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#38 あの日の思い出

こういう場面が一番難しい……

 


 明日、湖に向かい狭間を浄化する。そう考えると、どうも落ち着かない。あれこれ考えをそらしても、気づけばまた湖のことを考えてる。


 これでは気を沈めることすらできない。僕は気分転換にベリアルさんの屋敷内を散歩することにした。歩くだけなら、疲れもしないしそんなに遠くまで行く気はないからね。



 しばらく歩いていると、渡り廊下の手すりにもたれかかり、厚い雲に覆われた空に丸い水晶玉をかざすアモンさんがいた。


「なにをしているんですか?」

「んー?あぁ、視えないかなーって」

「視るですか?」


 水晶玉をおろし、苦笑を浮かべるアモンさんは、手のひらの中にある水晶玉に視線を落とした。


「俺ね、昔――――この世界が融合する前、水晶を通して他人の過去と未来を視ることができたんだ」

「そうなんですか?」

「うん。まぁ頼まれたりしなきゃ、やんないんだけどね。視えちゃっても誰にも他言しないでいたし。でも融合してからかな……ぱったり視えなくなった」

「どうして……」

「さぁ、どうしてだろ。水晶は光分子の結晶体とも言われててね、だから光分子がなくなってしまったから、っていうのが最もな原因かなって。……変わっちゃったよ、色々」


 水晶をしまったアモンさんは、手すりに寄っかかったまま、曇天の空を見上げた。


「一番は天界が消えたこと。そしてそれに伴う天帝と魔王の消滅。光分子は消え、魔界はその創りを変え、生き残った天使は悪魔と変わり果てた――――」


 すっと視線を今度は僕へと移したアモンさんは、遠い記憶を思い起こすように、さらに続けた。


「天界にいたすべての天使が、悪魔になったわけじゃないってのは知ってる?」

「最初にアグレアスさんが、半分は死に絶えたと……」

「まぁ、死に絶えたってのが一番妥当だよね。俺は元から悪魔だから、天界側のことは人伝でしか知らない。けど一番確証があるのは、力の弱かった天使が、悪魔に変わってしまう時の衝撃に耐えられなくて死んだって言うんだ」

「力の弱い天使……ですか?」

「天使にも悪魔にもそれぞれ異なるけど力を有してる。そしてそれは個人差が必ずあるもので、それによって階級分けされてる」

「その階級を与えられない天使たちが、消えてしまったと?」


 ノエルの問いかけに、アモンは黙って頷いた。それを見て、ノエルはある疑問を抱いた。


「ですが、今のこの世界にはその階級を持っていない、一般の方がいらっしゃいました。セーレさんのところの、ルマーラの町でお店をしていた方々は……」

「あの人たちは、元々魔界にいた一般の悪魔だよ。悪魔は属性が変わったりしなかったからね。力が弱くても生き残ってられた。……天界が一番の犠牲を払った……。天界しか犠牲が出なかって味方もできるね」

「そんな……」

「ノエルは聖天使でしょ?今はなき、天界にも聖天使はいた。この世界で聖天使は始まりの天使とも言われてて、天使の階級で上位5番には入る。ほかにもいろいろ階級があるけど、そのどの天使もとても強い力を持ってた。そのうちの二人がアシュタロスとベリアルね。だからあの二人は、悪魔として今もこの世にいる。だけどあの二人は見ていたんだ、悪魔になりかけながら耐え切れず死んでいく従者たちを」

「――――っ」


 さらりと僕の頬をアモンさんの指が撫でる。何を思ってか、こんな話をしているのかそれはわからないが、彼はとても寂しげな表情だった。


「特にアシュタロスはね……ひどくあの日を恨んでる……。大事な人を目の前で失ったんだってさ。この話は俺はよく知らないから、詳しくは本人に聞いてね。……世界が融合したあとは、地獄だった。悪魔になった反動で、いくら力の強い天使といえど、みな息絶え絶えで、こっちも魔王は消えるし、不測の事態だらけ出しで世界は大混乱だった。その混乱をたった一晩で、収束させたのがほかでもなく、バエル様だったんだけどねぇ。前王の後を継いで、いつもと変わらぬ様子で、どんどん指示を出してそして今のこの世界になった」


 僕から手を離し、僕に背を向けるように手すりに手を置いたアモンさんは、今までの声色とは違う様子で、言い放った。


「もう元には戻らない、それはみんなわかってる。今の世界を否定はしない、この予期せぬ世界で平和に暮す。そうなって欲しいって俺は思ってるんだよねー」

「そうですね、それが一番です」


 もう狭間とか、そんな脅威に怯えることのない世界になったらいいのに。



 


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