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別離の道②

 真っ黒な雲が頭上を厚く覆い、こちらに迫ってくるようだ。吹き始めた風が頬を刺す。イーサンは真っ赤な顔で新しい拠点へと帰って来た。

重たい外套を脱いで壁際にズラリと並んだフックに掛ける。厚着した中はわずかに汗ばんでおり、むき出しの手や顔に比べると随分と暑かった。

暖炉の熱が部屋から漏れ出ており、玄関まで暖かい。男たちの低い話し声も同じように漏れ聞こえていた。

イーサンは靴についた泥を念入りに落とすと暖炉の部屋へと続く扉を開ける。

部屋にはコーヒーの香りが漂っていた。中に居たのは五人、配給に行った双子以外の全員がそこに居た。

男ばかりの部屋はなんだか狭苦しく見えた。

「おかえりイーサン。どうだった?」

静かな声で問うのはソファに座っているレイ。イーサンに交渉を頼んだ張本人だ。

「ただいま。今回もダメだった、悪いな」

イーサンが言う。レイは小さく頷いた。

「中々頑固だな。まぁ良い、そちらは一度置いておこう。今はこちらの方が大事だ」

そう言うとレイは仲間の方へ視線を戻す。イーサンは空いていたエリックの隣に腰掛けると、レイの声を邪魔しないように小声で問いかけた。

「何の話してたんだ?」

「関所を落とす作戦についてだよ」

エリックの耳打ちにイーサンは小さく頷く。

「イチア地区には多数の関所があるが、特に重要だと目星をつけている場所は四つ。この四つはどれも王都へ続いている」

レイは地図を指しながら言った。

「正直、今日まで関所をピーストップ家の早馬が通っていないというのは奇跡に近い。エリックがこちら側という混乱で向こうの初動が遅れるのは予想していたが、これほど猶予があるとは思っていなかった」

レイの言葉を聞きながらサトシがゆっくりと足を組み替える。

「この四つの関所は早急に落とすべきだ。その為に事前に計画も立てていた。だが落とすべき関所は三つに減った」

ロシュが首を傾げた。

「暴動を起こし逃げ出したコスビー家の剣闘士たちが関所をひとつ制圧してくれたんだ」

「願ってもない助けってやつか」

サトシが言う。

「食料庫を落とした今、ピーストップ家は本腰を入れて星骸を潰しにかかるだろう。当然今まで出し渋っていた王都への使者も送る筈だ。エリックの裏切りが確固たるものだと向こうも理解しただろうしな」

レイの言葉にエリックは小さく息を吐いた。

「人員の配置は以前から考えていたものにしようと思うが、三つに減った分人が浮く、そこは別で動かすのもアリだと考えている。それこそ武器庫を…」

レイの落ち着いた声が部屋に響く。イーサンは淀みなく話し続ける鋭い瞳の男を見て、一体いくつ同時進行でモノを考えているのかと思いを巡らせた。

次々と出て来る課題を涼しい顔でこなしていくレイを突き動かすモノは何なのか。その原動力を想像すると途方もない気持ちになる。

イーサンはブーツの紐をゆっくり解くと靴の中で固まっていた足を解放した。

「エリックとロシュはここを、」

レイの声とは反対側から強烈な視線を感じてイーサンはそちらを見る。

サトシだ。こちらを睨み付けるように眉間に皺が寄っていた。

イーサンは首を傾げて言葉を引き出すような表情を浮かべるがサトシは何も言わない。

「チャック、そろそろイチア地区中で交信出来るか?」

レイはそう言いながら大あくびをしていた金髪の方を見る。チャックは慌ててあくびを噛み殺した。

だがその努力にほとんど意味は無くあくびを止めることは出来ていなかった。

「っうん!ばっちり出来るよー。もういつでもどこでもお喋りし放題!」

「疲れそう」

チャックの言葉にサトシがボソリと呟く。だがチャックはその言葉には気付かない。ロシュだけがほんのり笑っていた。

「交信出来るという事は同時に叩くのが可能という事になるな。よし」

レイはそう言うとそれぞれに細かな動きを説明しだした。

「各関所の配置は今言った通りだ。決行は急だが今夜。何をするにも早く動かねば。だが昨日の夜から働き詰めだ、数時間程度かもしれないが休める時に休んでおいてくれ」

レイはそう言うとまだ中身の残るマグカップを持って自室へと下がって行ってしまった。

 部屋に緩んだ空気が戻って来ると、ずっと何か言いたげだったサトシがついに口を開く。

「風呂入って無いのに靴脱いでんじゃねぇ。クセェんだよ」

小柄な男はイーサンを睨みつけながら不機嫌そうにそう言い放つ。

「ハハッ!そっちまで臭ってた?すまん!」

イーサンはサトシのキツイ言い方を気にした様子もなく軽く謝った。

「臭うに決まってんだろ。さっさと風呂行けよ」

サトシは低い声でさらに言う。

「ふ、ふふっ」

二人の会話に肩を揺らすのはエリックとチャック。この笑いがサトシの機嫌を更に損ねる事は二人も分かっていたが、堪えきれないようだった。

「仕方ないだろー、昨日からずっと履きっぱなしだったんだから〜」

イーサンは悪びれずに言いながら靴下を引っ張って脱ぐ。そしていきなり振りかぶったかと思うとサトシとチャックの座るソファの方へと靴下を投げ付けた。

「げっ!!何すんだクソが!!」

「ぎゃあ!」

サトシが鬼の形相で怒鳴った時には、イーサンは隣に座るエリックの方へもう片方の靴下を放っていた。

「わー!!」

阿鼻叫喚の様相になる部屋を、イーサンは悪い顔で大笑いしながら風呂場へと消えて行く。

残された靴下から距離を取ろうと立ち上がった仲間を見てロシュは静かに笑っていた。

「どうすんだよこれ!」

靴下を指差すサトシの怒りに満ちた嘆きが部屋にこだました。





 花壇の美しい整然とした建物から明るい声が聞こえてくる。広い敷地を駆け回る子供たちの高い声に男は思わず目元を緩めた。

「みんなー、そろそろお迎えの馬車が来るぞー」

男は声を張り上げて言う。

「えー!やだ!」

「先生も一緒に遊ぼうよ!」

「あ!それ良いね!」

「ねぇ良いでしょ先生?ちょっとだけ!馬車が来るまでの間で良いから〜」

駆け戻って来た子供たちが男の足元にまとわり付きながら口々に言った。

「それやって前遅れただろー?」

先生と呼ばれた男が困ったように眉を下げる。

「えー?あれはフェロー先生がもう一回って言ったんだよ?先生のせいだー!」

少女はイタズラっぽく言うとパッと逃げて行く。それに合わせて周りの子供たちも一斉に駆け出した。

「言ったなソフィア!」

男はそう言うと子供たちを追い掛けて行く。楽しげな笑い声が寒空に高く響いた。


 馬車が来たのはいつもより遅い時間だった。慌てて来たのか馬の身体からわずかに湯気が上がっている。

男は再度子供たちに呼びかけた。だが子供たちはチラつき始めた雨混じりの雪に興奮したように叫ぶ。

「わー!雪だ!」

「明日積もるかな?雪だるま作ろーよ」

「先生、先生!俺は雪合戦したい!」

ぴょんぴょんと飛び跳ねて言う子供たちを男は順に馬車へと乗せていく。

「積もったらな」

男の言葉に子供たちは白い頬を真っ赤に染めて大はしゃぎだ。教師の男は馬車の大きな扉を閉めると御者の方へと向かう。

「今日は遅かったな。て、あれ?お前、今日迎えに来る筈だったか?」

「ああ聞いてくれよトーマス」

御者の男はうんざりした表情を浮かべた。

「子供たちを送らなきゃいけないんだ。あんまり長くは聞けないぞ」

「乗っていけば良いだろ。フェロー先生の事が大好きな子供たちは喜ぶ筈さ。もちろん、話を聞いてもらえる俺もな」

トーマスは御者の調子良い言葉に小さくため息をつくと、御者台に上った。

ゆっくりと走り始めた馬車に揺られながら御者は話し始める。

「お前の言った通り、今日は俺が迎えの番じゃねぇ。ジェフの野郎、仕事放っぽってどこかに消えやがったんだ!」

男は苛立ったように言った。

「お陰で俺が急遽行かなきゃならなくなってよぉ。折角の休みだったってのに」

「そりゃ災難だな。ジェフは風邪かなんかか?」

トーマスが聞く。

「いんや、違うね」

フルフルと首を振る男にトーマスは肩をすくめた。

「すっぽかしたって言いたいのか?アイツは真面目な男だ、そんな事しない」

トーマスの言葉に御者の男は厳しい表情を浮かべるとぐっと声を落とす。後ろのキャビンから子供たちの歌声がよく聞こえた。

「これはあくまで噂だけどよ、あの野郎、星骸の支持者らしいぜ」

「…ホントか?」

「ホントかは知らねぇ、噂だって言ったろ。でも『星骸が配給してくれて助かった』って言ったってのを聞いた奴がいるんだよ」

トーマスは思案するように顎に手を添える。

「…それだけで支持者なんて言えるか?」

「さぁな。俺はお前みたいに学がねぇから細かい事は分からねぇ。でも今ここに奴が居ねぇ理由は星骸に協力してるからって俺は思ってる。星骸はまた何かするつもりだ」

男の言葉に教師は難しい表情を浮かべた。頬に雪が当たり、一瞬にして溶ける。

「どっちが良いんだろうな」

「あん?」

「子供たちにとってだよ。星骸のやってる事は過激だ、貴族を私刑にかけるなんてどう考えても間違ってる。…でも、飢えないようにしてくれてもいる。このまま支持者が増えれば秩序は無くなり、治安は悪くなるばかりだ。でも…彼らが食料を配ったから死なずに済んだ人間も確実に居るはずだ。今年の冬は特に厳しいから」

御者は黙って話を聞いている。

「この子たちは教育を受けられる階級の子たちだから飢えて死ぬ事は無いだろう」

トーマスは楽しげな歌声を聞きながら言った。

「でもそうじゃない子供たちは?飢え死になんてあんまりだ」

「じゃあお前は星骸を支持すんのか?」

「……どうだろうな、分からない。ここが戦場になるのは絶対に避けたいけど、飢え死にする子供が居なくなって欲しいとも思う」

トーマスは唇を噛んだ。

「難しいなぁ先生の考える事は」

御者の声が馬蹄の中に消える。そろそろ最初の子の家に着く頃だった。

読んで下さりありがとうございます。


皆んながわちゃわちゃしてる瞬間を書いてる時が一番楽しいし、自分で読み返しても笑顔になれます。

ホントはこういう瞬間を沢山書きたいのに、選んだ世界線は革命期という血と苦痛の時代、、、笑

息抜きで下らないifとか書いてみようかな。頭では想像しますけど、文字に起こすとなると「背景をもっと分かりやすく」とか「天気とキャラの感情をリンクさせた方が」とか色々考えちゃうんですよね〜


次回も土曜の21:00です。宜しくお願いします!

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