Ep,2
ノアが治療を行っている間、火蜥蜴はとても大人しかった。それどころか、ノアに火、と言われると小さめの火を出してお湯を沸かす手伝いまでしていた。
粗方の治療が終わると、ガタガタと荷馬車が近付いて来て、その後ろから白い鎧の騎士が数名出てきた。
「火蜥蜴の護送に参った、白の騎士団長のリュート=ブランと申します。不躾に申し訳ありません、調律者のノア=フローラ様ですか?」
ノアは丁寧な対応のリュートに目を細めた。
「えぇ、初めまして。第16代調律者ノア=フローラです。」
周りの民衆がざわつき出した。
調律者。それは、保護人の中で最も優れている者にだけ贈られる称号。同じ時代に二人といない唯一無二の者。これまで調律者の名を授かった15名の者達は、何らかの偉業を成し遂げている。そして、今代の調律者も、と民衆が期待するのも無理はない。
「貴女が・・・。私の想像とは些かかけ離れていました。」
「想像?」
ノアは少し不機嫌そうに尋ねた。
「あぁ、気分を害されたのなら申し訳ありません。前任の方は初老の男性でしたので、そのイメージのままこちらに来たもので・・・。」
「・・・こんな小娘で落胆されたでしょう。」
リュートは両手をぶんぶんと振った。
「とんでもない!こんなにお美しいお嬢さんに仕事の度に会える口実が出来たのですから、天に感謝しなければいけません。」
「・・・・・・・。」
ノアはリュートを胡散臭そうに見たが、見た結果、素でこれなのだと理解をして咳払いをした。
「火蜥蜴はこちらです。今はとても落ち着いているので大丈夫だと思います。私も、保護区に戻れたら必ずこの子に会いに行きますので、道中はよろしくお願いします。」
「はい、必ず無事に護送致します。」
リュートは胸に手を当てて礼をした。
火蜥蜴がリュートによって護送され、辺りは瓦礫を片付ける人々の出す音だけになった。
【我々は火蜥蜴が何故、こんな場所にいたのかを調べるか。】
「えぇ。密猟だったにしても使い魔だったにしても、出所は調べないと。」
【・・・行くか、黒へ。】
「はぁ。」
ノアは治療の間脱いでいた、濃紺のローブを羽織った。
ノアのいるクレール王国には、五つの騎士団がある。
紅の騎士団、葵の騎士団、碧の騎士団、白の騎士団、そして黒の騎士団。
紅の騎士団は剣を、葵の騎士団は魔法を、碧の騎士団は聖獣を。
紅、葵、碧の騎士団はそれぞれの特色を活かした編成となっているが、白と黒の騎士団は少し違う。
白の騎士団は、王族周辺の警護から城下までが管轄であり、そこで何かあれば必ず動く。今回も場所が城下だったために、白の騎士団が動いた。
では黒の騎士団はどうかというと、凶悪犯罪や裏がありそうな事件、所謂ブラックリストというものが絡んでそうなケースの際に動く。王国中の犯罪リストが集まる黒の騎士団へ今回の件は聞くのが一番であると判断したノアだが、その足取りは重い。
【そんなに嫌か、黒の騎士団本部は。】
「・・・他の騎士団本部と比べたらね。」
そうこうしている内に黒い建物が見えてきた。門を通ろうとしたら、黒い鎧を着けた騎士に止められた。
「おい、止まれ。黒の騎士団に何か用か?ここは嬢ちゃんの様なのが来るとこじゃない。用がないなら帰れ。」
「・・・騎士団長に会いたいのだけれど。」
そういうと、騎士は一気に不機嫌そうに顔をしかめた。
「悪いがそういうのは全てお断りだ。」
「・・・はぁ。だから嫌なの、ここに来るのは。」
ノアは騎士を見上げて言った。
「私は、おたくの騎士団長のファンじゃない。わざわざ仕事で出向いてるの。早く取り次いでくれない?ノア=フローラが来た、そう言えばあの男もわかるから。」
「以前もその手で会おうとした女がいた。まぁ、会えなかったが・・・。お前も諦めて帰れ、な?」
ノアは大きく溜め息をついた。
「あまりこの手は使いたくないのだけれど、しょうがない。」
すぅっとノアは息を吸った。
「黒の騎士団長シュバルト=ノワール。"ここに来い"」
「え、うわ、うおぉ!?」
突然、目の前に大柄な男が現れた。
「シュバルト団長!?」
騎士は驚いたが、すぐに礼をした。
「いってぇなぁ。何がどうなって・・・。」
シュバルトと呼ばれた男が顔を上げた。
「・・・お久し振り。」
「ノア=フローラ!お前の仕業か、これは!」
ノアは悪びれず笑顔で肯定した。
「貴方に会わなくてはいけないのに、ここを通してくれないから実力行使に出たまで。」
「あ?名前を言って取り次ぎゃいいじゃねぇか。」
「・・・私がそんなこともしないと思う?それが駄目だったから、こうなってるの。部下への伝達くらいちゃんとして。」
「・・・それは悪かったな。」
そう言ってシュバルトは立ち上がり、部下を軽く殴った。
「ノア=フローラという名前だけは必ず俺の元に通せ。このことを騎士団全員に伝えておけ。」
「はい!」
「それと。」
ノアが言葉を切って、シュバルトの部下を見た。
「どう見えているかわからないけれど、私、シュバルトのファンじゃないから。むしろ、ファンだなんて悪寒が走るから金輪際やめてください。」
「・・・お前、ファンだなんて言ったのか。」
「その、団長目当ての可愛らしいお嬢さんだと思って、はい。」
「・・・可愛らしい、ねぇ。」
シュバルトはノアを上から下まで見た。
「何か?」
ノアは居心地が悪そうにシュバルトを睨んだ。
「まぁ、ここにいた頃よりかは色々育ってんじゃねぇの。」
「当分の間、目が見えない様にして差し上げましょうか?」
「冗談だろ?」
ノアはニッコリと微笑んだ。
「冗談に見える?」
「冗談だと言えるのは勇者くらいか。そう考えるとお前も勇者だな。」
シュバルトは部下を見た。
「お前は入団時期的に知らないと思うが、俺の前任の団長の頃のことを知ってるか?」
「え、はい。確か、団長はとてもとてもお強い方ですが、副団長が怖すぎて顎で使われていたんですよね?そんなにインパクトがある方なのに、誰もその副団長の容姿や年齢については語らないという・・・。都市伝説みたいなものじゃないんですか?」
シュバルトは喉を鳴らして笑った。
「だとよ。ノア=フローラ副騎士団長様。」
「元、よ。それに、顎でなんて使っていない。効率的に仕事をしていただけ。」
「え、え?」
「ということだ。まぁ最も、今は調律者ノア=フローラ様と呼んだ方がいいか?」
「え、えぇ!?」
「貴方に様付けで呼ばれると、ゾッとする。」
ノアは心底嫌そうな顔をした。そうして、部下の混乱を余所に軽口をたたきながら、シュバルトの執務室へと向かって行った。
ノアは迷うことなく本部の長い廊下を進んで行く。
「勝手知ったるってか。まあ、お前がいなくなってから何も変わってねぇしな。何年ぶりの帰還だ?」
「三年かしら。」
「もうそんなになるか。あん時にゃ、こんな風に再会するなんて思わなかったな。」
「そうね。」
シュバルトとノアが本部の中を歩くと、黒の騎士達は喋るのを止めて一斉に二人を見ていく。ノアのことを知っている者は最敬礼をし、ある者は走りだし、ある者はシュバルトと気安く話していることに驚く。
「ここは、相も変わらず騒がしい。」
「そりゃそうだろ。お前の帰還を待っていた奴もいるんだぞ?結局はうちには戻らねぇみたいだが、顔を見たいって奴はやっぱりいる。」
ノアは心底不思議そうな顔をした。
「お世辞はいい。私、騎士達に好かれてなかったから。」
「は?」
シュバルトは驚いて立ち止まった。
「ちょっと待て。何をどうしたら、そう思えるんだ。」
「好かれてるって思っている貴方には疑問しかないわ。騎士達に話しかけても目も合わせて貰えなくて、喋る時もしどろもどろで挙動不審。よっぽど私のことが気に食わなかったのよ。」
シュバルトは内心で頭を抱えた。
「でも。」
ノアは言葉を切って、シュバルトを見て微笑んだ。
「シュバルトと団長には感謝してる。唯一、普通に接してくれたから。」
シュバルトは横を向いた。
「・・・そうか。一応、言っておくが他の奴等もお前のことを嫌ってはねぇからな。」
ほら、とシュバルトは曲がり角を指で指した。そこには、かなりの数の騎士達が集まり、副団長お帰りなさいという断幕を持っていた。
「・・・・・・。」
「何か言ってやれよ、当時からの部下達だろ。」
ノアはゆっくりと前を見据えた。
「だから、私は元副団長だって言ってるじゃない。」
「そこかよ!?」
そう言ったノアは静かに嬉しそうに笑っていた。
~黒の騎士団の門番のその後~
俺は黒の騎士団で門番を任されているルッツ=ダース。この黒の騎士団は要人も来られるが、それ以上に多いのは団長であるシュバルト様に会いたいという女性が多いということだ。
団長からのお達しで、アポなしの女性は基本的に追い返すようにしている。今日もいつも通りそのはずだった。
「・・・騎士団長に会いたいのだけれど。」
そう言ってやって来たのは、美しい紫がかった銀髪のお嬢さんだった。俺が言うのもあれだが、うちの団長じゃなくても他にもいい人がいるだろうというくらい、美しい人だった。
いつも通り追い返そうとしていると、彼女が喋った後、団長が突然何もないところから現れた。
俺が何もできない間、話は着々と進み、お嬢さんの名前はノア=フローラということがわかった。
そして、都市伝説であると思われていた前任の副騎士団長ということも、今代の調律者であるということも。
しかし、それ以上に団長があんなに気兼ねなく喋れる女性がいたということの方が驚きだった。
「個人的には団長に漸く春が来た、と思ったんだけどなぁ。」
まだわからない。団長は間違いなくノア=フローラ様を気に入っていると思う。もしもそうならば、願わくば団長の想いが届いて欲しいものだ。
・・・何故、俺がこんなに団長の幸せを願うかって?
そんなの、簡単だ。団長に特定の相手が出来たなら、ここに訪ねてくる女性が減って、八つ当たりをされる回数が減るからに決まっているだろう。本音を言うなら、毎回年頃の女性に嫌みを言われるのはそれなりに心にくる。ただ、それだけだ。
そうして、俺は他の騎士達に伝えに言ったんだ。
ノア=フローラという名前のお方が来られたら、何がなんでもどんな時でも早急に団長にお伝えしろ、と。
団長、フォローはみんなでしますから、どうにか頑張って下さい。
ルッツは今日も門番としての仕事を全うしている。
・・・数日間、黒の騎士団本部は団長に想い人ができたという話で持ちきりだったがそれはまた別の機会に。




