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別離の道⑩

 市民たちのほとんどがそれぞれの仕事に戻った頃、この教会の神父が戻って来た。

空は夜と混ざり合って紫色になっている。わずかに吹いた風が馬に乗る神父の黒髪を揺らした。

「レイ」

教会の直ぐ側でロシュが手を上げる。赤毛の男は、馬に荷物を結び付けている所だった。

「全てはけたのか」

「うん。夕方になる前にはもう無くなってた」

ロシュの側まで来ると、レイは馬を降りる。

「エリックとラミアはどうした?」

「二人なら中に居る。意気投合してるんだ」

ロシュはそう言って少し笑った。レイは小首を傾げると半分だけ開けたままになっている扉から中を覗く。

エリックを中心に置いて何人もの男たちが騒いでいた。男たちは口汚く軽口を叩き合う。

「レイくん」

こちらに気が付いたエリックが名前を呼んだ。その声に合わせて中の人間が一斉にこちらを振り向く。

「アレが噂の軍師様か?」

「そうだよ」

巨漢の男の問いかけにエリックはにこやかに答えた。

「⋯レイだ」

レイは静かに名乗る。

「コスビー家から逃げ出した剣闘士か?」

「ああ、そうさ。文句でもあんのか兄ちゃん」

巨漢の男は挑発するように言った。

「いいや。西の方で貴族を襲っているという噂を聞いたのを思い出しただけだ。それに、関所を一つ落としてくれた事を感謝してる」

レイはあくまで冷静に答える。

「はっ!お前らの為にやった訳じゃねぇ。この人数が寝泊まり出来る城が欲しかっただけさ。それにしても情報通な男だ、さすがは軍師様」

チャドの言葉に剣闘士たちは笑った。その大きな声は教会の柱を軋ませるかのようだった。

「レイくん、彼はチャド。剣闘士たちのリーダーだよ。僕らに協力したいって」

エリックが言う。その言葉にレイの口角が上がった。

「そうか、願ってもない事だ」

そのあまり見ない表情にエリックは目を丸くする。

「ちょうど攻め込む準備をしようと思っていたんだ」

「は!打って出ようってのか!」

チャドは言いながら興奮したように手を打ち鳴らした。

「ああ、今は俺たちに追い風が吹いてる。次の手も俺たちが打たせて貰おうじゃないか」

「今度は何するつもり〜?」

ラミアが身を乗り出しながら聞く。

「ピーストップ家の武器庫を狙う。あそこにはあらゆる武器が保管されている。警備は当然厳しいが、最近それが少しだけ変わったんだ。町の巡回を増やす為の配置移動だろうな」

レイが静かに言った。

「今なら武器庫を落とすのも不可能じゃない。それに武器庫が落ちたとなれば、様子見している商人組合のような勢力も味方に出来る。武器を手にし、味方が増えればイチア地区制圧も夢じゃない」

レイの言葉に剣闘士たちは顔を見合わせる。未来に期待するような表情だった。

「チャド、協力するというのは本当か?」

「ああ、嘘なんて言わねぇさ」

巨漢の剣闘士の返事にレイは頷く。

「では明日にでも実行しよう」

「明日!?」

ラミアの隣に座っていたオリビアが驚きの声を上げた。

「今の俺たちに必要なのは早さだ。とにかくピーストップ家よりも早く動かなくてはいけない。チャンスが有れば実行する。安心しろ、作戦は練ってある」

「そう…」

オリビアは小さく言う。レイは話を続けた。

「チャド、人数はこれで全員か?」

「ああ」

「指揮が出来る人間は?」

「さぁな。俺たちは騎士様じゃねぇんだ。軍隊形式の行動なんてしねぇから知らねぇよ」

チャドはぶっきらぼうに言った。開いた教会の扉から風と共に降り始めた粉雪が入って来る。

「では、こちらが指揮を取ったらお前の部下たちは従うか?」

レイの言葉に巨漢の剣闘士は鼻で笑う。

「そりゃあどうだろうな。お前が頭でっかちの口だけ野郎なら誰も従わないさ」

教会を嘲笑が支配した。その馬鹿にするような空気にエリックはピクリと眉を動かす。そして何か言おうと口を開きかけた時、レイと目が合った。

エリックは男の鋭い瞳に言いたい事を察して小さく微笑むとそのまま頷く。

レイは小馬鹿にするような笑い声が収まるまでじっと待った。

剣闘士たちは最初、何も言い返してこないレイを情け無い野郎だと嘲っていた。

だがレイの全く動じていない表情と場を支配するような重々しい空気を発する姿に剣闘士たちは次第に静かになっていく。

鋭い瞳の男は教会が完全な静寂に包まれてもなお何も話さなかった。

そしてわずかに首を傾けると深く息を吸って満を辞して口を開く。剣闘士たちはその動きに釘付けだ。完全にレイが場を支配していた。

「お前の部下たちが他人に従うのかどうかはお前の実力次第なんじゃないのか、チャド?」

「あ?」

「お前が『コイツの指揮に従え』と言ってそれを納得させられないのはお前の実力不足が原因ではないのかと言ってるんだ。俺が頭でっかちならお前は図体がデカいだけなのでは?」

その言葉にチャドより早く反論する人物が現れる。女々しいと馬鹿にされていたライリーだった。

「テメェ言わせておけばっ!失礼だぞ!」

ライリーは立ち上がって腰から下げた剣に手を伸ばす。

「剣闘士のボスは猿山の大将みたいなのがなりがちだ、俺みたいにキレやすい奴らを束ねるんだからなぁ!でもチャドは違う!!チャドは尊敬されてボスやってんだ。確かに身体は一番デカいさ!でも器のデカさはそれ以上だ!」

ライリーはズカズカとレイに詰め寄りながら言った。誰も止めない。その場にいた男たちの誰もが彼と同じ気持ちだったからだ。

「現に今もテメェの失礼な発言を聞いても手も出しやしねぇ!お前なんてチャドにかかれば一瞬で叩きのめせる相手なのにだ!」

ライリーは剣を引き抜く。その行動に女たちは息を飲んだ。ラミアとオリビアは緊張したように互いを見合う。

「そんなチャドが俺たちを従わせられねぇ訳ねぇだろ!例えテメェみたいな失礼な野郎の指示でもチャドが言うなら俺たちは従うさ!!」

その言葉にレイはわずかにほくそ笑んだ。まるで作戦通りと言わんばかりに。

「もういいやめろライリー」

巨漢の剣闘士が言った。その言葉に、激昂していた男は大きく舌打ちすると大人しく剣を下げる。腹立たしげにドカリと座る男を確認するとチャドはレイを見た。

「だ、そうだ。コイツらは俺が命じれば誰の命令でも従う」

「話が早くて助かるよ」

レイはそう言うと剣闘士たちを横切って裏へと下がってしまった。その後ろ姿にチャドは少し笑う。そして騒がしさが戻って来た教会で耳打ちするような小さな声でエリックに話しかけた。

「お前が言う通り、軍師様は大した野郎だ。わざと煽ってコイツらを刺激しやがった。結果的に『チャドの命令なら誰にでも従う』って言葉を引き出したんだからなぁ。ハハッ」

それを聞いたエリックも笑う。

「君が尊敬されてるから成り立つ手法だね」

「はっ!お前もふてぇ野郎だ。星骸の奴らは全員こうなのか?」

チャドはすかさず褒めてくるエリックにそう言うと豪快に笑った。すっかり暗くなった外から一層冷え込んだ風が教会の中へと吹き込んで来る。作戦説明の為にレイが戻って来るのはもう少し後の事だった。





 

 不穏な影がイチアの町をうごめく。星骸が集めた人々は、兵士の監視の目を逃れてスクラップタウンに集まっていた。

まばらだった雪はいつの間にか本降りになっており、集まった男たちの体に落ちていく。

音が消え、モノクロになった世界。武器庫奪取を狙う人々の緊張した息遣いだけがわずかに耳に届いている。

「さあ行こうか」

レイの低い声が雪の中に消えていった。





 いっそ異様なほど暗い玄関でアレクサンドルは手に持っていた鞄を取り落とした。張り付いていた雪がふわりと舞う。

明かり一つ付いていない我が家。誰の気配もしない静寂。

「…っ、スカーレット!?ソフィア!チャーリー!!どこに居る!!」

アレクサンドルは家中の扉という扉を開けて声の限りに家族を探す。しかし、誰も居ない。

愛しい妻も可愛い我が子も居ない。どこにも居ない。

自分の荒い息遣いだけが冷たく暗い部屋にこだまする。

ふと机を見た時、そこに何かが置かれている事にアレクサンドルは気がついた。

大男は急いでそれに駆け寄る。

「え、」

そこにあったのは手紙だった。スカーレットの字。よく見なれた几帳面そうな綺麗な文字。

その字でこう書かれていた。

『アレクサンドルへ。貴方の事をとても愛してるわ。大好きよ。でも、』

男は紙を手に取る。ゴクリと喉が鳴った。

『でも、違う生き方をしてみたいの。今日、町で星骸が配給してるのを見つけたわ。安心して、婦女子の会は貴方の言いつけ通りもう解散してる、今日はただ買い物に行っただけよ。それで、その配給の指揮を執ってたのは私と同じぐらいか少し若い女だった。それを見た時、私、なんて書けば良いか分からないけど、とても、羨ましかった』

妻がどんな顔でこれを書いたのか容易に想像が出来た。きっといつかの喧嘩の時の顔だ。

『だからごめんねアレクサンドル。私はここを出て行く。私は星骸が目指す世界を魅力的に思ってしまった。兵士の妻なのに。最低な妻で最低な母よ。自分の羨望の為に子供たちから父親を奪うなんて。ごめんねソフィア、チャーリー。ごめんねアレクサンドル。子供たちを連れて行くことをどうか許して。愛してるわ。スカーレット』

アレクサンドルは息を吐いた。無意識でずっと息を詰めていた事にその時初めて気がつく。

全身の力が抜けるのが分かる。頭からスーッと血の気が引き、視界が歪んだ。

立っていられなくてアレクサンドルは床に尻をつける。

どうして、なんて言葉すら出ない。理由は全て書いてあった。

凍えるほど寒い部屋でアレクサンドルは呼吸する。窓に雪がどんどん積もっていくのをただ眺める事しか出来なかった。



8章終了です!ここまで読んで下さりありがとうございます。


剣闘士たちを手の平の上で転がすレイを書けて満足です〜。

違う道を選んだスカーレット。

エリックの取った行動がひとつの家庭を決定的に変えてしまいました。


次回は9章。同じく土曜の21:00です!また来て下さい。

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