに未知の技術があるなど許されない!ー
ゾラはギリギリと歯を食いしばった。禿げ頭の男がそんな事を考えている間に、チャックは仲間たちへ合図を出す。
どうやら作戦開始のようだ。
わずかに勢いを強めた雪が、赤い染みを浮かび上がらせる岩の表面に落ちては消えていった。
ピーストップ家の抱える騎士団の大きな武器庫がにわかに騒がしくなる。
駆けずり回るバタバタいう足音と聞くに堪えない怒号。そしてわずかな悲鳴。
兵士たちの宿舎からそう遠くない武器庫から火の手が上がっていたのだ。
慌ただしい音で正気に戻ったアレクサンドルは冷え切った部屋で数時間ぶりに立ち上がる。
だが寒さと長時間動かなかった事で痺れた足では上手くいかず、勢いよく机へと突っ込んだ。
机の倒れるけたたましい音が家族の居ないがらんどうな部屋に虚しく響く。
アレクサンドルは小さくうめきながらビリビリということをきかない足を叱咤した。
手には妻からの置き手紙。
立ち上がる拍子に力を入れたせいでくしゃくしゃになってしまっていた。
「…なんだ?」
アレクサンドルは痺れた足を引きずって何とか窓まで行くと、カーテンの隙間から外を覗く。
遠くに見える大きな建物が赤々と照らされ、夜の闇にぼんやりと浮かび上がっていた。
「火事?」
浅黒い肌の大男がそう言った時、玄関の扉が力強く叩かれる。
「小隊長!小隊長!大変ですっ!!」
ただならぬ声にアレクサンドルは倒した机もそのままに、走って玄関へと向かった。もう足の痺れは感じなかった。
ここまで読んで下さりありがとうございます!
9章は本当に自転車操業スレスレで大焦りしております、、、
書くのは楽しいけど、キャラが増えると考える事も増えて目が回りそうです。
書きたいことを漏らさないように気をつけて書いていきます!
次回も土曜日の21:00です!宜しくお願いします!




