#60 光ある世界に向かって
数百年後――――
あれから数百年という月日が過ぎた。といっても悪魔の彼らにとってはそれはほんの数日、数時間よりも短いことなのかもしれない。あの頃と変わらぬ姿のまま、あの頃と同じように過ごしていた。
「お前が呼び出すから、何かと思えば……ずいぶん大きくなったな」
「植物は我々と同じ時間の流れには、生まれていないからな。しかしここはすごいな」
「お前でもダメなら、下級の者はここには近づけもしないだろう」
「あいつも考えたものだ、こんな方法思いつくとはな」
アシュタロスに、苦笑混じりで答えるのはバエルだった。彼らがいるのはノエルがこの世界で最後にいた、あの草原である。しかしそこはかつての広い草原ではなくなり、今は小さな林のように、木々がうわっていた。
一本の大きな巨木を中心に、その周りに同じ高さの木々が、何百本と植えられている。さらにその一本一本が淡い光を放っている。
これこそノエルが残した、希望だった。
ノエルがいなくなった数日後のこと。アシュタロスは自身の家の、温室にある木の根元に小さな子箱が隠されているのを見つけた。自分が隠した覚えはないから、きっとノエルだろうとわかった。
そしてその子箱を開けてみると、一通の手紙と光をまとった種が入った小瓶が入っていた。手紙にはこれから自分に起こるであろうこと、謝罪と感謝の言葉。そしてその種について書かれていた。
まず読んで、ノエルが既に命を落としていると悟った。こんなにも心を痛めたのは二回目だろうか。謝罪と感謝の言葉など、こちらが言いたいと思いながら手紙を読みすすめた。
『一緒に入っていた小瓶には、この温室の木から採れた種が入ってます。でもただの種じゃありません。僕の光分子を少しずつ少しずつ与えたものです。もう僕が与えなくても、すっかり光を帯びたものになってます。これを撒いて欲しいのです。そして育ててください。きっと光を帯びた木に成長し、この世界に光を溢れさせる。木が育ち、葉が生い茂り、そして種ができる。そしてそれがまた巻かれてこの世界にまた、光が溢れる。それが僕の願いです。きっとまた光と闇が一緒に存在する世界に、それが僕の最後の願いです。ごめんなさい、こんなことを頼んでしまって。本当なら僕ができればよかったんです。だけど最後まで僕は見届けることができないと思いますから。最後までアシュタロスさんに、頼りきってしまってますね。でも、前言ってくれましたよね、周りを頼れって。僕嬉しかったです。ありがとうございました……
アシュタロスさんは、転生というものを信じていますか?僕は信じています。そしてあわよくば、僕自身転生したいと思ってます。
いつか光と闇が共存するその世界で、またお会いしたいです。 ノエル』
ノエルの最後の願い、それはこうしてちゃくちゃくと叶い始めている。まだまだこの世界全体とは言えないものの、少しずつこの木がある場所は広くなっている。いつかこの世界にまた天使が存在する時が来るだろうか。そんなことすら、思える。
「足りない部分は、お前が光を補う。よくできたものだ」
「俺はただ、ほんの少し手助けしただけだ。あとはみんな、あいつの力だ」
「あの中心の木、見覚えがあるな」
「消滅した天界にあった、はじまりの樹によく似ている」
「はじまりの天使が降りたった木……か。それもこの世界に訪れるのは、案外近いかもしれないな」
「まだまださ……。あいつの願った世界に、してみせるさ。必ずな」
綺麗な緑の葉が生い茂るその上空は、ノエルの瞳のように綺麗な青い空だった。
そしてまた、時は流れ――――
「ほう、完全に戻ったな」
感心したような声を上げるバエルの前には、真っ白い翼を背中に生やしたアシュタロスがいた。バエルの横で、アグレアスもその光景に微笑んだ。
「ベリアルも、以前のお前のように半分黒から白に変わったそうだ。天使に戻るときが来るとは、驚きだな」
「そんなに身体的に変化はないんだがな。お前はまだないのか?」
翼をしまいつつ、アシュタロスがアグレアスに問いかけた。
「私はまだみたいですね、翼も黒いままですし。やはりあの土地にいる時間が長いほど、効果が現れやすいのではないでしょうか」
「確かに、それもあるか」
「これでは、天使用に領地を確保したほうがよさそうか」
「それはいいだろう。あくまで共存するのが、あいつの願いだ」
「まぁ今更、暴動等は起きないと思うがな、一緒にいた時を考えればな」
「それでも、天使側のトップは必要になるかと思いますよ。ただでさえ、今の王は仕事を貯めますしね」
「時が経つにつれ、言うようになったものだ」
そんなたわいもない話をしていた時だった。ひときわ強い光が、窓から差し込んだ。目を凝らしてみるとそれは天から、あの大きな巨木に向かって降り注いでいる。そしてそれはそのまま何もなかったかのように消えた。
「あれは……」
「行ってこい、アシュタロス」
「あぁ」
そう言うやいなや、アシュタロスは王宮を飛び出した。そして急いでその場へと向かう。光が溢れる木々の間を抜け、その中心部へとやってきた。
ひときわ大きいその木は、そのまとう光分子も桁が違う。息を切らしたどり着いたアシュタロスが見上げると、その太い枝に腰掛ける人物がいた。
綺麗な金の髪、白い羽、空と同じすんだ青い瞳。その人物もまた、アシュタロスを見て、顔をほころばせた。そしてそのまま彼へと向かって枝を飛び降りる。
その体をしっかりと抱きとめたアシュタロスは、その反動で地面に腰を落とす。腕の中にしっかりと、離すまいと抱きしめる。その人物も同じように彼の背中に手を回し、抱きついた。
「ありがとうございます、信じてました、きっと――――大丈夫だって」
「ずっと待っていた、お前にまた、出会えるのを……」
この世界の聖天使は始まりの天使。すべての天使の始まりは、聖天使である。
「これからは、共にお前の願いを叶えよう。……愛してる、ノエル」
「はいっ」
天使の世界救済は、まだまだ始まったばかりなのだった――――
最後までお読みくださり、ありがとうございました。




