反響③
食料と防寒具を教会に置いてきた二人が新しい拠点に戻った頃には太陽はとっくに地平線に沈んでしまっており、葉の散った木々の隙間から星の光が見えていた。
エリックは馬から飛び降りるとロシュに手綱を預けて中に入って行く。
ホッとするような暖かさがエリックを迎えた。中から微かに声がする。外套に付いた雪を軽く落としながらエリックは今朝後にした暖炉のある部屋へと向かった。
「おかえり」
「わあっ!びっくりした…」
エリックは突然後ろから声を掛けられて弾かれたように振り返る。驚いている長身の男を追い越すように部屋に入って行くのはサトシだった。寒さを紛らわせるように身を縮めており、心なしかいつもよりさらに小柄に見えた。エリックは男の後に続く。
中に入ると今朝と同じように全員揃っていた。光ラピスがオレンジっぽい色で部屋をかたどる。室内は外の寒さが嘘かのように暖かかった。
「おかえりエリック〜、意外と遅かったねぇ」
ラミアが言う。リリスとキッチンで何か作業をしているようだった。
「明日には配給出来そうか?」
レイがマグカップ片手に聞いてきた。
「うん。種類ごとに分けて来たから配るのもスムーズにいくと思う」
レイはエリックの答えに小さく頷く。
「市民の心を引き付けるなら間違いなく食料不足の解決が必要だからな」
マグカップを傾けてひと口飲んだ後、言葉を続けた。
「食というのは人間の根本的な欲求のひとつ。腹が減れば暴動が起きる。逆に言えば腹さえ満たされれば大抵の事は我慢出来るという事だ。不満を溜めている市民に食事を提供出来れば、星骸は一気に支持を集める事が出来る。食料を配給するのが一番手っ取り早く市民の心を掴める手段だ」
レイはそう言いながらソファに腰掛ける。柔らかそうな生地が男の身体を包んだ。
「あれ、そういえばロシュはどうしたんだ?」
イーサンがエリックから差し出された外套を受け取りながら聞いた。あの特徴的な赤毛を探すかのようにキョロキョロと部屋を見回している。
「まだ外かも」
エリックは何の気も無しにそう答える。それを聞いたイーサンは窓から外を覗いた後、エリックの外套をフックに掛けて外に向かった。
エリックがソファに腰掛けた時、玄関の扉が開きイーサンの声がする。
「誰かー、ちょっと手伝ってくれー。持ち帰って来た箱が意外と多くて二人だと運んでる間に凍え死にそうなんだ。薄着で出たのは失敗だった!」
「ははっ、なんだよそれ〜」
チャックは立ち上がると笑いながら玄関に向かった。レイもマグカップを置いて歩き出す。エリックはそんな二人をニコニコ見送る。
それを見ていたサトシはソファから腰を浮かしながら愉快そうに笑った。
「アンタほんと、良い性格してるわ」
「へ?」
間抜けな声を上げるエリックの横をラミアとリリスが通過する。
「マント、イーサンに預けて掛けさせた。どうせ馬もロシュに任せて自分はさっさと中に入って来たんでしょ?」
サトシはフックに掛けられた外套を顎でしゃくって示した。エリックはサトシの言葉の真意が分からず首を傾げる。
何かおかしな事でもしただろうか。
エリックはわずかに眉を寄せると続きの言葉を待った。
「二人に全部任せて自分は何もしてない。で、今もアンタだけ手伝いに行かない。手伝うって概念すらない。さすが貴族のお坊ちゃん」
そう言ってくつくつと笑う。彼にしては珍しく、皮肉るような小馬鹿にした口調では無かった。
サトシはただ楽しそうだった。そしてその上機嫌のまま仲間の後を追う。
エリックは口をパクパクさせるだけで何も言えない。返す言葉も無かった。
そして思い出したかのように玄関へと向かう。だがエリックが来た時には運ぶ必要のある物はもう残っていなかった。
気まずそうに立ち尽くすエリックに、最後の荷物を運び込んだサトシが意地の悪い笑みを浮かべた。
「別に責めてない。アンタはそのまんまで良いよ」
そう言ってさらにニタニタと口角を上げる。
「ねぇ貴族サマ?」
サトシはそう言うとついに声を上げて笑った。
「あの子なんであんなに上機嫌なんです?エリックさん、何か面白いジョークでも言ったんですか?」
笑いながらソファに腰掛けるサトシにリリスは不思議そうに言う。
「いや、どうだろうね…」
エリックは苦々しく言うことしか出来なかった。
荷物を運ぶ男たちの後に続いてエリックも再度部屋に戻った。
ロシュが暖炉の側に手袋を置いた時、エリックは口を開いた。
「そういえばサトシ、お姉さんはどうしたの?」
「お姉さん?…ああ、ティハのこと?アイツなら一応信用出来る奴の所に頼んで来た。ここに連れて来る訳にもいかないしね」
「一応、なんだ」
「は?」
「一応信用出来るって」
エリックは言う。
「ああ、そういう。そりゃ完全に信用出来る奴なんて居ないだろ、俺は信じないね」
サトシはフンと鼻を鳴らす。それを見たエリックは、どの階級も変わらないよねと呟いた後、今度は全体に向かって質問した。
エリックの知りたがりは相変わらずだった。
「全員ここに集まっちゃってて大丈夫なの?」
そう長い脚を組みながら言う。
「ひとまず出来る事はしたからな」
レイが静かに言った時、チャックが大きな声を上げた。
「出来たー!!!」
突然の大きな声にエリックは少しだけ肩を揺らす。音の出どころである金髪の方を見ると、サトシにうるさいと叩かれている所だった。
「ちゃんと機能しているか?」
レイがチャックに聞く。
「もっちろーん!やっぱ俺、天才じゃね?こんな早く出来るなんてさ!」
「ああ、天才だな」
レイが軽く言った。そのあしらうような軽い響きの言葉でもチャックは嬉しそうだった。
「何が出来たの?」
エリックが聞く。
「地区中で音ラピスが機能するようにしたんですよ」
リリスが言った。
「アンタらが食べもん置きに行ってる間、アタシたちはイチア中にラピスを置いてきたんだー。あと馬も集めた!」
「情報をいち早く手に入れる事が勝利に繋がる、とレイさんが」
リリスの言葉にエリックは深く頷く。
「遠く離れてても会話が出来るのはチャックの発明だもんね。馬を送るよりずっと早く情報をやり取り出来る」
「その通りだ」
レイは同意した。
「数では敵方が有利だが情報戦では絶対に負けない。チャックのお陰でな」
その言葉にチャックは鼻高々だ。ドヤ顔でポーズを取り、ラミアを笑わせていた。
「ところで運んで貰った食料や防寒具についてだが、早速明日、配ろうと考えている」
ラミアの笑い声にレイの言葉が重なる。
「エリック、お前は旗印で星骸の顔だ。貴族であるお前が革命に賛成し、市民に直接食べ物を恵む事が支持を得る上で大きな意味を持つ。配給してくれるな?」
「もちろん」
長身の男はニコリと笑った。
「なぁレイ、俺も配給に参加してもいいか?体調が悪い奴がいたら診てやりたいんだ。人手が足りてないのは分かってるけど…」
イーサンが言う。
「構わない。星骸は医療も提供してくれると分かれば支持にも繋がるだろうしな。それに明日教会に来るのはほとんどお前の知り合いだろう?今日スクラップ・タウンで配給の噂を流してきたんだからな。お前が居ればスクラップ・タウンの人間も安心する筈だ」
その答えにイーサンは緑色の瞳を輝かせて礼を言った。
「イーサン、教会の鍵を渡しておく。エリックと二人で大丈夫だな?」
「大丈夫だけど、てっきりレイが付いて来るもんだと思ってた。神父不在なのは良いのか?」
「まぁ問題ないだろう。飢えた者たちには食事を提供してくれる人間が神父に見えるだろうしな」
そうわざとらしく言う。イーサンは珍しいレイの冗談に少し笑った。
「行きたい所だが、やらなくてはいけない事が山ほどある」
レイは言いながら立ち上がると棚から地図を取り出す。レイは順に仲間を呼び出してそれぞれへ役割を振っていった。
エリックは新しい拠点をぼんやりと見回しながら仲間たちの声を聞く。
なんだか随分と穏やかだった。
暖かい部屋と幾つかの声、柔らかいソファと窓辺の雪。
その心地良さにエリックがほんの少しだけウトウトしだした時、レイが全体へと声を掛けた。
「明日も朝一番からそれぞれ動いて貰う。今日はゆっくり寝てくれ。部屋の個数は十分あるはずだ」
「アタシ二階ー!」
「あ!ずりいぞラミア!」
レイが言い切らない内にラミアが駆け出す。チャックがそれを追う。
「うるさ」
サトシが呟く。そこかしこから聞こえる声。
エリックは深く長く息を吐き出すと満足そうな顔でソファに沈み込んだ。
「エリック、寝るなら部屋行けよ。風邪引くぞ」
既に意識の無いロシュに毛布を掛けながらイーサンが言う。
「良いじゃないイーサン。僕、ソファで寝るの夢だったんだ。こんな所で寝て風邪を引いて君に怒られるのも一興だと思わない?」
エリックは楽しそうに言った。その表情は子供のようで無邪気そのものだった。そんなエリックの様子にイーサンはため息をつく。
「今、旗印に風邪引かれたら医者として管理不足だって俺がレイに怒られそうだから布団いっぱい持って来てやる」
「やった!」
エリックはソファの上で小さく飛び上がると、向かい側で眠るロシュの真似をするようにソファに寝転んだ。暖炉の熱ラピスがエリックの足を暖める。
ウトウトするには最高の環境だった。
遠くに聞こえたわずかな物音でエリックは目を覚ました。暖炉の前に立つ誰かが小声で話している音だった。
「…なにしてるの?」
エリックは寝起きのかすれた声で夢現に問いかける。
「起こしたか、悪い」
レイの声だ。
「今から情報屋のところに向かうんだ」
「情報屋?そんな人いたんだ」
エリックはソファから上体を起こしながら言う。
「前々からサトシと協力者たちを探しに行ってたんだ。今まで『星骸』が助けて来た人々を中心にな。被害者本人やその家族たちが喜んで協力してくれている」
「そんな事してたんだね」
エリックはあくびを噛み殺してそう言った。
「その情報屋さんたちに何を頼んだの?」
「関所の監視だ。正確には関所へ誰が向かっているか、変化は無いかの監視だな」
レイはフックから上着を取りながら言う。
「なるほど。変わりがないか聞きに行くってことね」
「ああ。王都へ連絡が行っているかどうかを確認をしに行く。ピーストップ家からの早馬がいつ関所を通過したのか分かれば大体どのぐらいで王都からの援軍が来るか分かるからな」
「援軍、そっか」
エリックが神妙な面持ちでそう呟く後ろでサトシとロシュが外套を着込んでいた。
「まだ陽も出て無いのにもう行くの?」
「監視を頼んだ関所はここから遠いからな。早く出るに越した事は無い」
レイのその言葉にエリックは頷きつつ伸びをする。
肘の関節がパキッと軽い音を立てた。
「坊ちゃんにソファは硬すぎたみたいだね」
その音を聞いたサトシが帽子を深く被りながら小馬鹿にしたように言う。
「大人しく部屋に行きなよ」
サトシの言葉にエリックはムッとしたような表情を浮かべた。
「二人とも準備は出来たか?」
レイの問いかけにサトシとロシュは頷く。
「よし、では昨日言った情報屋の所にそれぞれ向かってくれ。エリック、配給の事は頼んだぞ」
「うん」
エリックは毛布に包まりながら小さく返事した。
静かに開く扉から外の冷たい風が吹き込む。太陽の昇る前の一番寒い時間に三人は小屋を出た。
段々と遠くなって行く蹄の音をエリックは暖かいソファの上でぼんやりと聞く。
いつの間にか意識は闇へと吸い込まれていっていた。
読んでくれてありがとうございます。
こういうシーンを書いてる時がなんだかんだ一番楽しかったりします。
なるべく均等に話して欲しいんですけど、チャックはいつもお喋りだし、双子は一人が話すともう一人も話すので収拾がつかなくなって大変だったりします。
でも楽しい!
お酒の席とか非常にうるさそう。酔って歌い出したりとか?そんな夜もきっとあると思います。
次回も土曜日21:00です。お待ちしてます!




