反響⑧
イチア地区とアビック地区の地区境にある鹿狩り用の小屋から明かりが漏れる。階級制度の崩壊を目指す若者たちの城に変わったこの小屋に、革命家たちが全員揃ったのは数日ぶりの事だった。
鋭い瞳の男、レイが人数分の湯を沸かす。漂い始めた甘い香りに、思い思いに過ごしていた革命家たちはキッチンをチラリと見て居住まいを正した。
そろそろレイが作戦説明を始めるとその場に居た誰もが予感していたのだ。
レイは木製の重たい盆に人数分のマグカップを置く。それは療養所から持ってきたそれぞれお気に入りの代物だった。
レイがマグカップを暖炉の前のローテーブルに置いた時には既に全員がソファに腰掛けている。
ローテーブルの上にはあらかじめ用意しておいた地図などの紙束が置かれていた。
下らない話をして肩を震わせているイーサンの隣に飲み物を用意した男が座る。部屋は少しだけ静かになった。
レイが足を組み、ローテーブルのマグカップを手に取る。
「始めようか」
その声に部屋は静まり返った。
「全員想定しているかと思うが、今回狙うのは食料庫だ。配給を継続させる為にも、支持をより大きくする為にも必要不可欠だからな」
マグカップが置かれる音が小さく響く。少しだけ中身の減った黒い液体がカップの中でゆらゆらと揺れていた。
「サトシが連日監視してくれた情報を元に作戦を考えた。食料庫を常時守っている兵士の数は二十人、二時間おきに交代し、全員が武器を携帯している」
レイはそこで言葉を切ると机に置かれた紙の束から地図を引っ張り出した。
「兵士の配置はこうだ」
そう言うとごく小さなラピスを地図の上に置いていく。
置かれたのは光ラピスだったが、その小ささに見合った弱々しい光だったので明るい室内では光っているかはよく分からなかった。
「このように食料庫を囲むようにして兵士が配置されていて四方どこにも隙がない。オマケに二時間おきの交代だ、例え制圧に成功したとしても二時間で全ての食料を運び出すのは至難のわざだろう」
男の言葉に双子は瓜二つの難しい表情を浮かべている。
「一方で、エリックたちが定期的に配給を行ってくれたお陰で協力したいという市民が増えている。ざっと百人ほどだったな?」
「そうだよ」
レイの視線にエリックが頷いた。その答えにチャックは小さな感嘆を漏らす。
「こっちは百人で向こうはたった二十人、楽勝じゃん!」
チャックはパチンと手を打ち鳴らす。寝癖の浮いた金髪がふわりと揺れた。
「数字だけ見ればな。だが、そう簡単にはいかない」
レイが言う。
「向こうは訓練された兵士だ。武術はもちろん、不測の事態の対処にも慣れてる。対してこっちは人数が多いだけの烏合の衆。武器の扱い方も知らなければ、規律ある集団行動も知らない。そもそもまともな武器はほとんど無いしな。そんな中で兵士を一人でも取り逃せば援軍を呼ばれ、たちまち形勢は逆転する」
レイの冷酷な言葉にチャックは最悪の未来を想像して身震いした。捕まって首を吊られるなんて真っ平ごめんだった。
「じゃあどうするの?皆んなで訓練すんの?そんなの間に合わないじゃん」
ラミアが言う。
「ああ、絶対に間に合わないだろうな。だから訓練はしない」
男の言葉に革命家たちは互いに顔を見合わせた。
「今回の作戦は武器も武術も必要無い」
マグカップから湯気が立ち昇る。
「必要なのはエリックの演技力だ」
「僕?」
突然名前を呼ばれた元貴族は驚いたように目を見開いた。
「エリックには『反逆者たちに捕まっているエリック・ピーストップ』という役を演じて貰う」
ロシュが不思議そうな表情で首をひねる。
「まず、食料庫を囲むようにして市民たちをいくつかの班に分けて配置する。そして兵士の交代が済んだらすぐにエリックが兵士たちの元へ歩いて行く」
革命家たちはレイの説明を真剣な顔で聞いていた。
「エリックにはこう言って貰う『星骸に脅されている、この食料庫の中身を全部持って行かないと殺されてしまう』と」
「脅し作戦ってことか!ハハッ、すげぇ悪い奴らだな星骸は」
イーサンが笑う。
「兵士は絶対に主人であるエリックを救おうとするだろう。だからエリックには嘘で上手く乗り切って貰いたい。後ろから弓で狙われてるだとか理由は何でも良い」
「良いね。そういうの凄く楽しそう。僕、即興で思ってもない事を言うのには慣れてるから任せてよ」
エリックは自信満々にそう言った。
「この作戦だとしても兵士一人として報告に行かせてはならないのは同じだ。頼むぞエリック」
レイの念を押すような物言いにエリックは小さく喉を鳴らす。エリックの失敗はエリック以外の全ての人間の死を意味するのだ。
仲間も、声を上げてくれた市民も全員だ。絶対に失敗は許されなかった。
エリックは少し緊張したように頷く。
「大枠はざっとこんな感じだ。細かい所は、」
レイの話は続く。
湯気が立ち昇っていたカップがすっかり冷えてしまった頃、鋭い瞳の男はようやく立ち上がった。
「志願市民を集め、彼らに作戦を説明するのは明日、情報漏洩を防ぐ為に決行は明日の晩から明後日の朝にかけて行う。急にはなるが各自準備を頼む」
いつもの厳格な声を最後に部屋には和やかな空気が戻る。
すっかり冷めてしまったココアにエリックは舌鼓を打った。
重苦しい灰色が空全体を塗り潰す。厚く垂れ込めた雲が空気を閉じ込め、朝の凍えるような寒さがいつもより幾分かマシになっていた。
高く昇り始めた太陽は時折気まぐれに顔を出すだけでほとんど隠れてしまっている。
星骸による配給は最近は以前にも増して慎重に行われるようになっていた。
というのも、少し前にエリックがいつものようにパンを配っていたら焦った顔をした禿げ頭の市民が駆け込んで来たことがあったのだ。
その男曰く、三つ先の通りで何人かの兵士を連れた騎士を見たというのだ。
ピーストップ家を筆頭とした貴族たちが星骸の暴挙をどうにか阻止したいのは火を見るより明らかなのでその動きは理解出来た。
むしろ未だに兵士に配給を邪魔されていない事が異常なのだ。
だが配給を邪魔されていない理由は騎士を見たという禿げ頭の男、ゾラの手引きあってこその事だった。
星骸は知る由もなかったが、ゾラは仕事の手柄を自分だけのモノにする為にわざと兵士に嘘の情報を流したり、星骸の活動情報がライバルの手に渡らないように奔走していたのだ。
結果として革命家たちは邪魔される事なく着実に支持を増やす事が出来ていた。
だが、そんなゾラの動きを一番近くで見ているアレクサンドルだけが理解していた。
「あの男は自分の事しか頭に無い!」
アレクサンドルは家に入るなり憤慨したように言う。
「おかえりなさい。今日も遅かったわね、それに一段と荒れてる」
声を聞いて部屋から出て来たのはブロンドの女、スカーレットだった。
「子供たちはもう寝ちゃったわよ」
女の言葉に大男は深くため息を吐く。
「この任務が終わるまではしばらく遊んでやれそうにないな」
アレクサンドルは落ち込んだように言った。
「それで、あの男って?」
「え?」
「あの男は自分の事しか頭に無いって言いながら入って来たじゃない」
スカーレットはスープを温め直しながら聞いた。
「前にも話した今の任務を一緒にしてるゾラっていう男の事だよ」
「ああ、前に言ってたいけ好かない禿げ親父ね」
「そこまで言ってないよ」
アレクサンドルは肩を揺らして言う。妻のこういう歯に衣着せぬ物言いが好きだった。
「で、その禿げ親父が?」
「その禿げ親父が、俺に仕事をさせないんだ。意味の無い場所を何回も調べさせたり、同じ話を何度も聞きに行かせたり。これじゃあエリック様も星骸も見つかる訳ない」
アレクサンドルはスープを運んで来たスカーレットに礼を言いつつ不満を漏らす。
「俺に仕事をさせないだけじゃない。最近は衛兵たちに嘘の情報まで流し出してる」
「それは酷いわね。止められないの?」
妻の問いかけにアレクサンドルは重々しく息を吐き、首を横に振った。
「相手はピーストップ家の執事長補佐だ、ピーストップ家に奉公に来るような下層貴族でも貴族は貴族、中流階級の俺が意見なんて言える訳ない」
「…そうね」
少しの間、部屋に沈黙が流れる。隣の部屋から子供たちの寝言が聞こえてきた。
「ねぇ貴方、星骸が掲げる『階級制度の無い世界』なら意見が言えないなんて事、無いのかしら」
ポツリと呟かれた妻の言葉にアレクサンドルは耳を疑った。
「何を言ってるスカーレット?」
「ただの世間話よ。仕事の出来る貴方が階級を理由に押し込められて、私欲に走る禿げ親父が好き勝手やってる。それは事実でしょ?」
ブロンドの女は悪びれずに言う。
「そうだ、それは事実だ。でも君が言った言葉はそれ以上の意味が含まれているように感じた。階級制度が無い方が良いという意味で言ってなかったか?」
アレクサンドルはわずかに語気を強めて言った。
「ただの世間話だって言ったでしょ」
スカーレットは静かに言う。大男は妻をじっと見つめた。
「…世間話なら良いんだ。でも外ではそんな事言わないでくれ。君の意図してない意味として受け取られるかも」
アレクサンドルはスープを飲み干す。
「星骸の言う階級制度の無い世界なんて秩序の無い世界だ。野蛮人がのさばる世界だ。耳触りの良い言葉に惑わされて破滅の道を歩むなんて事はあってはならない」
「ええ、そうね」
「俺は秩序を守る。それは君や子供たちを守る事になるから」
夫の言葉にスカーレットは眉を下げてそっと笑う。
「頼りにしてるわ小隊長」
スカーレットは最後の一滴まで綺麗に飲み干された器を手に取る。いつも通りの日常だった。
星骸と志を同じくして、協力したいと手を上げた市民たちが夜に備えて足早に帰宅する。
皆一様に浮き足立っているようで、そわそわと落ち着かなげだった。
それもその筈だ。
『今夜ピーストップ家の食料庫を狙う、星骸の理念に賛成する者はどうか協力して欲しい』とピーストップ家次期当主だったエリック・ピーストップ本人から宣言されたのだから。
ついに何かが変わるのかもしれないという期待感と、それに参加する事の意味を考えた時の恐怖。その二つが誰の胸にも渦巻いていた。
少女は一緒に来た若い男を見上げると口を開いた。
「ねぇモンド、レイさんたち居なかったね」
「そうだな」
モンドと呼ばれた若い男が短く返す。
「会えると思ったのにな」
少女は残念そうに言った。並んで歩く二人の間にわずかに沈黙が流れる。何も話さなかったが考えている事はきっと同じ、今夜食料庫を狙う事についてだった。
「モンド」
呼び掛けに若い男が顔を上げる。
「私、行こうと思う」
少女は決意したように言った。
「星骸は私たちを助けてくれた。食料もずっと配給してくれてる。私に出来る事があるならしなきゃ」
モンドは少しだけ眉間に皺を寄せる。
「アルベロ、気持ちは分かるけどお前は女だろ。こういうのは俺たち男の仕事だ。俺が行くからお前は家に居ろ」
「…」
アルベロは口をへの字に曲げる。
「星骸は作戦を用意してるって言ってたけど、戦場なのは変わりない。兵士は武器を持ってるし女には危険だ」
「…でもモンドも武器なんて使えないじゃない。喧嘩もしたこと無いでしょ。私はあるよ。男の子とも殴り合いの喧嘩したもん。私が勝ったもん」
モンドは困ったように眉を下げる。
「アルベロ、おばさんが心配しちゃうだろ?」
「お母さんの事は今関係ない。今夜行けないなら私はどうやって星骸の役に立てば良いの?私だって恩返ししたいよ!」
アルベロは泣きそうになりながら言った。
「俺たちが持って来た食料を料理してくれよ。きっと女たちはそうして役に立つんだよ」
モンドはなだめるように言う。
「アタシ料理って苦手」
「教えて貰えば良いだろ?これを機にさ」
少女は不満気な表情のまま歩き続ける。その後の話についてはアルベロの脳には何も記憶に残らなかった。
読んで下さりありがとうございます。
最近つくづく思うんです。英語が話せるようになりたい、と。
洋画を観る時にそのままの言語で味わえたらもっと深い気づきがあるんじゃないかと思うんですよね。
お気に入りの映画のセリフは、字幕と吹き替えと自分なりに聞き取ったセリフの解釈とで3回味わってます。
ニュアンスと行間を味わう事が好きです笑
思ってもない事は言葉として出てきませんから、心の奥底で感じてる何かが形を持ってこの世に出てきたんだろうなと思ってます。
その『心の奥底の何か』を想像するのが楽しいです。
だから私自身も物語を書くし、書くことで気づく事もある。
だから創作は楽しい!自分で創るのも人の創ったモノを味わうのも最高に楽しい!
私の創作を読んで下さる方も同じように味わってくれたら、こんなに嬉しい事は無いなと思ってます。
次回で7章は終わりです。土曜日の21:00にお会いしましょう。




