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別離の道⑤

 サトシは関所の手前で息を殺している。同じように静かにしている市民たちは寒さに時折身動ぎしていた。

視線の先には煌々と光る大きな関所。そこからわずかに声が聞こえる。高い声。リリスだ。

逆光で顔は見えないが何やら兵士たちと話している。サトシが言ったように色仕掛けの真っ最中だった。

サトシは右手を上げると後ろで待機している市民たちに合図を出した。

市民たちはゆっくりと動き出す。

月の光すら届かない暗い獣道の草を踏みしめて、じれったい程ゆっくりゆっくり関所に近づいていった。

兵士たちの目は森の中に突如として現れた謎の女に釘付けだ。

普通はこんな時間にこんな場所に女が一人で現れれば、何をしているのかと疑う所だろう。だが何日も町に帰れないで仕事をしている男たちには今更どうでも良い事だった。

サトシたちは兵士に気付かれないように限界まで関所に近づく。

リリスの顔がよく見え、声もはっきり聞こえる位置まで来ていた。

サトシはわずかに唇を舐めるといきなり声を張り上げた。

「行くぞ!」

吐いた言葉を追うように白い息が宙に溶ける。

関所のほど近くまで来ていた市民たちはリリスを見ている兵士に飛び掛かった。

兵士たちは咄嗟に身構える。だがそれだけだ。いきなりの事にそれ以外の事は何も出来なかったのだ。

なぜこんなに人が居るのか、なぜ襲いかかってきているのか、そもそもいつの間に近づかれていたのか。

それらを思えば思うほど兵士の動きは鈍くなり、統率という言葉すら知らない凡人のようにただ打たれた。

よろよろと頼りなく歩いたと思えば呆気ないほど簡単に倒れる兵士たちに、サトシは眉を顰める。そんな時、既に制圧を終えた市民の一人が声を上げた。

「おいおい、コイツら酒飲んでやがるぜ」

男は酒樽を覗き込んで言う。その言葉にサトシは納得したように頷くと嘲るような表情を浮かべた。

「さっすがお役人様の仕事ぶりは違うね」

皮肉たっぷりにそう言うと改めて関所を見回す。

酒臭い兵士たちは市民の手によって縛り上げられている最中だ。ようやく酔いが冷め始めたのか、事態を把握した門兵たちは一様に青白い顔をしていた。

「レイ、こっちも終わっ、」

サトシは耳に飛び込んで来た音に素早く振り返る。視線の先には暗い森。関所が光ラピスで明るいのもあり何も見えなかった。

視界には何もとらえられない。だが耳にはわずかな違和感。

ー何か聞こえる?ー

サトシは短く息を吸った。

「どうしました?」

小柄な男の不自然な行動にリリスが首を傾げる。サトシは質問には答えないで、関所の端まで歩いて行くと正体を掴もうとするかのように暗い森を凝視する。

暗闇の中、白いモヤがゆらゆらと近づいて来ていた。

蹄の音が冷たい夜の空気を切り裂くように聞こえる。それは轟く雷鳴のようにサトシの心をざわめかせた。

段々と大きくなる蹄鉄の音に気づいたリリスも同じように緊張したような表情を浮かべると、市民たちを振り返った。

「誰が来たっていうの…っ縛った兵士を隠して下さい!貴方たちも隠れっ」

「賊だ!助けてくれ!!」

兵士の一人がリリスの言葉を遮る。

静かな夜の森にその声はよく響いた。

ーまずいバレる!ー

そう思ったのは誰だっただろう。皆同じ思いだったかもしれない。ひやっとした感覚が市民たちの背骨を這い上がる。

だが、その感覚は違う感情で上書きされた。

助けを呼ぼうと大きな声を出した兵士の股ぐらをリリスが思いっきり蹴り飛ばしたのだ。

兵士は息を詰めて縛られたままの状態で地面に突っ伏した。

小さくうめき声を上げてブルブルと震えている。文句の一つすら言えないほど強烈な一撃だったようだ。

その光景に敵味方問わず男たち全員が絶句する。背筋に冷たいものが走り、時が止まってしまったかのように誰もが眉ひとつ動かせないでいた。

「何してるんです!早く隠しなさい!」

囁くような音量なのに妙に鋭いリリスのその言葉に市民たちは弾かれたように縛り上げられた兵士たちを引きずっていった。

 サトシはそんな様子などまるで無視して兵士からマントと帽子を剥ぎ取るとそれらを素早く羽織り、変装する。

白いモヤのように見えていたのは馬から立ち昇る湯気だった。全身から発汗しているのか、馬全体から湯気が上がっていたのだ。

馬は湯気を後に残しながらギャロップで森を駆ける。

モヤの奥に段々と騎手の姿が見えてきた。サトシは眉間に深く皺を刻むと近づいて来る人物が何者かを見極めようとする。

白い外套に飾りのついた馬具、大きく揺れる腕には腕章がついていた。それに気づいたサトシは息を飲む。

腕章の紋は全く見えなかったがそんな事はどうでも良かった。

腕章が意味するものは一つしかない。

「使者だ!リリス!王都への使者だ!行かせるな!!」

サトシは声を張り上げると、開けたままになっていた門を閉じようと力いっぱい押した。

しかし、重たいそれは一人の力では少しずつしか動かず迫りくる馬の速度には到底及ばない。

間に合わないと瞬時に判断したサトシは転がっていた槍を持ち上げると、凄まじい勢いで向かって来る馬目掛けて投げつけた。

だが騎手は見事な手綱さばきでそれを軽々と避けてしまう。

「くそっ!」

サトシが口汚く吐き捨てる。市民が慌てて隠れていた場所から姿を現した。だがその時には既に馬は関所に入ってきていた。

「賊め!今は相手をしてやる暇は無い!」

騎手が馬蹄に負けないぐらい大きな声で言う。サトシはその言葉を聞きながら再度槍を投げる。だが結果は槍が地面に刺さる虚しい音に終わった。

疾風のように関所を通過して行く馬の速さにはとても敵わなかったのだ。

サトシの舌打ちだけが後に残される。

 しばしの沈黙の後、耳元の声にサトシは現実に引き戻された。

『どうしたの?大丈夫?』

エリックの声だ。どんな表情をしているか容易に想像のつくような戸惑った声音だった。小柄な男は深く息を吸うとゆっくりと吐き出す。

「今、王都への早馬が通ってった。止められなかった」

サトシは言いながら眉間を揉んだ。ギリリと歯を食い縛る。

『王都へ?という事はお父様はついに…』

エリックが小さな声で言った。

『サトシ、そこに馬は居るか?』

レイの声。

「馬?」

問われた男は周囲を見渡す。呆然としている市民たちの奥に繋がれた馬が何頭か見えた。

「いるよ、五頭ぐらいかな」

短く答える。

『ではその馬に乗って使者を追ってくれ。追い付けなくて構わない。ただ、知らせを聞いた王家の動きをいち早く知りたい。兵の準備を進めてるなどの変化があれば即座に戻って来て知らせて欲しい』

レイの淀みない言葉を小柄な男は黙って聞いていた。サトシが何か言うより前にエリックが口を開く。

『え?何言ってるのレイくん、一人で行かせるなんてそんなの、』

「了解」

サトシはエリックの言葉を遮った。

『了解って…危険だよだって、』

耳飾りから聞こえて来るテノールを聞き流しながらサトシは馬の手綱を手に取る。突然テキパキと動き出したサトシにリリスは困惑の表情を浮かべた。

交信しているのは各部隊の指揮者だけだったのでリリスは何が起きているのか全く把握出来ていなかったのだ。

『それに君はイチアを出た事無いんじゃ、』

「はいはい、もう良い?」

サトシはあぶみに足を掛けながら言った。

「危険だとか地区から出た事無いからとか、そんな事言ってたらなんも出来ないでしょ」

『それは、そうだけど、』

「アンタって地位捨てて革命宣言してって、無茶苦茶やってる割にはこういう心配するよね」

サトシは少し笑うと、早足で近寄って来たリリスに使者を追う事を伝える。女はわずかに眉を寄せたが小さく頷いた。

「後の指揮はリリスに任せるで良いよね?」

サトシが聞く。

『ああ、そうしてくれ。予備の音ラピスは持たせてるから交信は途切れない筈だ。…悪いなサトシ、頼りにしてる』

サトシはレイの言葉にわずかに口角を上げた。

「んじゃ行って来る」

短く言うと馬に拍車を掛ける。

暗い山道を照らすのは天上で輝く白い月だけだ。

馬の速度が増すにつれて身を切るような寒さがサトシを襲う。しばらくの間耳飾りから聞こえていた仲間たちの声はある地点を超えた時突然途絶えた。

静寂がサトシを包む。馬の息遣いと蹄の音だけが鼓膜を打った。長く続く道をサトシはひたすら駆け抜ける。目指すは王都。未知の世界だった。


読んで下さりありがとうございます!


完全に私事なんですが、そんなに好きじゃない人とメッセージをするのがとてつもなく面倒臭い性分なんですよね笑

恋愛、友情に関係なく好きな人とは苦ではないんですけど、、

「おはよう」とか「お疲れ様」って送られても、、、

毎日はキツい、、笑

そもそもSNS好きじゃないし、疲れるし、、

メッセージやSNSが苦じゃない方、凄いなと思ってます!


次回は土曜の21:00です!また来てね!

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