#59 最期の時
主人公処刑描写あります。それほどリアルには書いてません。
苦手な方はご注意ください。
あの世界が好きだった。
あの世界にある空も大地も草も木も、そして素敵な人たちみんなが、大好きだった。
あの世界に、ずっとずっといられたら、どんなに幸せだろう。
そんなことを、考えるようになった。
次々と読み上げられる、己が犯した罪の内容。一言で済まされるはずなのに、しっかりと心に刻み付ける為なのか、長い時間にわたり読み上げられている。両手を後ろ手に拘束され、冷たい床に膝をついてそれを聞く。
聖天使の頃とは天地の差もある、その装いは彼の容姿とは不釣合だった。薄い布切れ一枚を体に巻きつけただけの、粗末なものだ。
僕は、元いた世界に戻ってきていた。だけどそれまでの生活に、戻ることはできない。薄汚れた地下牢にある処刑場。誰の目にも触れられぬまま、僕はここで命を落とす。
それまで公の場に聖天使が、姿を現すことはなかったから、急に聖天使が変わろうとも、それに気づく一般市民はいない。僕の顔を知る者は、ほぼいないに等しい。
この場にはいない、唯一の肉親である天帝の、最後に見たあの冷たい目。既に僕を息子だと思ってはいないのだろう。ただ血を与えられたに過ぎない息子。聖天使の出生は特殊だから、親子の愛なんかなかったかもしれない。
別に、この世界で死ぬことにもう恐怖も後悔もない。
まぶたを閉じ、おとなしく罪状を聞き入れる。
でも心はあの世界に囚われたままだ。
はじめは、どうしたらいいか分からなかった。周りはみんな悪魔で、正直この世界では触れ合う機会なんかほとんどなかった。だから心の奥底では、彼らを恐れていた。
でも違うと、思い直した。元天使だからというのも関係ない、みんな優しかった。本当にこの人たちは悪魔なんだろうかと、疑いさえしたほど。
初めて触れた草花。自由に歩き回る散歩。おいしいチョコレート。初めての商店巡り。
どんどん広がる世界に、ただただ好奇心がまさって。恐ろしいことも、苦しいこともあったけど、でもそれを上回るほど、楽しかった。
それと同時に、怖くなった――――
たとえあの世界が元いた世界を見つけられなくても、その逆はあるかもしれない。そうなったら待つのは死しかない。
こんな素敵な世界とも、別れなければならない。
せっかく愛しい人ができたのに、別れなければならない。
それが怖くて、嫌でたまらなかった。
みんなに優しくされるたび、仲良くするたび失う時を考えて辛くなった。どうしても見つかる未来しか考えられなくて、寂しくなった。
僕はずっと一緒に、此処にいることはできないのだと。
だから僕は希望をそっと残してきた。きっとあの人ならやってくれる。あの人にしかできない、だからこそあれを残してきた。
僕が唯一、あの世界に望んだ願いを。
『愛してます、ずっと。いつかまた出会えたら、今度こそ一緒にいてくれますか。いえ、一緒にいてください、僕はもっともっとあなたのそばで、そこにいたい。お仕事途中のまま、いなくなってごめんなさい。
さようなら――――また会う日まで……』
その日世界の核である、聖天使は死に、新たな聖天使が生まれた。可愛らしい、女の天使だったそうだ――――
ノエルが死ぬことは、初期から決まっていました。こういう設定が嫌いな方、すみません。
次回最終回。
私はハッピーエンドしか書きません!




