Ep,3
「それで?ノアが探してるものは何だ?」
部屋の前で待機していた部下達と別れて、シュバルトは自分の執務室のソファに腰掛けた。
「私が今日、城下で保護した火蜥蜴が関わっていそうな密猟事件、とかないかしら?」
ノアが出されたレディ・グレイの紅茶に蜂蜜をいれながら答えた。
「・・・その件か。」
シュバルトは腕を組み直した。
「何か問題があるの?」
ノアは優雅に紅茶のカップに口をつけた。蜂蜜が足りなかったのか、もう一掬い足している。
「問題か、問題がなぁ。事件自体は単純明解なんだよ。」
「単純明解?」
「あぁ。今回の密猟事件の裏には貴族が関わっている。最近の貴族の聖獣事情って知ってるか?」
ノアはふるふると首を横に振った。
「だよな、ノアはそういうことに疎そうだし。」
ノアはむっとしながら、紅茶に更に蜂蜜をいれた。そして、その上から魔法で出した小花を浮かべた。
「最近の貴族は、自分の元にいる聖獣でステータスを表しているらしい。」
「ステータス・・・。」
「あぁ。珍しい聖獣や美しい聖獣、強い聖獣に可愛い聖獣、人間的に価値のある聖獣が人気になっているらしい。」
ノアはコトンっとティーカップを机に置き、シュバルトを見た。
「その考えは気に入らない。」
「全くもってその通りだな。聖獣達は人間の道具やアクセサリーじゃない。ちゃんと生きていて、俺らと対等なはずだ。それを理解できねぇ、貴族が多い。」
ノアはゆっくりと視線を紅茶へと戻した。
「それで、それのどこに貴方の言う問題があるの?まぁ、問題しかないのだけど。」
シュバルトは言いにくそうに顔をふせた。
「俺達も取り締まってはいるんだ。だが、貴族達を取り締まっても、密猟を行っている奴等には未だに辿り着いていない。毎回、蜥蜴の尻尾切りのように足取りが掴めなくなる。」
「現場を押さえることは?」
「・・・難しいだろうな。」
「ということは、次の取り引き場所もわからないのね。」
「残念ながらな。」
ノアは考えるように目を瞑った。
「・・・わからないなら聞いてみましょう。」
「は?」
ノアはスッと立ち上がった。
「"私の音が届いたなら来て。風霊"」
ノアとシュバルトの前に、透明な美しい女性が現れた。
【ノア、お久し振り~。中々呼んでくれないから、もう暇で暇で~。・・・って、あらぁ?あらあらあらぁ~?】
風霊はノアとシュバルトを交互に見て笑顔になった。
【結婚の報告かしら~?それとも、婚約?】
「なっ!?」
「どちらも違うわ。風霊、こっちは黒の騎士団長のシュバルト。昔の同僚よ。」
【そぉなの~?残念、ノアに春が来たとおもったのに~。】
「当分そんな予定はないけれど、その時は報告するわ。」
【必ずよ、必ず~。】
「それで、貴女を呼んだ件なのだけど。」
風霊はにっこりと笑った。
【ノアが今追ってる事件のことを聞きたいのでしょ~?密猟事件のやつ~。】
「話が早くて助かるけど、盗み聞きはよくないわ。」
【今回はたまたま聞いてしまったの~。ふふふ~ごめんなさいね~。】
風霊の毒気のない笑顔にノアは溜め息をついた。
【実は私達も密猟のことで、近々ノアに相談しようと思っていたの〜。それで密猟について色々調べていて〜。】
風霊は同じ場所には留まらない性質を持っている。日々世界を気ままに風と共に巡り、旅をしている。それ故に、色々な場所で密猟の話を他の聖獣から聞き、ノアに情報提供をしなければと考えていたらしい。
「なるほど、事情はわかったわ。密猟者の特徴とかわからないかしら?」
【黒い頑丈そうな馬車を見たってよく聞くかしら〜。】
「黒い頑丈そうな馬車?そんな目立つ風貌なら、俺らの報告書に上がってきてもよさそうだが、今のところはねぇな。」
「それも不可解ね?何か細工をしているのかしら。」
【あとは〜、人間が何人もいて武装していたって聞いたわ〜。それに魔法を使用する人もいたって聞いたわ〜。】
少なくともアテ通りの組織的な犯行か、とシュバルトが顎に触れながら呟いた。
【調べたって言ってもあまり情報がなくてごめんなさいね〜。仲間が襲われた子達からはあんまり聞き出せなくて〜。】
「聖獣たちも私達と同じように心があるのだから、当然よ。風霊は自分に出来る最善を尽くしてくれたわ。本当にありがとう、ここからは私達の仕事よ。信じて任せて。」
風霊は綺麗に微笑んで、空気に溶けて行った。
「さぁ、どうしますかねぇ。調律者サマ?」
ノアは脚を組み直し、腕を組んだ。
「情報がやはりまだ足りないわ。不本意ではあるけど、当面の間は黒の騎士団に留まり調査継続をするわ。取り敢えず、この後の巡回に同行させて。」
ノアはサッと立ち上がり、ドアへと向かって行った。
黒の騎士団の巡回は日毎に場所が違う。他の騎士団は管轄毎に巡回場所が決められているが、黒の騎士団は事件の度に巡回場所が違う。そのため、今日は火蜥蜴が事件を起こした場所へと向かうことになっている。
「えー、暫くの間、こちらのノア=フローラ調律者様が我々と共に巡回等を行われる。それぞれ、不敬のないように。」
シュバルトの説明に騎士達がざわついた。ノアを知っている者は歓喜し、知らない者は怪訝な顔をしている。
「一応言っておくが、こんな見た目でも強いぞ、こいつは。前任の騎士団長を投げ飛ばしたこともある。」
「ちょっと!変なことをバラさないで!」
今度は別の意味で騎士達がざわついた。ノアは一歩踏み出し、咳払いをして口を開いた。
「ご紹介に預かりました、ノア=フローラです。お久しぶりの方も初めましての方も、よろしくお願いします。変に噂が立つのも嫌なので、先に伝えて起きます。私は以前、ここの副騎士団長でした。またここで共に仕事が出来て嬉しく思います。必ず、密猟者を暴き捕えましょう。」
ノアの固い決意のこもった言葉に、騎士達は背筋を伸ばした。
ノアが話は終わったと一歩下がろうとした瞬間、ノアの影が揺れた。
【ご主人、我を紹介してくれないなんて酷いではないか。】
「ちょっと、突然出てこないで。」
シュバルトは突然のことに驚きつつも、臨戦態勢をとっていた。
「ノア!なんだこれは!?聞いてないぞ!」
「あとで紹介する予定はあったのよ、多分。」
【多分とは酷い扱いではないか。相棒に挨拶をさせてくれないなんて、酷いご主人様だ。】
マッドは姿勢を正し、帽子を脱ぎ、恭しく一礼した。
「この憎たらしいのは、影人間のマッド。色々あって、今は私の相棒よ。」
「影人間とは珍しいな。明るい場所が得意でない性質と聞いたが、デマか?」
シュバルトが興味深そうにマッドを見た。影人間は、通常闇夜に生きる聖獣である。また、力のない個体は見た目が人間でも意思疎通はできない。そもそも、人間と流暢な意思疎通が出来る影人間は珍しい。聖獣の中でも、人型の個体は人間と意思疎通ができやすいが、その中でも影人間は、本来ならば獣に近い種族である。
【いやそれは正しいぞ、人間。我には特に効かぬがな。】
マッドはそれだけ伝えて、またノアの影の中に戻って行った。
「自由か。お前、意味わかんねぇもん相棒にしてるな。」
「私もたまにおかしいって思う時があるわ。」
そうして、密猟事件の本格的な調査が幕を開けた。




