別離の道⑥
イチア地区は騒然としていた。町中がヒソヒソと話してでもいるかのように、そこかしこから声が聞こえている。
昨晩、エリックを旗印とした反逆者たち星骸が主要な関所を制圧したからだった。
その事件が起こした大波は、イチア地区を治めるピーストップ家だけには留まらず、地区境近くの田舎貴族たちにまで届いていた。
数日の内に次々と攻め落とされる重要な施設に、静観していた多くの市民たちが声を上げ始めている。
暴動一歩手前までに膨れ上がった市民感情に貴族たちは不安を募らせていた。
数日前の星骸による革命宣言時は、いつもより少し大それてはいるものの定期的に起きる不満の爆発程度にしか考えていなかったのだ。
空腹の市民が起こした癇癪に過ぎない、少し食べ物を恵んでやれば涙を流して喜ぶだろうとそう考えていた。
だが貴族たちの思惑は大きく外れ、事態は火急の解決を要するほどの、文字通り大事になっていたのだ。
不安定な情勢に、王都から一向に援助が来ない事を不審に思う貴族が出始める。
憶測が憶測を呼び、噂話は勢いを増した。
その綻びは小さなものだったが人間に芽生えた疑念は中々消えない。
表に出て来ない猜疑心も合わせればイチア地区の混乱はもはや収集がつかないほど巨大なものになっていた。
そんなイチア地区の一画で怒声が響く。
「なんでサトシを一人で行かせたの!」
ラミアは武器を仕分けていたレイの方へと向かいながら言った。
反旗を翻した市民により奪われた関所が冬の弱々しい陽光に照らされていた。
レイは響いた声に振り返る。
怒髪天を衝く勢いで怒っているラミアの後ろにリリスが立っているのが見えた。
「…リリスから理由は聞いたんだろう?」
「聞いたよ!地区外なんてツテも無い危険な所によく仲間を送れるよねレイ!!まして王都なんて!」
ラミアはレイに詰め寄る。
「王都への使者を止められなかったんだから仕方が無い」
「アタシはそういう事言ってんじゃねぇんだよ!なんでサトシを一人で行かせたかって言ってんの!」
淡々と言う男にラミアは目を吊り上げた。
「リリスを共に行かせれば良かったか?だがそうなれば関所での指揮官が居なくなってしまう」
「だったらっ」
「市民を付ければ良かった?馬にも乗った事のない人間を連れて行って何になる。サトシの足を引っ張るだけだ」
レイはラミアの言葉を遮ってそう言った。誰のどんな主張でも冷静に最後まで聞くレイにしては珍しい行動だった。
ロシュが筒の長い銃を三丁ほど抱えながら二人の口論を見ている。
「そうやっていつも心配すらしないんだねアンタは!カガイの時もそうだった!娼婦のフリしてたリリィが危険な状況になっても『作戦の事を考えろ、リリスの為にも今はそれが最善だ』って!リリィの事もサトシの事もどうでも良いんでしょ?あー!そうだよね!だって革命が一番大事なんだから!!」
ラミアが怒鳴る。
「アンタのその余裕綽々な態度が気に入らないのよ!心配してるフリすらしない!出来ない!そりゃ出来ないよね!心配じゃないんだもん!アタシたちの事、革命を成功させる駒としか思って無いんでしょ!この人でなし!!」
「ラミア!言い過ぎですよ!」
リリスがたしなめた。レイは息巻くラミアから視線を逸らす。
「…心配してるさ」
呟くような声にラミアは不満げに息を吐いた。リリスが片割れの背中をさすっている。
「心配しない訳無い、アイツは優秀な奴なんだから」
その言葉にラミアの片眉が上がる。
「はぁ?サトシが優秀だから心配してんの?それって丸っきり駒だと思ってんじゃん!」
「ラミィ落ち着いて。今は話し合いは無理ね。レイさん、失礼します」
リリスはそう言うと片割れの手を引いて歩いて行ってしまう。ラミアは大人しく連れて行かれながらもチクチクと嫌味を言っていた。
レイは双子の後ろ姿を見送ると、関所の兵士たちから奪った武器の仕分け作業へと戻る。
市民への武器の供給はしっかり考えなくてはならなかったのだ。
誰にどれだけ、どこにどの武器を配るのか。そこを間違えれば人々が暴走し、勝手に貴族を襲う事も考えられた。
そうなれば味方も敵になりかねない。
武器を得た事で勝手をされて綿密に立てた計画が狂ってしまう事は十分にあり得る未来だったのだ。
レイが地図に印を付けながら思案していると、赤毛の男が音もなく現れた。
「レイ」
静かな呼びかけに顔を上げる。
「お前は怒っても淡々としてるんだな」
「…怒って無いが、」
「そうなのか?」
目をしばたたかせるレイにロシュは首を傾げた。
「てっきり怒ってると思った」
「いいや」
レイははっきりと否定する。いっそ過剰なまでの否定だった。
「そうか。じゃあまだお前が怒ってる所を見たことないな」
赤毛はそう言うとくるりと背を向けた。言うだけ言って去って行こうとする男に、今度はレイが質問する番だった。無性に気になったのだ。
「なぜ怒ってると思ったんだ?」
ロシュは振り返る。
「わざと言っただろ、『優秀』って。それでラミアが手が付けられないほどキレるってお前が分からない筈ないからな」
レイは考えるように少しだけ眉を寄せた。
「カガイの時もそうだ。『革命が一番大事なんだろ』ってラミアからの質問をわざわざ肯定してた。ラミアが否定して欲しかったなんて事、俺でも分かるぞ」
ロシュの言葉をレイはじっくりと反芻する。二人の間に沈黙が流れた。
「ふむ、確かにそうかもしれない。カガイの時も今も、俺は言う必要の無いことを言ってるな。それも、よりこじれる言葉を」
「うん」
「…なぜそんな事を言ったのか、」
レイは自分の発言の意図を図るように顎に手をそえる。
「だから、怒ってたんじゃないのか?」
ロシュは至極当然という表情で言った。
「ラミアに不愉快な気持ちにさせられたから不愉快な気持ちに仕返したんだ。違うのか?」
「そんな、幼稚な事を、わざわざ?そもそも不愉快になった覚えはないが、」
問われたレイが困惑したように聞き返す。
「『お前はどうせ革命が一番大事なんだ』って決め付けられて怒ったんだと思ってた。あの時もさっきも」
「………俺は、革命が一番大事だと思ってる、」
レイは戸惑いながら言った。自分で思う自分の気持ちとロシュからの評価があまりに乖離していて何が本当なのか分からなくなりそうだったのだ。
ー革命が一番大事なんてそんな分かりきった事を言われて怒りが湧いた?怒りが湧くという事はつまり、それを否定したいと思ったということか?ー
レイはそんな事を思いながら息を吸った。何か言いかけたがロシュの言葉に思考はかき消される。
「怒ってたってのは俺の勘違いだったんだな」
赤毛はそう短く言うと去って行ってしまう。レイは空を見上げる。美しい色をしていた。
ロシュの残して行った混乱を青空は解決してはくれない。ただ抜けるような薄青が視界いっぱいに広がるだけだった。
浅黒い肌の大男は、上官である中隊長のステラの部屋で難しい表情を浮かべていた。
エリックの父であるリンブルから息子を探すようにとの命を受け一時的に隊を離れていたアレクサンドルだったが、星骸の動きが激化しエリックの裏切りが決定的なモノになった事で、エリックを探すという任を解かれ隊に戻って来ていたのだ。
「星骸の事もエリック様の事も、何の成果も得られず戻ってしまい、申し訳ありません。中隊長の名も汚してしまった」
大男、アレクサンドルはそう言って自分よりも若い中隊長に頭を下げる。
「向こうが一枚上手だっただけだ。まさか星骸がこうも早く動くとはね…」
ステラは椅子に座った状態で顎に手を添えた。
「関所を三つ、一体いつの間にそんな人数を集めていたのか、」
「…未だ市民の一人も捕まえられていないので何とも言い難いですが、星骸の軍はまだ百人程度しか居ないのではないかとの情報があります」
アレクサンドルが言った。明け放たれた扉から冷たい風が入ってきて二人の足元に溜まる。
「では少数で落としたという事かい?ますます困るじゃないか」
ステラは首を振った。
「私たちが独自に星骸を追っている時も思いましたが、向こうには相当頭のキレる人間が居そうです」
大男の言葉にステラは考えるようにトントンと机を叩く。
「なんにせよ、リンブル様からの命令で僕らは町の巡回だ。不審な人物を見つければ即座に拘束していいとの事だから、支持者を捕まえて情報を聞く方が早そうだな」
「はい。敵の規模感、拠点が分かれば対策は容易です。以前の拠点であるエリック様の療養所は打ち捨てられていました、一体どこに移動したのか、」
ステラは少し黙ると、声の調子を軽くして話題を変えた。
「そういえば、君と一緒にエリック様を探してた執事長補佐だっけ?その人も君みたいに前の仕事に戻ったのか?手柄を立てようとしてたみたいだけど」
「ああ、ゾラさんですか?あの人は、正直な所よく分からないんです。食料庫を奪われてエリック様の裏切りが確定したとリンブル様からお達しがきた時に、その、何というか、酷く落ち込まれていて、」
「まあ、手柄を上げられなかったとなったらそうか」
「はい、それもそうなのですが、エリック様が本当に裏切っておられた事がショックだったようで…」
アレクサンドルの言葉にステラは眉を寄せる。
「エリック様が裏切っているという事を突き止めると息巻いていたのに?」
「はい。まあ俺も最初はショックだったのでそれは分かるんですけど、意気消沈してどこかに行ってしまわれて…今はどこに居るのかも、」
「そうか…」
ステラは小さく呟いて続けた。
「いち使用人ですらそうなんだから、リンブル様や奥様は一体どれ程心を痛めているのか」
「痛めているからこそ、星骸にここまでの進撃を許しているとも言えます。敵はそれを分かってやってる」
アレクサンドルは歯噛みする。それにステラは頷いた。
「今の僕らに出来るのは、リンブル様の命令に従う事だ。イチア地区の治安を守らなければ」
中隊長はそう言って立ち上がる。仕事の時間だった。
読んでくれてありがとうございます✨️
他人から指摘されて初めて気づく感情ってありますよね。
レイは感情を持ち続けられなかった人なので、あんなに聡いのに自分の感情には鈍感だったりします。
いつか取り戻せたら良いな。
次回は土曜の21:00です!




