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別離の道①

8章開いて下さりありがとうございます!楽しんで頂けると幸いです!!

 黒い空にポツリと浮かぶ白い月が薄雲に反射して輪郭をなくす。そのぼんやりとした拙い光が夜の寒さに小さくなる草木を頼りなく照らしていた。そんな静かな夜を打ち消すように大きな声が響く。

「食料庫が星骸の手に堕ちただと!?」

リンブルの声が大きな部屋に反響する。夜中に突然叩き起こされたかと思えば耳を疑うような事を報告されたのだ、驚愕の声を上げるのも当然だろう。

「兵士は何をしていたんだ!アレは我がイチア地区最大の食料庫だぞ!」

リンブルは寝起きとは思えないような勢いでまくし立てた。布を取り払われた光ラピスが男の取り乱した横顔を浮かび上がらせている。

「申し訳ございません!なにぶんいきなりの事でしてまだ詳細が分かっておらず…ですが、見張りの兵士がエリック様から直接この手紙を渡されたと」

「エリックに会った者が居るのか!?」

リンブルは差し出された手紙を引ったくりながらそう言った。

イチア地区当主の男は息子からの手紙をじっくりと読む。

内容は簡潔なものだった。食料庫を守っていた兵士たちは人質役を演じた自分を助ける為に食料庫を明け渡したのであって無能だからでは無い。全てはエリック・ピーストップの為にやった事で悪いのは騙した自分だと、そんな内容だった。息子から父への言葉はただのひとつも無かった。

リンブルは歯を食い縛る。

「エリック様はなんと?」

「食料庫を守っていた兵士たちは悪くない、悪いのは自分だと書いてある」

リンブルは吐き捨てるように言った。

「では、エリック様はやはり…」

使用人の男は小さく言うと慌てたように口をつぐむ。『やはり裏切っていたのか』などと言葉にするのも恐ろしかったのだ。

使用人は冷や汗をかきながら懐に手を突っ込む。

「リンブル様っ、こちらは奥様へのお手紙のようです。お渡しする前に中身をお改めになられますか?」

リンブルは差し出された手紙を手に取ってしばらく見つめると首を振った。

「いや、それどころでは無い」

リンブルは一度言葉を切ると何度か口を開いたり閉じたりした。

言わなければいけない事がある、だが言葉を紡げない。

言ってしまえば二度と戻れない気がして、発した言葉によって頭に浮かぶ考えが揺るぎない真実になってしまう気がして、心底怖かったのだ。

それでもリンブルは意を決したようにゆっくりと口を開くと、短く息を吸った。

「エリックが、本当に…裏切っていたと…」

声が震えている。

頭ではそれが真実だと分かっていても、言葉にする重みは想像以上だったのだ。

「裏切っていたと証明された今…イチア地区の当主としてやらねばならない事がある」

眉間に深く皺が刻まれる。苦悩するような表情を浮かべてリンブルは続けた。瞳は滲んできた涙で濡れていた。

なぜだエリックといっそ叫びたかったが、そんな情けない姿を使用人の前で晒す訳にはいかなかった。

「…先送りにしていた王都への早馬の準備をしろ。私は書簡の用意をする」

リンブルの喉がゴクリと鳴る。

「…エリックはもう、息子では無い。反逆者だ」

重苦しい空気が部屋を支配する。

リンブルは使用人の男が出て行った扉を漠然と見つめていた。

手には息子から妻への手紙。

「……届けてやらねば、」

リンブルは小さく独りごちると重たい足を引きずって自室を後にした。





 大仕事を完了させた革命家たちは朝日と共に町に帰還した。

荷車何台分の食料だろうか。その途方もない量に起き出して来た市民たちはぽかんとした表情を浮かべている。

まるで凱旋するかのように町に入って来た男たちに初めの内は困惑したような表情を浮かべていた市民たちだったが、町の中心に近づくにつれてその表情は明るいものへと変わって行った。

「飯がこんなにある!!」

「あの山のようなやつ全部か!?」

「餓死せずに、すむ?」

「ああ、赤ちゃんにおっぱいをやれる。ありがとう!ありがとう!」

寒さと空腹でやせ細った市民たちは口々に言う。誰かが言い出したお礼の言葉が波のように広がり、小さな町を包んだ。


 食料の一部を配給する為に双子がリーダーとなり志願市民たちをまとめる。

全員昨日の夜から働き詰めだったが、疲れを見せる者は一人として居なかった。それぐらい興奮していたのだ。

 その一方で、イーサンは少し前から通っているある館の扉を叩いていた。

音を聞きつけて出て来た中年の女はイーサンの顔を見るなり少し困ったように眉を下げる。

「マーサ、そんな顔するなよ」

イーサンはあまりにも分かりやすい女の表情に笑いながら言った。

「こんな顔にもなりますよ。旦那様へ取りつがなきゃならないんですから。この間、こっぴどく追い返されてらっしゃったじゃないですか。全く、こりないお方」

マーサは仕方ないと肩をすくめるとイーサンを中へと招き入れる。

広い玄関は外よりはましという程度の暖かさしか無かった。

右手の廊下を曲がり、マーサは進む。客人であるイーサンはその後を慣れた足取りでついて行った。

三番目の扉の前で止まると女が口を開く。

「こちらでお待ち下さい」

「ありがとな。今回はこっちのソファに座ってみるよ」

イーサンのイタズラっぽい言葉にマーサはやれやれと首を振って部屋を出て行った。

 この大きな建物は商人組合のものだった。イーサンは少し前から商人相手に交渉に来ているのだ。

目的はひとつ、市民への食料供給の安定化だ。

商人たちは独自の輸送ルートを持っている。

イチア地区中の食料難を解決し、星骸の支持をもっと集めるには商人たちの協力が必要不可欠だった。

だが、今のところ成果は得られていない。

イーサンの顔が広かったお陰で、すんなりと商人組合の代表である男、ジジと面会出来たところまでは良かったのだが、商人という生き物は想像以上に商売に厳しかった。

 ソファに座ったイーサンが、もう随分と見慣れてきた内装を見回しているとガチャリという音と共にゆっくりと扉が開いた。

「また来たのか、若いの」

「ジジ、ちょっとぶりだなー」

イーサンはソファからサッと立ち上がると、人好きする顔で笑いながら老年の男に手を差し出す。

「何度も言ってるがこっちにメリットがねぇ限り飲まねぇよ。条件に変り映えもねぇまま何度も呼び出すんじゃねぇ若造が」

ジジは差し出された手を無視してソファにドカリと腰掛けた。

「そう言わないでくれよ。俺も仲間に交渉頼まれてるんだ」

イーサンは老年の男の正面に座りながら困ったように言う。

「それに変わり映えしない事はないぜ。もう少ししたらここにも情報が来ると思うけど、俺たち星骸はピーストップ家の食料庫を奪取したんだ」

「…はっ!そりゃ驚いた」

老年の男はそう言いながら懐に手を忍ばせる。皺の刻まれた手が再び現れた時、そこには葉巻が握られていた。

「だがそれがどうした?俺たちは政治屋じゃねぇ、貴族が食料を配ろうがお前らが配ろうが知ったこっちゃないね。俺たちの商売の形はなんら変わらねぇよ」

モクモクと白い煙がジジの口から立ち昇る。

「あれ?商人組合のお偉いさんなら食い付いて来ると思ったんだけどなぁ」

「あん?」

「星骸が食料を安定して配給するって事は市民たちは星骸を支持し始めるって事だ。市民が支持すれば星骸は勢いを増していずれイチア地区を落とす。そうなれば新たな政治が始まって商売の仕方も変わる」

イーサンはそこまで言うと両手を広げながら首を傾げた。ここから先は言わなくても分かるだろうと言いたげな表情を浮かべている。

「つまり、今の内に星骸に恩を売っておけば良いことがあるって言いてぇのか?」

「まぁな。確かに今は利が無いかもしれない。でも今、星骸に投資すれば貴方たち商人は未来もその地位を約束される。なんなら今よりももっと大商人になれるかも。当然だよな、だって新しい統治者の元、誰よりも早く商売を始められるんだから。商売にはスピードが大事だろ?それに先見の明も。誰にどれだけ早く投資するか、商売の基本だ」

交渉人の言葉にジジは深く葉巻を吸った。肺の奥まで煙で満たされるような、そんな深い呼吸だった。

ジジはそれを長く深く吐き出すと、途端にクツクツと笑い始める。

「くっくっくっ、ふはははっ!」

イーサンはジジの轟くような笑い声を静かに聞いていた。

「はぁ、商売を知らねぇ若造が無いオツムでよく考えたな。大したもんだよ、確かに投資は商売の基本だ。だがな、泥舟に乗る趣味はねぇんだ」

ジジが葉巻の灰を落とす。磨き上げられた床にパラパラと降り積もった。

「お前らはピーストップ家の食料庫を取ったって言ったな。さっきも言ったが、それがどうした?食料庫ひとつで何が変わる?市民に支持されるだと?そりゃ支持されるだろうさ、飯をくれる奴には誰だって尻尾を振る。だがそれだけだ。ピーストップ家にとっちゃ大した問題じゃねぇ。イチアの領主様は変わらず強大だ」

老年の男はソファにゆったりと背を預けた。

「俺たちはピーストップ家の庇護があるから安全に商売が出来てる。そりゃ払う税金もその分多いが、ちょっと食料庫を落としたぐらいの反逆者に手を貸してこっちまで反逆者になるような事、するとでも?」

男の言葉にイーサンは肩を落とす。

「はぁ、今日もボロクソだな。アンタの石頭には困らせられるよジジ」

イーサンはゆっくりと立ち上がった。

「もう帰るよ。星骸はまだ取引相手として不足みたいだしな」

「今日は随分と聞き分けがいいな」

ジジは葉巻をふかしながら言う。

「ハハッ、でもまだ交渉は諦めないぜ!」

イーサンはそう言うと、丁寧に挨拶して部屋から出て行った。

鼻を突くような臭いの煙が部屋を白く満たす。

「どこに賭けるか、か」

ジジの呟きは煙の中に消えていった。


読んでくれてありがとうございます!


エリックの父、リンブルは息子が裏切り者の大罪人だといよいよ宣言しました。

リンブルは父である前にイチアの領主でもあります。正しい選択を取らなければいけない男の苦悩。

上手く描けていたら幸いです。


次回も土曜の21:00です。またお会いしましょう!

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