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反響⑥

 中流階級の人々が住む縦に細長い木のような建物が並ぶツリータウンと、下流階級の人々が住む掃き溜めのような町スクラップタウン。

その境目にある大きな広場は朝から活気に満ちていた。

この寒い冬になってから一番の活気だ。

空腹で歩き回る元気すら無かった人々がそれぞれの家から出て来ていたからだった。

朝の寒さが人々の熱気に当てられて湯気を立ち昇らせる。広場の中心に行けば行くほど暖かい。

単に人の数が多いから暖かく感じるというのもあったが、腹が満たされた人々が幸福を感じた事も大きな要因のひとつだろう。食べ物は人間の体温を上げる。

かぐわしい匂いが辺りに漂い、口内に唾液が溢れた。

 広場の中心にいるのは背の高い美丈夫。エリックだ。

「さぁ並んで。たくさんあるから慌てないで良いよ」

エリックは花が綻ぶように笑う。

その朗らかさは、空腹で殺気立っていた市民の心をほんの少し溶かす。その笑みはまるで、凍てつく吹雪の日に差し込んで来た春の陽の光のような暖かさだった。

 女たちが作ったシチューはどんどん無くなる。作っても作っても追い付かないほどだった。

「あーもう!キリがない!もうヤダ!」

ラミアがそう言って包丁を板に突き刺す。ダンっと鳴った大きな音に鍋をかき回していたリリスが振り返った。

「ラミィ、こちらと変わる?」

「ヤダ!もうやりたくない!」

ラミアが噛み付くようにそう言った時、シチューを飲み終えた女たちがこちらに近寄って来た。それぞれ手には調理道具を持っている。

「良かったらアタシらにも手伝わせてちょうだい」

「私には子供が十人いんの。早く作るのは大得意よ!」

「アタシの家はそこなの!火をおこすのもここより簡単よ。良かったら使って!シチューを温かいまま皆んなに出せるわ」

女たちは口々に言う。思っても見なかった申し出に双子は呆けた顔をした。

「え、同じ顔…」

「まさか双子?」

「嘘でしょ、」

怪訝そうな嫌悪するような表情を女たちが浮かべる。先ほどまでの楽しげな雰囲気はすっかり無くなっていた。この国において双子に対する差別はこうも明からさまなのだ。

女たちの反応に、苛立っていたラミアが拗ねたように口を尖らせる。そんな片割れの表情にリリスは眉を下げた。

双子と女たちの間になんとも言えない微妙な空気が流れる。

「いいよ、アタシ向こう行くからどうせもう飽きたし…」

ラミアはそう言うとふらふらと歩いて行ってしまった。

「あ、ラミィ」

リリスは小さく言う。そして自分の前にある鍋を見下ろした。中にはいい匂いをさせているシチューが山ほど入っている。

ラミアを追いかけるか仕事の為に残るか、リリスは一瞬ためらった後、ヘラを置いた。

そして一歩二歩とその場を離れる。

それを見た女たちは手に持っていた調理道具をおずおずと鍋の近くに置き始めた。

その間もリリスはゆっくりと離れて行く。

女たちは双子がやり掛けで置いて行った食材に手をかける。

少しも料理の手を休める訳にはいかなかったのだ。配給の列はまだ長く途切れる気配はないのだから。

「ねぇ、行かせちゃって良いのかな」

年若い女がポツリと言った。

「向こうが勝手に仕事放棄して行ったのよ、こっちは何もしてないじゃない」

そう言いながら女たちが役割分担し始めた頃、離れて行くリリスは振り返った。

「…私たちを追い払って満足ですか?」

リリスの言葉に女たちは互いに顔を見合わせる。気まずそうな顔をしているようにも見えるが、誰も何も言わなかった。

その様子にリリスは踵を返して遠ざかって行く。向かうは片割れの元だった。





 星骸から配られる溢れんばかりの食べ物に満たされた人々は幸せそうに笑う。注ぐ陽光が広場を明るく照らした。

市民たちに声を掛けていたエリックは、調理道具を置いて遠ざかって行くラミアの後ろ姿に気づいた。声を掛けようと手を伸ばす。

しかしエリックの声がラミアに届く事は無かった。穏やかだった広場の一画で騒ぎが起こったのだ。

エリックは驚いたように振り返った。

「俺が先に並んでたんだよ!」

「お前が居るのなんて見えなかった!俺は知らない!ゴミ溜め住みの下民が口答えするな!」

どうやら横入りのようだ。エリックは困ったように眉を下げると騒ぎの方へと向かう。

その優雅な足取りに周りの人々は自然と道を作る。

エリックは喧嘩している男たちの元まで一度も足を止めること無く辿り着くと、二人の肩に手を置いた。

「落ち着いて二人とも。奪い合わなくたってちゃんと君たちの分もあるよ」

「あ、え、エリック様」

男たちは自分たちより遥かに身分の上の人間の登場に恐縮したように頭を下げた。

「そんなにかしこまらないで」

長身の男はそう言って微笑む。

「ねぇ君」

エリックは横入りした男に向き直った。男は緊張したように何度か瞬きをする。

「君がこの人の前に横入りしたかどうかは僕は知らない。見ていないからね。でも君の発した言葉、僕は聞き捨てならないよ」

エリックは笑みを消して真剣な表情を浮かべた。

「『ゴミ溜め住みの下民は口答えするな』。僕はこういう言葉が大嫌い」

男はゴクリと生唾を飲み込む。三人を取り囲む市民たちは固唾を飲んでその様子を見守っていた。

「僕は星骸の階級制度の崩壊の理念の元に、革命家として今ここにいる。ここで皆んなと食事をしてる。星骸が目指すのは階級制度の無い平等な世界。その世界には上も下もないんだ。だから、相手にそんな強い言葉を使っちゃダメだよ」

エリックは一歩踏み出した。男は怯えたように視線を彷徨わせる。

「怒ってないよ。ただ僕は知って欲しいんだ。皆んなお腹が空くし、手を握ったら温かいって事を」

そう言ってエリックは男の手を握った。

「ね?」

エリックは男を見下ろしてニコリと笑う。そして明らかに戸惑っている様子の男の肩を軽く叩くと、手を打ち鳴らした。

「さ、君たちも仲良くお腹を満たそう!」

そう言って横入りされた方の男の肩に後ろから両手を乗せると列に戻す。

「横入りされても暴力沙汰にしないでくれてありがとうね。君は忍耐強い人だ」

エリックはそう耳打ちした。

 広場の人間はどんどん増えていた。噂を聞きつけた市民たちが集まって来ていたのだ。

だが冬の凍てつくような寒さはこの広場には届かない。ただ満たされた笑顔だけがあるのだ。

そんな市民たちの様子を見ている人物が一人。禿げ頭のその男はゆっくりと広場へ足を向けた。





 活気に溢れた広場にチャックが到着する。男は金の髪をかき回して大あくびをひとつ。

「すっげぇ人」

あくびと共に口から溢れたのはそんな言葉だった。

「チャックー!こっちだ!」

金髪が声に振り返ると、離れた所から手を振っているイーサンが見える。チャックは自分がなぜここに来たのかを思い出してイーサンの方へと向かった。

「ありがとなチャック、助かるぜ」

イーサンはチャックが差し出した箱を受け取るとそう言う。それは包帯や薬が入った救急箱だった。

「いいえー。何か他にも手伝う事ある?」

チャックが聞く。

「ある!怪我人か病人かを分けて欲し…あ、いや、俺よりも…」

医者は言いかけてから思い直したように言った。

「ラミアとリリスを手伝ってやってくれ。料理が全然間に合ってなさそうなんだ」

「確かに、この人数だもんね!じゃあ行ってくる!」

「おう、頼んだぜチャック」

「任せとけって〜」

胸をドンと叩いて言うチャックをイーサンは笑いながら見送った。

 人混みを掻き分けて金髪は広場の中央近くへと進んで行く。しかし、配給の為に料理をしている筈の双子の姿は見つけられなかった。

「あれ?」

チャックは、居るはずの双子の代わりに知らない女たちが料理しているのを見て疑問の声を上げる。女たちは分担しあってどんどんシチューを量産していた。

チャックは辺りをぐるりと見回し、本当に双子が居ない事を確認してから女のひとりに声をかける。

「ねぇねぇ、ここに同じ顔した女たち居なかった?」

「え?」

突然話しかけられた女は聞き返しながら包丁を握る手を止めた。

「鏡でも置いてあるのかってくらい、もうそっくり!そっくり同じ顔の女なんだけど、知らねぇ?」

チャックは身振り手振りで感情を表現しながら言う。

「…貴方、星骸の人?」

「え?うん、そうだけど」

チャックは質問に質問で返された事に若干面食らいながら頷いた。女は声をひそめながらチャックにぐいと近づく。

「あの忌み子も仲間なの?」

「いみご?」

「双子の事よ!」

女は早口で言う。

「あー、そう言えばそんな事言ってたかも」

「それで仲間なの?」

「うん」

チャックは軽く答えた。その言葉に女は眉をひそめる。

「双子を仲間にして置いておくのはやめた方が良いわよ。必ず悪い事が起こるわ」

「…え、あ…そう、なんだ、」

チャックは女の真剣な表情に何も言い返せずにそう言った。包丁を握り直して料理に戻る女の姿に、チャックは来た道を戻る。

料理をしている女たちの数は十分だったし、あの研ぎ澄まされた連携に入る隙は無いと思ったのだ。

それに何より、なぜラミアやリリスがあんな風に言われるのか知りたかったのだ。

チャックは人を掻き分けてついさっき別れた医者の元まで向かう。

ーイーサンならたぶん知ってるよなー

目的の人物は広場の端の方で鞄を広げ、診察の準備をしていた。

「イーサン」

「うわっ!びっくりした!チャックか」

緑の瞳の医者は肩をビクリと揺らしながらそう言う。

「どうした?もうラミアたちにお役御免されたのか?」

イーサンは笑ってそう言った。

「双子が忌み子ってなんでなの?」

チャックの言葉にイーサンは笑顔を消す。

「町の女が『双子を仲間にしとくのはやめた方がいい、悪い事が起きる』って」

チャックの言葉に医者の男は深くため息をついた。

「二人を人目につく所に出すとそういう反応があるよな。俺が見張っとけば良かった、二人に嫌な思いさせちまった」

「エリックが初めてラミアたちを見た時も『忌み子』って言ってたよね?」

頭を掻きながら独り言を言うイーサンにチャックは再度質問した。イーサンは答える。

「双子が忌み子ってのは神話に由来してるんだ」

「しんわ?」

金髪は首をひねる。

「神話ってのは神様のお話で、まあなんて言うか…本当にあったらしい出来事みたいな感じだ」

「神様の話」

チャックは地面に尻をつけ、本格的に聞く体勢に入った。

「チャックはラピス神話の話、ちょっとも知らないか?」

「なーんも知らない。文字も読めないヤツは知る機会無いよね〜」

「そうか。となると結構長い話になっちまうなぁ、うーん」

イーサンは考えるように頭を傾ける。

「まあ簡単に言うと、この世界を造った神様にある日双子が生まれたんだ。そうしたら今まで平和だった世界に争いが生まれた。争いの原因は子供が同時に二人生まれたから。だから双子は良くない、争いを生み世界を破滅へ導くからって。そういう話があるんだよ」

「なにそれひでぇ、ただ生まれただけなのに」

チャックは口をへの字に曲げてそう言った。

「この話はラピス神話の中ではちょっとした話なんだけど、結構インパクトがあるんだよな。姿が瓜二つで声まで一緒、互いの考えてる事を会話無しで理解出来るとか色々逸話もある。半分怪物みたいに書かれてるんだ」

イーサンは続ける。

「学校に行ける中流階級以上の人間は当然この話も習うから、双子への嫌悪感も育つんだよ。だから双子は差別される対象なんだ。これはあんまり言えない話だけど、中流階級以上の家庭では双子が生まれると間引かれるんだ」

「まびか?」

聞いたことの無い単語にチャックは首を傾げた。

「二人同時に生まれたら一人殺しちまうんだ、そして最初から生まれなかった事にする」

「えっ…」

チャックは息を飲む。考えた事も無かった現実に言葉を失った。

「だから俺はラミアとリリスを見た時すごく嬉しかったんだ。二人は間引かれ無かった、殺されなかったんだよ。そして大人になるまで生き延びた」

「そんなに過酷なの?」

チャックが聞く。

「もちろん神話を知ってても全然気にしない奴も居るぜ。でも大半は忌み嫌って関わろうとしない。熱心に信じてる奴は殺してまで排除しようとする事もある。そんな例を見たことがある」

イーサンは唇を強く噛んだ。

「アイツらがどんな扱いを受けて育ってきたのか想像するだけでツライ」

「…じゃあ、あそこに二人が居なかったのって追い払われたってこと?」

チャックがポツリと言う。医者は肩をすくめた。

「二人とも言い返しそうな性格してるけど、どうだろうな」

「……俺、二人を探して来る」

チャックはそう言うと広場の外へと足を踏み出す。人混みの無い外は寒かった。細長い建物の並ぶ町をチャックは足早に歩く。どうしても探し出さなくてはいけない気がしていた。


読んでくれてありがとうございます。


前にも後書きでちょろっと書いた気がするこの世界の神話についてでした。

やっぱり世界を創る上で神の話は切っても切れないと思ってます。

「神父」とか「教会」とかの単語を使わせて貰ってますが現実の宗教とは関係ありません。

新しい単語作ると訳が分からなくなっちゃうので使わせて貰ってます。

なんならレイを神父にしたのはレイの修道服姿を見たかったという下世話な理由笑

中世のチュニックとかサーコートとかも好きです。

ジャボも大好き。

エリックの服装は当然ジャボ有りです。

ボウタイも捨てがたいですがやっぱりジャボが正義!


そんなこんなで次回も土曜日の21:00にお会いしましょう!

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