秋永ゆづき
警察との面談が終わったのは、日付が変わる頃だった。
ホテルの廊下は静まり返っている。
ゆづきは一人で歩いていた。
誰も話しかけない。
それどころか、みんな避けている気がした。
まあ、慣れている。今さら傷つきはしない。
そう思っていた。
けれど。
「最後に先生と話してたの、ゆづきらしいよ」
そんな声が聞こえてしまうと、胸の奥が少しだけ痛んだ。
部屋の前で立ち止まる。ドアノブに手をかける。
その時だった。
「ゆづき」
ひながいた。
ゆづきは無意識に身構える。
同情されるのが一番嫌いだった。
「何?」
少し強い口調になる。
ひなは一瞬だけ困ったような顔をした。
「警察、何聞いてきたの」
「別に」
「……」
「本当に別に」
沈黙。気まずい空気。
ひなは何か言いたそうだった。
でも結局、
「おやすみ」
それだけ言って去っていった。
ゆづきはその背中を見送る。不思議だった。
クラスで一番人気者。
誰からも好かれている。
そんなひなが、なぜ自分に話しかけるのだろう。
今まで何もしてこなかったのに。
部屋に入る。
ルームメイトたちは寝たふりをしていた。
いや、本当に寝ているのかもしれない。
どちらでもよかった。
荷物を整理しようとして、ふと手が止まる。
カバンの奥。一枚の紙が見えた。 折りたたまれたメモ。
ゆづきはそれを取り出す。
見覚えがある。
今日の昼。
佐伯先生から渡されたものだった。
開く。
そこには短く書かれていた。
『明日の朝、話そう。』
それだけ。
ゆづきは目を閉じた。
今日の会話を思い出す。
「先生は何もしてくれなかった」
あれは本心だった。
ずっと苦しかった。
ずっと待っていた。
でも。本当は少しだけ期待していたのだ。
修学旅行が終わる前に。
何かが変わるかもしれないと。
先生もそう言ったから。
『明日の朝、話そう』
だから待つつもりだった。
明日まで。
あと少しだけ。
なのに。 先生はいなくなった。
メモを握りしめる。
紙がくしゃりと音を立てた。
その時。
部屋の外から足音が聞こえた。 誰かが走っている。
そして。
「見つかったって!」
叫び声が聞こえた。
ゆづきは顔を上げる。心臓が大きく鳴った。
見つかった?
先生が?
部屋の外が急に騒がしくなる。ゆづきは慌てて廊下へ飛び出した。
そこで聞いた言葉に、全身の血の気が引いた。
「先生の上着が見つかった」
「川の近くで」
そして誰かが言った。
「血が付いてたらしい」
静まり返る廊下。速い鼓動だけが響いている。
その中で。
ゆづきだけが思い出した。
先生が失踪する数時間前、
もう一人、先生と会っていた生徒がいることを。
その名前は――りゅうやだ。




