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別離の道⑨

 チャックがゾラを連れて教会へとやって来たのは太陽が天頂を過ぎた頃の事だった。

黒々と重苦しい雲は思わせぶりに雪を降らせては辞めるというどっちつかずな態度を取っている。

昼にも関わらず冷え込んだ空気が肌を刺し、痛い。しかし、そんな空気の冷たさをものともしていないのか、チャックは何も言わないゾラに向かって一方的に話し続けていた。

ーうるさい奴だ。だがコイツについて行けば、エリック様に会えるかもしれないー

ゾラはチャックの話を聞き流しながらそんな事を考える。

ーもうエリック様を見つけるという事で手柄は立てられないが、星骸に近づいてより良い情報を盗み出すことが出来ればまだ挽回のチャンスはある。あの鬱陶しい大男も居なくなったんだ。手柄は独り占め出来るー

ゾラは思考をまとめるとチャックの言葉を遮って口を開いた。

「ここか?」

禿げ頭の男が指差すのは教会の扉だった。

「おう!そうだよ!エリック〜」

チャックは問いかけに頷くと手を振りながら教会へと入って行く。パンのいい匂いが満ちた室内には配給を待つ市民の列と彼らに直接パンを渡しているエリックがいた。

暖かな雰囲気と市民たちの賑わいの中、呼び掛けに気づいたエリックが顔を上げる。

「おはようチャック、もうこんにちはかな?朝から音ラピスの修理お疲れ様」

エリックは隣で同じように配給していたラミアに自分の分も任せると、手を振り返しながらそう言う。

「コイツ、エリックと話したいんだって」

金髪の男はゾラの肩を掴むと、エリックの方へと押し出した。ゾラはチャックのその動きに一瞬嫌そうな顔をすると、気を取り直したようにエリックを見る。

「エリック様…」

ゾラは絞り出すように言った。その瞳は信じられないものでも見るかのようだった。

「こんにちは。ねぇ、『様』なんてつけないで。エリックって呼んで」

長身の男は柔らかく言う。

ーまさか本当に会えるとは、このバカそうな金髪についてきた甲斐があったー

禿げ頭の男はチロリと唇を舐めて演技を始めた。

「ああ、まさか本当にお会い出来るなんて」

ゾラは言いながらエリックの手を取ると甲に口付ける。チャックはその行動を見て青い瞳を大きく見開いた。

その仕草は貴族社会のものだったので、それを見たことが無いチャックには衝撃的だったのだ。

だがエリックはその仕草をごく自然に受け入れている。

エリックにとってはあまりに自然な事だった為、その行動が平民にしてはおかしいという事に気付けなかったのだ。

「私はゾラと申し、いいます。星骸の躍進、とても、すごい…私もぜひエリック様お役に、役に立ちたいのですが…」

ゾラは平民らしい崩した口調で話そうと何度も言い淀む。気を抜いたら『ピーストップ家の執事長補佐としてエリック様と話す話し方』になってしまいそうだったのだ。

「僕たちの役に立とうとしてくれるの?それはすごくありがた…」

「あ!それなら俺の手伝いしてよ!」

チャックがエリックの言葉を遮って言う。その無礼な振る舞いにゾラは眉をひそめた。エリックが裏切り者という事は分かっていたが、不快感は拭えなかったのだ。

「一人で全部のラピスを見るのはちょっとキツイなって思ってたんだ」

「確かに。ゾラ、君はそれでも良いかな?」

エリックが聞く。禿げ頭の男は冗談じゃ無いと思ったが、その気持ちを理性で抑え込んだ。

ーエリック様と直接コンタクトを取れるこの金髪、もしかしたら星骸の幹部レベルの人間なのかもしれない。となれば末端の手伝いをするよりもずっと有力な情報を得られるのやもー

「お役に立てるなら何でもやります!」

ゾラはいかにも頭の悪そうな市民を演じる。

「本当に?ありがとう。君の献身に感謝するよ」

エリックはそう言うとチャックに向かって、良かったねと微笑んだ。

革命家たちの中に新たな歯車がはまった瞬間だった。教会の窓枠にわずかに雪が積もり始める。そろそろ冷たい風が空から吹き下ろしてくる頃だろう。


 チャックがゾラに連絡用の音ラピスを渡して禿げ頭の男を返したちょうどその時、教会の入り口から大きな声が上がった。綺麗に並んでいた列が大きく崩れている。

「あ?なんだその顔は。文句でもあるのか?」

噛み付くような低い声。エリックは思わず振り返った。

「やり過ぎだギャリー。悪いな横入りするつもりは無かった」

嗜めるような声が響く。教会の入口辺りで何か揉め事のようだ。

「俺たちは食いモンには興味はねぇ!ただここに星骸がいるって聞いて来たんだ!」

男が突然声を張り上げた。その言葉にエリックが口を開ける。

「そうだよ、ここに居る。でも列は守ってね。順番が来たらお話しよう」

柔らかい口調と笑みは絶やさない。だが条件は譲らないという強さがあった。

「いやぁ、メシは要らねぇんだ。並ぶ必要はねぇ。俺はチャド、お前たち星骸の噂を聞いてな、ここまで来たんだ」

そう言ってズカズカと教会内に入って来たのは長身のエリックが見上げる程大きな男。腰には重そうな剣が下がっていた。チャドと名乗った巨漢の男について中に入って来た男たちは皆一様に皮で出来た簡易的な鎧のようなモノを身に付けている。

市民がヒソヒソと小声で話していた。

「あの格好って、まさか剣闘士?」

「嘘、何でこんなところに」

「怖いわ、犯罪者でしょう?」

その言葉に取り巻きの剣闘士たちがギロリと市民を睨み付けた。そのあまりの恐ろしさに人々は口を閉ざしてしまう。

あんなに賑やかだった教会はもはや見る影も無かった。

騒ぎを聞きつけたロシュが、教会の裏手へ続く扉から顔を覗かせる。だがロシュが何か言うより先にエリックが口を開いた。

「食べ物を要らないなんてそんな事言わないで。君たちにも是非貰って欲しいな」

そう言って微笑む。

巨漢の男はその返答に面食らったように少し黙った。

列に並べと頑なに言われるか、このまま話を進められるかどちらかだと思っていた。それなのに、そのどちらでも無いような答えだったからだ。

チャドは後ろについて来ている剣闘士たちの事を考える。

荒くれ者たちが納得する言葉を紡ぐ必要があった。威厳が全てなのだ。

チャドが再度我を通そうとエリックを見下ろす。

「…ははっ」

小麦畑のような金の瞳が真っ直ぐにこちらを見上げていた。

睨んでいる訳でも怯えている訳でも無い。ただ真っ直ぐこちらを見ていた。そのひとつも臆さない表情に巨漢の男は少し笑う。

「女みてぇなツラして良い顔するじゃねぇか」

男はそう言うと踵を返した。

「お前ら、最後尾に並ぶぞ。別に急いでやしねぇんだ。どうせなら腹を満たそう」

チャドの言葉を合図に剣闘士たちは教会を出て行く。

「ありがとうね」

エリックがそう言って見送った。再び秩序を取り戻した教会内に尊敬の念が広がる。誰もが恐れる巨漢に笑顔で立ち向かうさまは人々に強烈な印象を残したのだった。





 傾き始めた太陽が厚い雪雲のすき間からわずかに覗く。弱々しく差し込む陽光が随分と寒くなってきた地上をほんの少しだけ暖める。

全ての食糧と防寒具を配り終えたエリックは市民たちと雑談していた。

そこにパンを食べ終えた巨漢の剣闘士が近づいて来る。市民たちはわずかに怯えたような表情を浮かべるとそろそろとその場を後にしてしまう。

「よお、パン美味かったぜ。改めて俺はチャドだ」

チャドはそう言うとエリックに右手を差し出した。 

「僕はエリック、よろしく」

エリックはその手を握る。

「エリックってったら新聞にあった貴族のボンか!」

チャドは驚いたような声で言った。

「ははぁ、俺を恐れねぇたあどんな野郎かと思ったらまさか貴族サマとはなぁ!」

チャドは大きな身体を揺らして笑う。

「骨のある貴族も居たもんだ。お前は闘技場で剣闘士を闘わせるんじゃ無くて闘技場に降りてくる人間ってこったな」

チャドの身体と同じくらい大きな声は教会周りで寛いでいた他の剣闘士たちにもよく聞こえていた。

「それでよぉエリック様、アンタ星骸の旗印なんだろ?貴族をぶっ殺す算段をつけてるよな?」

「星骸は革命を志してる。誰もが平等に夢を見られる世界を目指してね」

「さすが貴族サマだ。キレイな言葉で講釈垂れやがる」

その発言に周りの剣闘士たちが笑う。

「俺たちは貴族に犬っころみたいに飼われて剣闘士として殺し合いをさせられてたのさ。でももう違う。俺たちは飼い主を食い殺してやった。お前ら星骸に賭ける為にな」

チャドは獣のように恐ろしい顔をしてそう言った。エリックは黙って話を聞いている。

「星骸がこのクソったれな世界をぶっ壊すってんなら力を貸すぜ。俺たちは力が取り柄でね。町の奴らは俺たちを犯罪者と罵りやがるが、そんなこたぁねぇ。皆んな気の良い奴らさ!」

巨漢の剣闘士は両腕を広げた。

「特にそこに居るライリーなんて女々しい野郎だぜ。女を養う為に犯罪も犯さずわざわざ剣闘士の身分に落ちたんだからなぁ!」

チャドはパンを頬張っていた若い男を振り返って言う。剣闘士たちは大笑いだ。

すると名指しで笑われたライリーの横にいた女がニコニコしながら口を開ける。

「チャドったらそんな事言って、女を守る為に何でも出来る奴は男の中の男だって言ってたじゃなーい」

女は嬉しそうにそう言った。その発言にチャドは少しだけ困ったような顔をする。そんな話の流れを切るようにして、教会の中から声が上がった。

「オリビア?ライリー?」

そう言いながら突然ラミアが割って入る。片付けが終わったのか外へ出て来たところだった。

名前を呼ばれた二人は振り返る。するとオリビアと呼ばれた女は目をまん丸にして口をあんぐり開けた。

「ラミア!?」

「オリビア!やっぱりアンタだ!どーしたのー!!」

ラミアは興奮したように駆け出すと女に飛びつく。

「アンタこそどうしたのよこんな所で!」

まるで旧友にでも会ったような反応をする二人にチャドは肩をすくめた。

「女は話し出すと止まる事を知らねぇ。お前もそう思うだろ貴族サマよ」

「女性は話すのが得意だからね。僕たちは一生勝てないよ」

エリックはそう言って小さく笑う。

「違ぇねぇな。んで話を戻すが、星骸は俺たちが命を賭ける価値がある事をやってくれんのか?」

チャドは凄むように言った。先程までの冗談を飛ばしていた時とは纏う空気が全く違う。

「価値はある。断言しても良い。かく言う僕も星骸に賭けて地位も名誉も全て捨てたんだ」

エリックはそう言ってニヤリと笑った。礼儀正しい仮面の隙間から覗く、イタズラが成功した少年のような表情。

チャドは二回ほど深く頷いた。

「覚悟を決め終えた男の顔は違ぇ。お前、相当いい男だな」

「よく言われるよ」

エリックはさらりと言う。その謙遜の無さにチャドは思わず笑った。

「いいな、気に入ったぜ貴族サマ」

「ふふ、皆んな僕を気に入るんだ」

エリックの言葉が夕日に照らされた教会の前で静かに宙を舞う。

騒がしい女たちの声を聞きながら二人はもう一度右手を交わした。

読んで下さりありがとうございます。


ついに剣闘士たちとの邂逅です!

エリックって自分の内面に対する自己肯定感はかなり低いですが、外見に対する自己肯定感は相当高めです笑

生まれ落ちた瞬間から褒めそやされて生きてきたからでしょう。それがかえってエリックを苦しめていたり、、、

まあエリックが外見を褒められた時に「よく言われる」とか「知ってる」って言うのが好きなんですけどね✨️


次回も土曜の21:00です!見に来てください!

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