反響②
物が破壊される激しい音と、舞い上がる土煙。響く 悲鳴と汗と血の臭い。
貴族と市民たちが一緒になって賭け事を楽しむ闘技場は今や見る影もない。剣闘士たちの暴動によって全て破壊し尽くされてしまったからだ。
「俺たちはもう誰にも支配されねぇぞ!これからは俺たちの時代だ!!!」
一際大柄な男が崩れた石の上でそう叫んで剣を高く掲げる。周りの剣闘士たちもそれに呼応して雄叫びを上げた。足元には暴動の残骸と共に新聞が幾つも転がっていた。
土煙と男たちの音頭に合わせて星骸の文字が踊る。
「ライリー!」
小柄な女がそう叫びながら一人の剣闘士の元へ駆け寄った。
「オリビア!やったぞ、俺たちやったんだ!」
剣闘士はそう言うと女を抱き締める。天頂をとうの昔に通り過ぎ、斜めになっている太陽が二人を照らした。血の臭いの満ちる闘技場でそこだけが輝いているように見える。
「無事で良かった!」
「そりゃ無事さ!俺が弱くないの知ってるだろう?」
女の言葉に得意げに返すライリーと呼ばれた男を見て他の剣闘士たちがニヤニヤと口角を上げた。
「俺が衛兵の弓から助けてやったろ、隠すのは良くないなぁライリー!」
剣闘士たちの音頭を取っていた一際大柄な男が大きな声で言う。その言葉に周りの剣闘士たちが笑った。
「チャド!」
ライリーは耳まで真っ赤にして叫ぶ。
「ふふ、そんな事だろうと思ってたわ」
オリビアは小さく笑って言うと、チャドと呼ばれた大柄な剣闘士に向き直った。
「ねぇチャド、これからどうするの?ここを壊したのは良いけど食べ物はずっとある訳じゃ無いわ」
「分かってるさオリビア、そう心配するな」
チャドが石から飛び降りながら言う。
「星骸と接触するつもりでいる」
チャドはそう言うとほとんど破れてしまっている新聞を拾い上げた。
「コイツらは貴族をぶちのめしてくれる。俺たちもそれに人肌脱がなくちゃな」
そう言ってニヤリと笑う。
「だが今はひとまず、酒でも飲もう!ギャリーの野郎が探しに行ってる筈だ」
チャドはそう言うと新聞を放った。
剣闘士たちは寒空の下で浮き足立ったようにボスに続く。足元に転がる人々は彼らにとっては日常だ。そんな荒くれ者たちが星骸の元へ嵐をもたらすのはもう少しだけ先の事だった。
教会の建つ丘に向かって馬の足跡が何重にも続く。溶け出した雪が踏まれた事で泥と混じり、黒っぽく汚らしくなっていた。
外套の襟を立て、帽子を深く被り顔のほとんどの部分を隠したエリックが馬の手綱を引いている。時折すれ違う市民に顔がバレないようにする為に相当厚着していた。
新聞にはまだ似顔絵ひとつ載っていないが、祭りの時などエリックが市民の前に、イチア地区次期当主として顔を出す事はままあった。
顔を覚えられている可能性は十分にある。
配給の時に隠すつもりは無いが、今はまだ騒がれる訳にはいかなかったのだ。
「やっと教会が見えて来たぁ。たくさん歩くとこんな寒い日でも結構暑いんだね」
エリックは同じように手綱を引いているロシュに向かって言った。その声には疲れが滲んでいる。
「もうだいぶ歩いてるからな。とっくに昼を過ぎてる」
赤毛は太陽を指さしながら疲れた素振りすら見せずにそう答えた。
「うん。もう五時間ぐらい?山道もあったし普段こんなに歩かないから疲れちゃった。でもゴールが見えて来ると元気になってくるね」
エリックは教会を見ながら笑顔を浮かべると振り返って馬たちに声をかける。
「皆んなもうすぐだよ。あとちょっと頑張ろう!」
長身の男の言葉に馬たちは耳をぴくぴくと動かした。
二人はこの教会の神父であるレイから受け取った鍵を使って裏から中へ入る。
神父の住まいであるそこは質素で物が少なく、いかにも寂しい雰囲気だった。
そんな狭い部屋に二人は次々と荷物を運び入れていった。
二人と言ってもほとんどロシュが仕事をしていた。
体力の無いエリックは新しい拠点からここまでの五時間の道のりに疲労困憊だったのだ。
いや、エリックの体力が無いというよりはむしろロシュの体力が底無しなのかもしれなかった。
「こっちはやるから休んでていいぞ」
「…え?……ホントに?」
「うん」
エリックは疲れた声で礼を言うと、荷降ろしは友人に任せる事にする。
そして少しは役に立とうと運び込まれた荷物を食料と防寒具、種類ごとに分ける作業に取り掛かる事にした。
全てが終わったのは陽も傾きだした頃だった。冷え冷えとする風が教会の中に吹き込んで来る。エリックの仕分けが役に立ち、持って来た箱をいくつか空ける事が出来た。
ロシュはそれらの箱を器用に馬の背にくくり付ける。
「終わったな。帰るか」
「うん。ありがとロシュ、君が居なかったら明日になっても終わらない所だったよ」
エリックは大げさにそう言ってロシュの頑丈さを褒めた。
「僕よりもっと役に立つ人がいただろうに。レイくんも僕じゃなくて違う人を付けてくれたら良かったのにね」
軽く提案するように言う長身の男にロシュが口を開いた。
「俺はお前の護衛も兼ねてるから基本同じチームだと思うぞ」
「え、そうだったの?君、今日こんなに仕事してるのにまだ僕を守るって仕事が残ってるの?」
「別に仕事だとは思ってない。友達が死んだら悲しいから」
エリックは赤毛の言葉に少しだけ驚いたような顔をすると嬉しそうにニコリと笑う。
「頼りにしてるよ」
「うん」
ロシュはエリックの感動もどこ吹く風で馬に飛び乗った。
重たい荷物を降ろした馬は人ひとり程度楽勝だと言わんばかりに軽やかにステップを踏む。
長身の男もそれに続いた。
二人は馬に乗った状態で他の馬たちの手綱を引く。
エリックは寒さにわずかに身震いすると、馬の腹を蹴って合図を送った。
ツリータウンにある一番大きな広場でワッと歓声が上がる。巡業しに来た旅芸人の一座が芝居をしていたのだ。やっているのは演劇の定番、ラピス神話の話のひとつだった。
物語がクライマックスを迎えるとあちこちからお金が飛ぶ。
お辞儀をする団員たちを労う言葉が止んだ頃、一座の人間は片付けを始めた。だが主人公役をやっていた男だけはその場に留まりファンに挨拶をしている。
「リュー、相変わらず凄い人気ね」
片付けをしていた女が隣りの男に言った。
「アイツは女が好きそうな顔だしな」
男はそう言って笑う。
「それにシェイ、お前がアイツが人気になるような脚本と演出にしたんだろ?あの人気はお前の手柄みたいなもんさ」
「そう言って貰えると嬉しいわ。ま、リューの演技ありきよ」
「お前はいつも謙遜するな。それは必ずしも美徳じゃねぇぞ」
男は重そうな荷物を馬車に積み込みながら言った。シェイは肩をすくめる。
「そういやぁ、次は何の話をやるんだ?」
その言葉に女は押し黙った。質問した男はそんな女の様子を気にした風も無く片付けを進める。男が団員に叱責を飛ばした時、シェイはようやく口を開いた。
「星骸についての脚本を書こうと思ってる」
男は作業の手を止めないで女を見る。
「だからそれが完成するまでは私が出なくて良い話をやろうかなって、」
「そうか。じゃあ戦記物とかだな。チラシ配っとくよ」
シェイは小さく頷く。ちょうどその時、やっとファンから解放されたリューがやって来た。
「いやぁ、モテちゃって困るよなぁ」
リューはまんざらでも無さそうに言う。だらしない表情を浮かべるリューと対照的にシェイは難しい顔をしていた。
「どうしたシェイ、悩み事か〜?俺が聞いてやろうか?」
そう言うとリューは女の顔を覗き込む。
「どう書こうかなって悩んでるんだよね」
女はポツリと言った。
「脚本の話か?」
「そ。星骸を良い者として書くか悪者として書くか」
「ふん、難しいな」
男は腕を組む。
「私らの仕事は所詮娯楽。生活にどうしても必要なものじゃない。だけど、娯楽は人の気持ちを変える力を持ってる。悲しい気分だった人が私らの芝居を見て楽しい気分になる。怒ってた人が笑顔にもなるし泣き顔にもなる。心を変える、そんな仕事」
シェイの真剣な表情にリューは唇を突き出してコクコクと頷いた。
「嫌われ者のキャラに悲しい過去を付ければ観客は同情する。良い者のキャラに善行の裏に隠れた打算を描けば観客は怒りを覚える。キャラの印象を操作出来る、それも強烈に」
リューは腕を組んだまま小さく唸る。
「だから星骸も描き方ひとつで観客の気持ちは変わる。正義の革命家にもなるし、次期支配者の座を虎視眈々と狙う詐欺師にもなる。私らの仕事は思想さえ作れる。だから、どう描こうかと思って」
そこまで言うとシェイは顔を上げた。だが、そこには誰もいない。
「は?」
シェイは思わずそうこぼす。視線の先にはファンの子供たちにサインして回るリューの姿。
「…チッ、アイツに聞いたのが間違いだった。ホント顔だけっ!」
シェイは苛立ったように吐き捨てると足を踏み鳴らしてその場を後にした。
「おいリュー!そろそろ行くぞ!」
団長の声が飛ぶ。
「はい!今行きまーす!じゃあ皆んなまたな〜、次の公演もぜひ来てくれよ」
リューはそう言うとゆっくりと動き出した馬車に颯爽と飛び乗った。その動作ひとつ一つに歓声が上がる。女たちの甲高い声に見送られて馬車は広場を後にしたのだった。
読んで下さりありがとうございます!
7章はとにかく色んなキャラが出てきます。
レイやサトシたちを急に増やした時もそうですが、一気に増やしちゃうのどうにかしないとと思いつつ、私の力量だとどうしてもこうなっちゃう、、
何とかならないものか〜
今回のキャラたちは『イチア地区を生きる市民たち』というイメージなので無理くり覚えなくても大丈夫かも?
覚えてたら「あー、前に出てきたな」となるぐらいの筈です。
さて、次回も土曜日21:00です。お楽しみに。




