別離の道③
食料庫を奪ってからまだ一日も経っていない夕暮れ。スクラップタウンの背の低い、建物とも呼べないような荒屋の奥に太陽がゆっくりと消えて行く。空は紫色に染まり、雲を赤く光らせた。強い西日を浴びる人々の顔は真剣で誰もが覚悟とやる気に満ちていた。
食料庫奪取からまだ一日しか経っていなかったが、星骸は以前とは比べ物にならない程の支持者を得ており、次の作戦への志願市民の数も大幅に増えていたのだ。
星骸の宣言した革命への志願者である市民たちは下流下層階級の住むスクラップタウンに集められていた。
というのも、今回の志願者たちの多くはスクラップタウン出身の者たちが圧倒的に多かったからだ。この階級制度に最も不満を持っているのは下流階級の貧民層なのだ。
それにスクラップタウンなら貴族の目も届きにくい。
この町は迷路のように複雑に入り組んでいる。余所者はまず出られないし、そもそも入れば非常に目立つ。
そんなスクラップタウンにある小さな丘の上に何十人という市民たちが集結していた。レイによって三つの隊に分けられた市民たちは各班の隊長たちから動きを指示されていた。
「まさか、ここに集まる事になるなんてね」
エリックが集団の端の方にいた古い友人たちの元に来ながら懐かしそうに言う。
彼らが集まっている丘はいつか星空を見たあの丘だったのだ。
「んー?ああ、そう言えばそうだな!懐かしいなー。あの時のエリックいきなり寝転ぶからびっくりしたぜ。なぁロシュ?」
イーサンが思い出したと言わんばかりにそう言うと隣りに立つ赤毛に聞く。
「エリックは昔から何をするか分からない奴だ」
「え?それ君が言うの?」
「どう言う意味だ?」
長身の男の言葉にロシュは不思議そうに返した。
「エリック、来てくれ」
レイに呼ばれて振り返る。何百という目がエリックを見ていた。どうやら全ての隊の細かい動きの説明が終わったようだ。エリックはレイがなぜ自分を呼んだのかすぐに理解した。
エリックはそっと目をつむると小さく息を吐く。再び目を開けた時に居たのは先程まで友人と談笑していたエリックでは無かった。
旗印としてのエリックだった。
長身の男はレイに向かって小さく頷くと、丘の上に集まる全ての人に見える所まで歩いて行く。
その動きは優雅で洗練されており、注ぐ陽光をまとっているようにすら見えた。
エリックは光をひるがえして人々の前に立つ。
訪れる夜を前に陽の光を浴びた長身の男は優しく微笑む。
男を見つめる人々の目はこれから起こる事、起こす事への不安と期待で揺れていた。
手を固く握り締めている者もいれば、歯を食いしばっている者もいる。
「今日は君たちの人生が変わる最初の日。でも心配しないでそんなに大した日じゃ無い」
エリックは軽く言う。
「たかが関所三つを落とすだけ。そうでしょう?」
エリックは何でも無い事のようにそう言うと、子供のようにクスリと笑った。
その表情に人々はつられて笑う。緊張が見え隠れしていた市民の表情が一瞬で柔らかくなった。エリックは笑みを深めながら続ける。
「ここにいる全ての人たちに感謝するよ。共に立ち上がってくれた事、戦ってくれる事。必ず成功させるよ!僕たちなら出来る!だって一番大変なのは最初の一歩。君たちは既にその一歩を踏み出してここにいる。それ以上に難しい事なんて無い。だから大丈夫、きっと良い未来になる」
エリックはそう言うと自信ありげに深く頷いた。その言葉と仕草は人々の心にじんわりと染み込む。期待が満ちる。
もうすぐ沈んでしまう陽光が人々の視界の端に光の粒を生む。水泡のように弾けたそれは眩しいぐらいの光景だった。
広大な庭と首が痛くなる程高い天井。壁一面を覆い尽くさんばかりに飾られた絵画や芸術品の数々はそのどれを取っても溢れんばかりの富を象徴していた。
そんな、イチア地区を統治しているピーストップ家の屋敷でイチア地区の実権を握っている男たちが豪勢なテーブルを囲んで何時間も何時間も会議をしていた。
ここ数日で話している事と言えば、革命を宣言した星骸の旗印は本当にエリックなのか、誰がその責任を負うのかなどの事態の分析や責任の所在を問うようなモノばかりだった。
そんな遅々として進展しない会議の今回の議題は『奪われた食料庫』についてだ。
ピーストップ家次期当主であるエリックの裏切りや自らの保身に走る貴族たちは混乱を極め、革命宣言からものの数日で食料庫まで奪われてしまっていたのだから当然の議題と言えるだろう。
「だから私は飢える市民にまずは食料を配る方が良いと進言したのです!」
「市民が食を得て力を取り戻せば暴動になるとおっしゃられた方がいましたよね?」
「馬鹿を言うな!皆賛成だっただろう!!」
「それよりもまず言論の統制をせねば!これ以上星骸を英雄のように掻き立てられると市民の不満は膨れ上がるばかりです!」
「食料庫の事は誰が責任を取るのです?」
「そもそも昨日食料庫で兵士が見たのは本当にエリック様なのか?捜索はどうなってる!」
ラピスの光る巨大なシャンデリアの下で高価な衣装に身を包んだ男たちは口々に叫ぶ。ずっとこんな調子だった。
「王都に早馬を飛ばすというのはどうなったのです!」
「早急に手を打たねば手遅れになりますぞ」
その言葉に、眉間に皺を寄せてずっと黙っていたリンブルが口を開く。
「早馬は今朝既に送った」
当主の発言に安堵する者、苦い顔をする者と様々いたが、一人が信じられない事を言った。
「いえリンブル様、早馬の出発は私が止めました」
「は?」
耳を疑う発言にリンブルは思わず俗っぽく言う。
「ご子息の仕業の可能性が非常に高いのです。大変失礼ながら、これは失態にございます。そんな失態を王都の人間に知られれば、我らは没落を免れない。知らせをやるより地区中の貴族を集め、騎士を招集するべきです!」
その言葉に誰もが沈黙した。全員の視線がリンブルに集まる。
次の瞬間に響いたのはリンブルの怒号だった。
「お前は一体何をしているんだ!!まさかこれほどまで愚かだったとはっ!」
かろうじて聞き取れたのはそれぐらいのものだった。怒りに満ちた声は何を言っているのかほとんど分からなかったのだ。
「今すぐに早馬を出して来い!!」
当主の命令に男は慌てて立ち上がると大急ぎで部屋を出て行く。勢い余って倒れた豪勢な椅子が大きな音を立てていた。
バタバタとうるさい足音が遠ざかって行くと静寂が部屋を包む。誰も何も言わない。
当主が深く息を吐き、呼吸を整えるのを全員が固唾を飲んで見守っていた。
「奴が保身に走ったのは間違いだった。だが、地区中の貴族を集め、騎士を招集するという点に関しては正しい」
リンブルは爪を弾きながらそう言った。
「すぐに取り掛かれ」
リンブルの厳格な声がこだまする。椅子の引かれる耳障りな音がその声に続いた。
読んで下さりありがとうございます。
いよいよストックが切れそう!ヤバい!笑
そろそろ本気で書き出さないと、、
9章は四分の一ぐらいの進捗ですかね、笑
次回は土曜の21:00です。




