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別離の道④

 草木も眠る時間。月の明かりだけが頼りの深い森の中に数十人の集団が息を潜めていた。凍てつくような寒さの中、火も熾さずじっとその時を待つ。

襟を立てて風を遮りながら肩に力を入れている男たちは足踏みをして寒さを紛らしていた。

関所は山を切り拓くようにして建っており、真ん中のアーチを中心にして左右に塔がくっついていた。塔の上部にはいくつかの覗き穴があり、それぞれの塔の上には二人ずつ兵士が配置されている。

寝ずの番をしている兵士は何も塔の上だけではなかった。門前のアーチの所には五人の兵士がおり、守りは万全だ。

ここから見える兵士の数は全部で九人。交代の兵士も考えると大体二十人が関所にいる事になる。

対してエリックたちは約三十人。

普通にやり合えば絶対に勝ち目の無い状態だった。

 そんな関所を弓を背負っている男五人ほどが最前列を陣取り、眼下を睨むように見ている。

彼らは猟師だった。猟銃だけでなく弓も得意だということでレイにこの位置に配置されていたのだ。

 木々の間からかなり下の方で光っている光ラピスの明かりが見える。暗い森の中でそこだけ煌々と明るく、まるで海の上にぽっかりと浮かぶ灯台のようだった。

「お待たせ。僕たちの隊も位置に着いたよ」

エリックが自身の部隊の準備が整った事を確認してそう言った。するとそれまで異様なほど静かだった耳元が騒がしくなる。レイの声だ。

『これで全部隊が位置についたな。交信を聞いているのは指揮官の諸君だけだ、よろしく頼むぞ』

レイの言葉に地区中に散らばった男たちは口々に返事をする。

『では、作戦開始だ』

その声を合図にエリックは最前列を陣取る弓を持った猟師たちに視線を合わせると右手を上げた。

それを見た猟師たちは弓をつがえて限界まで引き絞る。ギリギリと耳障りな音が静かな森の空気を変えた。

寒さに足踏みしていた市民の男たちはその空気を敏感に感じ取り、居住まいを正す。手にした農具を握る手に力がこもる。

関所の兵士たちはそんな変化には全く気付かず、いつもと何ら変わらない夜に仲良くお喋りしていた。

エリックは息を吸う。

その音にエリックの隣で大人しくしている馬が耳をピクリと動かした。

「放てっ」

エリックは小さく言うと、上げていた右手を勢い良く振り下ろす。その動作を合図に、つがえられた矢が一斉に放たれた。ビュッという鋭い音をさせて夜の闇を切り裂く。

塔の上で眠そうに大あくびしていた兵士たちが次々と射抜かれた。

ドッと鈍い音をさせて仲間が倒れるが、関所の下で談笑している兵士たちはそれに全く気付いていない。

「次、放て!」

エリックは、塔の上にいる兵士が全員倒れた事を確認するとそう言う。今度は門前の兵士たちが射抜かれる番だった。

その間にも馬に乗ったロシュが先導していた小さな班が関所に近づいている。

彼らは、小さくうめき声を上げている兵士たちを縛り上げると山の上の方から指示を出しているエリックに手を振って合図を送った。

エリックは弓を携えた猟師たちを従えて、馬を器用に操りながら山を下る。

合流した二つの班は、見張りを何人かだけ残して関所の中へと入って行った。

そこからはなんとも呆気なかった。眠っている兵士たちを制圧するのは、何の訓練も積んでいない市民たちにも実に簡単な事だったのだ。

対面でやり合えば訓練している兵士がただの市民に負ける事など普通はあり得ない。

だが奇襲されるとは夢にも思っていなかった寝ぼけ眼の兵士たちにその普通は通用しなかった。

まして相手は自分の死すらいとわない狂気に満ちた目をしているのだ。

革命の初期段階に参加する人間はそうじゃない人間よりもずっと本気だ。ここで負けて死ぬか反逆者として捕まって死ぬか、それだけの違い。

自由への渇望を目に宿し、農具片手に士気の高い市民たちを前に起き抜けの兵士たちはなす術も無かった。

こうして、関所の制圧はほとんど一瞬で終わった。

暗い森に再び静寂が訪れる。月光が木々の隙間から降り注いでいた。

エリックは遠く離れた仲間に制圧完了を告げようと口を開く。だが、後ろから聞こえて来た声に馬首を巡らせた。

何やら騒がしい。

「いっかいの兵士がこんな良いもん着てやがるぜ!」

「お前らのせいで俺たちはいつも食いっぱぐれるってのに!」

市民たちが縛り上げた兵士たちを大声でなじっていたのだ。エリックはそれを見て少しだけ緊張したように唇を舐める。

ーここで僕が発言を間違えれば彼らが過激な暴徒になる可能性だってあるー

エリックはそんな事を思いながら口を開いた。

「皆んな素晴らしい動きだったよ」

馬から滑り降りながらそう声を掛ける。罵声の中に咲いたテノールは柔らかい響きをしていた。

その柔らかさに市民の毒気はわずかに和らぐ。

「…うーん、貴族様に褒められるのは気分がいいな」

「ふふ、僕はもう貴族じゃないよ」

エリックは笑って言った。殺伐としていた関所に穏やかとも言える空気が戻って来る。

市民の男はエリックの言葉に少し肩を揺らした。

「俺たちは貴族なんてふんぞり返ってるだけで何もしねぇ奴らだって嫌ってるんだけどよ、不思議なもんで褒められると、こう、なんて言うんだろうな、高貴な人に自分を認められた気がして悪い気がしねぇ」

「ああ、なんか分かるぜその感じ!」

「エリック様が貴族っぽく無いからかねぇ」

「ま、貴族になんて会った事ねぇけど!」

その言葉に男たちは大声で笑う。するとそれまで苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた兵士の一人が口を開ける。

「エリック、様?…まさか、あのエリック様か??」

困惑したような声。兵士たちはにわかにざわつき始めた。

その様子に市民たちはニヤニヤと嬉しそうな表情を浮かべる。

「そうさ、お前らの王子様は今はこっちの味方さ」

「僕は王子では無いんだけど、」

得意げに紡がれた言葉にエリックは困ったように言った。

「そんな、まさか噂は本当だったなんて、、」

「誰だよ!関所の増員が無いからあんな噂話、嘘だって言った奴!」

縛られた兵士たちは互いを罵り合い始める。

「まあまあそんなに怒らないで。全部僕が悪いからさ」

エリックはにこやかに言った。自分を否定するような言葉を紡いだ割には何とも清々しい表情をしている。

そのあっけらかんとした物言いに市民たちは笑い、兵士たちは困ったように顔を見合わせた。

自分より遥かに身分の高い人間に『僕が全部悪い』なんて言われて『そうだお前が悪い!』などと言える訳が無い。兵士たちはただ黙る事しか出来なかった。

 「こちらエリック、制圧が完了したよ」

ちょっとした騒動を収めたエリックが爽やかに言う。するとすぐにレイの声が返って来た。

『こちらももう終わる所だ。サトシ、そっちはどうだ?』

『今リリスが色仕掛け中』

答えはすぐに返って来る。くぐもった声はまだサトシが暗闇に潜んでいる事を教えてくれていた。


読んで下さりありがとうございます!


関所制圧が始まりました!

戦闘シーンを書くのは難しいですね、、

臨場感を出したいのでダラダラ書くのは違う。でも、書かなさ過ぎると何が起きてるか分からないし、

バランスむずい!


次回は土曜の21:00です!お楽しみに!

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