別離の道⑦
堅牢な関所に向かって生まれたばかりの雪が落ちて来る。イチア地区を守る関所だったそこは、今は逃げ出した剣闘士たちの住処になっていた。
三十人近くいる剣闘士たちは順番に見張りを立て、関所を強固な砦のようにしていた。
そんな無法者たちの根城になった関所を見張っているのはひょろりと縦に長い男。その頭に小さな雪が当たって消えた。
「うわー、雪降ってきやがった」
男はそう言うと擦り切れた革手袋を擦り合わせる。
「ライリー皆んなぁ、朝ご飯よ〜」
女の高い声が響く。その声にひょろりとした男は振り返った。声の主は関所の中から顔を出して、お玉を持った手を振っている。
その声につられてそこかしこから剣闘士たちが姿を現す。寝ずの番をしていた者は未だ寝こけている者を蹴り起こしていた。
「ありがとなオリビア」
ひょろりとした男は女にそう声を掛けながら女の手からお玉を取る。
「ほらお前ら並べー!俺の女の美味い飯、食わしてやるからよー!」
男が高らかに言うと剣闘士たちは声を上げて笑った。
「女房が怖くて飯を盛り付けてる野郎が言いやがるぜ!」
「剣を持つより似合ってるぞライリー」
剣闘士たちがはやし立てる。
「言ったなお前ら!ホントに食わせてやらねぇぞ!」
ライリーはお玉を振り上げながら言った。
「ちょっと、喧嘩は辞めて〜」
女が振り返る。
「喧嘩なんかしてねぇさオリビア。お前の亭主をちょっとからかってただけだ」
「そうなの?うちの人優しくてオマケに可愛いでしょう?私が言わなくても手伝ってくれるのよ」
オリビアは小さく笑った。
「ああ、可愛いぜ。だがよオリビア、可愛いってのは女に使う言葉じゃねぇか?」
剣闘士の男はニヤニヤと意地悪く笑いながら言う。
「あらそんな事無いわ。だって貴方も可愛いじゃないギャリー?」
「あ?」
「パン屑がついてる。つまみ食いする悪い子がその証拠を口元に残しちゃってるの、とっても可愛いでしょう?」
オリビアはそう言うとニコリと笑う。周りの男たちは大笑いだ。その様子にオリビアだけがきょとんとした顔で何故笑いが起きているのか分からないようだった。
「ハッハッハ、辞めとけギャリー。オリビアには敵わねぇよ」
そう言いながら現れたのは見上げる程大きな男。剣闘士たちを率いる人物だ。
「あ、おはようチャド。寝癖のついたお寝坊さんの貴方も可愛いわよ」
そう言ってパチリと片目を瞑る女にチャドは肩をすくめた。
「さぁさ、皆んな温かいうちにいっぱい食べてね!」
オリビアは明るく言うと、旦那の分のスープをよそう。舞い降りてきた雪がスープにじわりと溶けた。
空を覆う黒い雲から溢れた水滴が冷え切った空気に触れて柔らかくその形を変える。ふんわりとした雪になったそれは人っ子一人いないイチアの町に静かに降り注いでいた。
まだ昼を過ぎた辺りだと言うのにこの、人のいなさは何も寒さだけが原因では無かった。町を巡回する兵士の数は日に日に増えており、怪しまれたくない市民たちは外出を控えていたのだ。
それというのも、最近、兵士たちの持つ権限は領主であるリンブルにより大幅に引き上げられ、以前よりもずっと簡単な理由で捕らえられる人間が増えたからだった。
星骸による配給も関所を落としてからはかなり規模が縮小していた。
兵士の影でも見えようものならすぐにでも逃げられるように星骸に協力している市民たちも、配給目当てに来る市民たちも必要最低限のものしか用意していなかった。
配給にエリックが姿を現す事はほとんど無くなり、ごく近い仲間以外に彼の所在を知る者はいなかった。
「はぁ、もう疲れた」
身を隠している張本人、エリックが背もたれに寄りかかってポツリとこぼす。
手には羽ペンが握られており、机の上には紙の山。それは全てエリックが書いた手紙だった。
「弱音吐くなーエリック〜。こっちだって蝋封すんの大変なのよぉ」
ラミアが間延びした声で言う。
「あら、二人とも随分頑張りましたね。食料庫の中にあった砂糖でケーキを作ってみたんです。良かったら皆んなで食べない?」
リリスの言葉にそっくり同じ顔をしたラミアは勢いよく立ち上がった。
「食べる!!」
初めて作ったにしては随分と美味しいケーキに舌鼓を打ちながら三人は暖炉の火に当たる。
行儀悪く暖炉の前に腰を下ろし、皿から直接ケーキを鷲掴みにして食べていた。
最初は戸惑っていたエリックも、ラミアが嬉しそうに甘くなった指をなめているのを見てからその食べ方に楽しさを見出したようだった。
「お二人とも仕事はどこまで終わったんです?」
リリスが聞く。
「もう半分も無いよ」
「うげぇ、まだ半分もあるの〜?」
エリックの言葉にラミアが嫌そうに言った。
「貴族の数は想像以上ですね。イチア地区だけで一体何人いるんでしょう。働かずに肥えるだけなんてまるで寄生虫ですね」
リリスの皮肉っぽい言葉にラミアは楽しそうに笑うと、ガチャンと音を立てて皿を机に置く。
「リリィの言う通りだね〜。というかさぁ、貴族にこっちの味方するように手紙で呼び掛けてホントに意味あんの?アタシらは貴族とか無くすって言ってんだから、誰もこっちに来ようなんて思わないでしょ」
ラミアは汚れた指を服で拭った。
「それはどうだろう?今はかなり僕たち星骸に追い風が吹いてるからね。主要な関所を一度に三つも落としたとなれば、風見鶏的な貴族がなびく可能性は十分あると思うよ」
エリックはハンカチで口元を拭きながら言う。
「今寝返ればピーストップ家が落ちた後も地位を約束する、なんて言われたら尚更ね」
「ふーん、そういうもん?貴族も案外薄情だね」
「あはは、貴族ほど薄情な人たちもそう居ないと思うよ。皆んな自分の事が一番大事だからね。力ある者は誰か、それを敏感に感じ取る力は貴族社会では必須のスキル。じゃないと寝首をかかれるのは自分だもの」
エリックは朗らかに言う。
「さぁ、休憩も済みましたし、そろそろ作業を始めましょう」
「えー!やだぁ!」
ラミアは立ち上がろうとするリリスにしがみついて首を振った。
「わがまま言わない。エリックさんはもっと大変なのよ。筆跡は誤魔化せないから全部一人で書かなくてはいけないんですからね」
リリスは皿を集めるとそのままキッチンへと向かう。エリックはぐっと伸びをするとゆっくりと息を吐いた。
「あとちょっと頑張ろうかラミア、ここに居ない皆んなもそれぞれ頑張ってるしね」
「うー……ん?」
嫌そうに唸っているラミアを置いてエリックはさっさと作業に戻る。一方でラミアはエリックの言葉をじっくりと聞いた後、首を傾げた。
「あれ?エリック!今アタシのこと呼び捨てにした!!」
女は歓喜の声を上げるとエリックに勢いよく抱きつく。
「わっ、ちょっと!文字がズレる!」
「そんなんどーでも良いー!!貴族がアタシに懐いたよリリィ!」
「あら、羨ましいですね」
大げさに騒ぐ片割れをリリスは食器を洗いながらニコニコと見ていた。着実に積もっていく雪が窓から覗く。凍てつく寒さと反逆者たちの余韻が広がる外の喧騒はこの部屋には届かない。今はただ、若者たちの笑い声が響くだけだった。
読んで頂きありがとうございます!
オリビア!可愛い女キャラをやっと表現出来たかなと笑
このまま可愛い子のままでいてくれ!頼む!!
次回は土曜の21:00です〜




