反響⑤
人の手のほとんど入っていない山道を簡素な馬車がガタガタと音を立てて進む。いっそ不安になる程の軋み具合だったが、御者台に座るチャックはまるで気にした様子も無く隣りに座るリリスに話しかけていた。
「次はこの辺りです」
リリスは喋り続ける金髪の男の言葉を遮って言う。手には地図とペンが握られていた。金髪の男はリリスの指示通りに馬車を停めると御者台から滑り降りて荷台へと向かう。
チャックが両手で抱え上げなくてはならない程の大きな岩型のラピスを持ち上げた。
見た目程重さは無いのか、チャックは軽い足取りでそれを道端に置く。
リリスはその様子を見ながら手元の地図で印に斜線を入れた。
「はー、今日の分はあと三つか。イチア地区って思ったよりも広いよなー」
チャックが伸びをしながら言う。
「生活圏以外の場所には滅多に行きませんから、普段は広さを感じませんよね」
リリスが同意する。
「あら?今置いたのを繋げられればレイさんたちとお話し出来るのでは?」
「お!ホント?じゃあいっちょ繋げてみるか!昨日の反省でせっかく本体持って来たし」
チャックはそう言うと、荷台に飛び乗って作業を開始した。さっきまでの騒がしさが嘘みたいに静けさがリリスを包む。
風が葉を擦る音と小鳥のさえずりだけが聞こえる。
リリスは束の間の静寂に身を委ねた。馬車を引く馬たちの息遣いすら聞こえてきそうだ。
だがその静寂も長くは続かない。
「出来た!もっしもーし、レイ?聞こえてる?」
背後の荷台からチャックの声。リリスはゆっくりと目を開けた。傾き始めている太陽が木々の隙間からリリスの視界を赤く染める。
『レイじゃないが、聞こえてる』
ロシュが答えた。
『ここまで繋がったか。そちらの動きも順調なようだな』
少ししてレイが返事をする。
「順調順調!今日の分はもう残り三つ!」
チャックがまるで目の前に話し相手がいるかのように指で数を示した。
『こんな離れてんのに間抜けの声を聞くこっちの身にもなって欲しいわ』
続いてサトシの声。憎まれ口は相変わらずだ。
『サトシ、そっちの状況はどうだ?王都への早馬が通ったという情報はあったか?』
『通って無い。関所までいって門兵にもそれとなく聞いてみたけど早馬どころかここ一週間は誰も通って無いらしい』
『そちらも通って無いか』
『その口ぶりはアンタのとこ二ヶ所も空振りみたいだね。目星をつけた関所はあと一つか』
サトシが言う。次に話すのはお前だと言わんばかりの言い回しだったが、ロシュはなにも答えない。
『おい聞いてんの?ロシュ、アンタだよ。情報屋はなんて言ってた?』
『俺か。早馬は来てないぞ』
赤毛のマイペースな言葉にサトシは、お前以外に誰がいんだよと小さく悪態をついた。
『…全て空振りか』
レイが言う。
『目星をつけ間違えたか?』
「それは考えにくいと思います」
リリスの高い声が会話に混ざる。
「散々精査したんです、違うとは思えない」
『…では、二日経ってもまだピーストップ家は早馬を飛ばしていないと?』
『可能性あるんじゃない?エリックが裏切ってんだから家の汚点をわざわざ王に伝えないかも。貴族お得意の保身ってやつ』
サトシがそう言ってせせら笑う。
「息子の身を心配してるだけかもしんねぇじゃん」
『どうだか』
サトシはチャックの意見を一蹴した。
『どちらにせよ、王都から援軍が来ないのならチャンスだ。今の内に一気に攻め込む』
レイの言葉に金髪はゴクリと喉を鳴らす。
想像しているよりもずっと早く動き出しそうな運命に期待と不安が入り混じる。そんなチャックの心情を表すかのように山道は西日に照らされて赤く染まった。
広大な庭を馬が駆ける。騎手は鬼の形相で鞭を振るっていた。
ピーストップ家の屋敷に駆け込んで来た騎手は、碌な手順も踏まずに主人であるリンブルの前に現れる。
「大変にっ!ござい、ます!!」
騎手は息切れのせいで途切れ途切れに言った。
「昨日、暴徒と化した剣闘士たちが!貴族の家々を遊撃しています!!」
「剣闘士?コスビー家の闘技場の話か?」
リンブルは眉をひそめる。初めて聞く話だったのだ。
「はい!コスビー家はリンブル様のお手を煩わせない為にと、この事実を隠しておりました!暴れ回った剣闘士たちは全員姿を消していたのですが、コスビー家が事態を収める前に剣闘士たちが我が主人のカルエリザ家を始めとする西側の貴族たちを次々と襲って来たのです!!早急なご支援と事態を隠し立てしたコスビー家に処分をお下し願いたい!!」
騎手は声高にそう言った。その言葉にリンブルは頭を抱える。
ーなぜこうも次々と問題が起こるのか。まだエリックの問題も何も解決していないのにー
リンブルは息子の顔を思い浮かべながらそんな事を思った。
高らかな笑い声が冬の薄青の空に長く響く。鼓膜を揺らすのは剣同士が触れ合う音。剣闘士たちは貴族の家を手当たり次第に襲っては武器や馬を奪って逃げるという事を繰り返していた。
それはまるで寄せては返す波のように不規則で、次にどこに向かうかは全く予想がつかなかった。
剣闘士たちの襲撃は貴族たちに混乱を招きはしたが、死者が大量に出るなどという激しいものでは無かった。
だが、不意打ちで行われるそれは貴族たちが持っていた絶対的自信と安心感を揺るがせるには十分だった。
「チャド!次はどこに行くんだ?」
若い男が聞く。
「そろそろ日が暮れる。帰るぞテメェら!新しい城にな!」
チャドと呼ばれた巨漢の男は手にしていた短刀を、走って追い掛けて来る兵士に投げつけた。
コントロールの良いそれは兵士の着ている鎧の隙間、脇あたりに刺さる。
剣闘士たちは兵士の行く末には目もくれず、森の方へと駆け上がって行った。
沈みかけている夕日が剣闘士たちの影を長く伸ばす。空にぼんやりと見え始めた白い月が怪しく光った。
教会で初めて食料を配給してから数日、市民から星骸への印象はどんどん良い方へと向いていた。特に貧民層である下流階級からの支持は厚く、不作による食料難を解決してくれる革命家たちをとても好意的に思っていた。
そしてその支持は連日出る新聞の文字にも後押しされて、段々と中流階級にも広がっていた。
ピーストップ家は未だに言論統制をしておらず、多くの新聞社が星骸を圧政を正す英雄のように書いていたのだ。
今まであった星骸絡みの事件はさらに深掘りされ、尾ひれをつけ足され、劇的に書き立てられた。そんな記事が町を駆け巡る。
そのどれもがエリックを英雄視するような内容だった。
何故どの新聞社もこぞってそんな記事を書いたのか、それは情報源のほとんどがチャックだったからだ。
あのおしゃべりな金髪は相当大げさな男なのだ。
レイはチャックの、身振り手振りで何でも無いことでも大げさに語るところを買っていた。
だからこそ、早く次の一手を打たなければならないようなこの忙しい時期にも関わらずチャックに酒代を渡し、自由に飲んで来いと言ったのだ。
作戦は大成功、チャックの語ったであろう話の記事が大量に世に出た。
チャックのおしゃべりのお陰で文字の読める中流階級も星骸に良いイメージを持つようになっていた。
その証拠に、ほとんど連日色々な場所で食料や防寒具の配給を行っているが、未だ兵士たちに配給の場所を暴露された事が無いのだ。
それは市民たちが星骸を頼りにしている事に他ならなかった。
草木も寝静まる暗い夜、部屋で一人きりのレイは顎に手を当てる。
「そろそろ狙えるだろうか…」
そう小さく呟いた。
冷たい岩陰で何かが動いた。まばらになった葉の隙間から差し込む弱々しい月光がその何かを照らす。サトシだった。岩陰に身を潜め、湿った地面にふせた状態で単眼鏡を覗き込んでいた。
岩があるのは切り立った崖。遠くに飾りの多い建物が見える。食料庫だ。
サトシが単眼鏡をゆっくりと動かした。視線の先には巡回している警備兵の姿。サトシはレイの指示でほとんど一日中食料庫を守る警備兵の動きを監視していた。
計画の実行はまだ先だが、準備に余念は無い。
小柄な男はポケットに忍ばせていた干し肉を引きちぎる。
手にした単眼鏡はそのままにサトシは食事を始めた。その慣れ親しんだ味に何の感情も湧かないといった顔で微動だにせず食料庫を見ている。もの凄い集中力だった。
薄暗くなって来た頃、ようやくサトシは立ち上がる。小柄な男はガチガチに凝り固まった身体を伸ばした。
敵方に気付かれないよう慎重に岩陰を出ると足跡を消しながら来た道を戻る。
徒歩だった事もあり、仲間の元へ辿り着いた時には日付が変わるような時間だった。
革命家たちは深い森の中の小屋に身を潜めている。
静かな夜の森に扉の軋む音が響いた。
外よりは随分と暖かい室内でサトシは次々と服を脱ぐ。外套を小脇に抱えながら暖炉のある部屋へと足を向けた。
部屋には男が一人。レイだった。
サトシの到着に気づいたレイは顔を上げる。
「警備兵は二十人。二時間おきに交代してる」
サトシはレイが質問する前に一日の成果を報告する。その表情はわずかに眠そうだった。
「苦労をかけたな。お陰で作戦をより細かく練られる」
レイの労いに小柄な男は小さく頷くとソファにドカリと座る。
「まさかこんな時間まで起きてるとはね。もう寝たと思ってた」
サトシはそう言うと懐から煙草を取り出した。
「寝ないさ。考える事が多いんだ」
そう言うレイをサトシは煙草をくわえながら見る。
「いる?」
そう言って煙草を差し出した。レイはそれをチラリと見ると首を振る。
「いや、いい」
「そ、」
サトシは煙草をしまうとマッチに火を付けた。小柄な男の手元が一瞬だけ明るくなる。
「食料庫、襲うには人が足りないよね?」
サトシが聞いた。薄暗い部屋に白っぽい煙が漂い、独特な臭いが広がる。
「ああ。だがエリック曰く、星骸に協力したいと申し出る人間の数が日ごと増えているそうだ」
「へぇ」
サトシは煙を吐き出した。
「正確に数えた訳では無いがざっと百人程度は居そう、との事だ」
「百…はっ、スゴイね。それなら人数は十分か。俺の連日の監視もそろそろ身を結ぶってことかな?」
「ああ。だが、市民たちは武器の扱い方も禄に知らない。エリックやロシュが教えるにしてもあまりにも時間が足りない。良い作戦を考えなくては」
暖炉に灯るラピスの小さな明かりが革命家たちの顔をぼんやりと照らす。窓の外は暗く、風が出て来たのか時折窓をガタガタと揺らした。
「…剣闘士が西の方で暴れてるって噂を聞いたけど」
サトシが言う。
「他にも、南の田舎で農民たちが仕事を放棄しだしてるとかなんとか、まぁあんまり信憑性無いけど」
「ふむ、」
サトシの言葉にレイは考えるような表情を浮かべた。
部屋に沈黙が降り立つ。聞こえるのは二人分の呼吸音。サトシのくわえた煙草が随分と短くなった時、誰かが近づいて来る足音が聞こえた。
トントンとゆっくりと階段を降りて来る。チャックだった。チャックはソファで微動だにしない二人に全く気づかないでキッチンへと向かう。ゴソゴソ何かやってると思ったら、どうやら保冷箱の水を飲みに来たようだった。
ゴクゴクという音が聞こえる。
「…っ!わあー!!」
チャックが大声を上げた。取り落としそうになったコップをなんとか掴み直す。
「ゴホッ、何やってんだよ!」
咳き込みながらソファの二人を指さした。
「は?」
サトシは灰皿に煙草を押し潰しながら、いつものように不機嫌そうに言った。
「こんな時間になんで起きてるの?てか動かず喋らず何してんの?怖いんだけど!!オバケかと思ったじゃん!」
「うるさ、黙れよ」
腕をぶんぶん振りながら大げさに抗議する金髪にサトシはソファから立ち上がりながらうんざりしたように言う。
「てかサトシ、いつの間に帰って来てたんだよ。おかえり!」
「ちょっと前」
「ちょっと前ぇ?もー、なんでさっさと寝ないかなー」
「お前に指図されなくてももう寝るから。おやすみ」
サトシはそう言うと奥の部屋へと消えて行ってしまう。煙草の臭いが男の後を追うように残される。
いつものように素っ気ないサトシを見送ったチャックは残った男に向き直った。
「レイも早く寝なよ!」
「…ああ」
そう言いつつ動こうとしないレイにチャックは眉を寄せるとソファに近寄る。
「もう寝るの!考え事は明日のお楽しみね!」
そう言ってレイの腕を全力で引っ張った。鋭い瞳の男は肩をすくめると、ほんの少しだけ口角を上げる。
「そうだな。睡眠不足は作戦の質を下げる」
「そういう意味で言ってる訳じゃねぇんだけどなー」
チャックは小さくぼやいた。
部屋には誰もいなくなる。煙草臭くなった部屋にラミアが激怒するのはまだ少し先の事だ。
今はまだ月の領分。太陽が顔を出すまで少しだけ眠るのだ。
読んで下さりありがとうございます!
私事なんですが映画を観るのが趣味なんです。色んな国の映画を観ますが、欧米の映画って「来世でまた会おう」とは絶対に言わないんですよね。
ところがどっこい、インド映画では言うんですよ。
なんなら転生前提のお話しもある。
そこで気付いたんです。「来世でまた会おう」のセリフが無いのは宗教が違うからだと。
気付いた時は興奮しました笑
こういう気づきもあるから映画はやめられないですね。
自分は幼稚園児の頃から「次は何に生まれ変わろうかなー」と考えていたクチなので根っからの日本人だなと思います笑
皆さんは「来世でまた会おう」と自然と言う派ですか?
では次回も土曜日の21:00にまた会おう!




