田中りゅうや
「先生の上着に血が付いていたらしい」
その噂は翌朝には学年中に広がっていた。
もちろん警察は何も発表していない。信憑性のかけらもない。
誰かが聞いて、誰かが話して、誰かが盛った。いつの間にか事実みたいになっていた。
そしてその噂には続きがあった。
「りゅうやが先生と喧嘩してたらしい」
りゅうやは舌打ちした。
食堂の隅。
一人で座っていると、周囲の視線が嫌でも分かる。
もともとそうだった。
金髪。ピアス。 目つきが悪い。
先生にも何度も注意されている。
何かあれば真っ先に疑われる。
慣れている。慣れているはずだった。
「おい」
声をかけられる。顔を上げると、れおが立っていた。
「何」
「昨日どこにいた」
りゅうやは笑った。
「警察かよ」
れおは笑わなかった。
真面目な顔のまま言う。
「みんな気になってる」
「俺がやったと思ってる?」
れおは少しだけ黙った。その沈黙だけで十分だった。
椅子が大きな音を立てた。
食堂中の視線が集まる。
「勝手にしろよ」
そう言い残して出て行った。
外は曇っていた。
京都の空は重く沈んでいる。
ホテル裏の自販機の前で立ち止まる。
昨日のことを思い出した。
失踪する数時間前。
確かにりゅうやは佐伯先生と会っていた。
先生に呼び出されたのだ。
ホテルの裏。誰もいない場所。
「髪染め直せ」
開口一番それだった。
りゅうやは呆れた。
修学旅行中にそんな話をするために呼び出したのか。
「嫌です」
「学校のルールだ」
「知るかよ」
先生はため息をついた。
そして。突然違う話を始めた。
「お前、ゆづきのこと気にかけてるだろ」
りゅうやの顔が固まった。
「……は?」
「見てれば分かる」
黙った。黙るしかなかった。確かにそうだった。
ゆづきが一人でいる時。
陰で笑われている時。
気になっていた。
だから時々声をかけた。
それだけだ。
「だったら助けてやれ」
先生は言った。
りゅうやは体の中で何かが煮えたくっていることきづいた。
心の底から。
「ふざけんな」
先生が目を見開く。
「今さら何言ってんだよ」
「……」
「助けるのは先生の仕事だろ」
先生は何も言わなかった。
その沈黙が余計に腹立たしかった。
「ずっと見てただけじゃねぇか」
「……」
「何もしてねぇくせに」
そのまま立ち去った。
振り返らなかった。
だから。その後先生がどうしたのか知らない。
本当に知らない。
りゅうやは空を見上げた。
曇り空。重い空気。
その時だった。
スマホを見ていた生徒たちが騒ぎ始める。
「これ見ろよ」
「やばくね?」
「誰が撮ったんだ?」
りゅうやの胸騒ぎがする。# 第5話 りゅうや
「先生の上着に血が付いていたらしい」
その噂は翌朝には学年中に広がっていた。
もちろん警察は何も発表していない。
誰かが聞いて、誰かが話して、誰かが盛った。
いつの間にか事実みたいになっていた。
そしてその噂には続きがあった。
「りゅうやが先生と喧嘩してたらしい」
りゅうやは舌打ちした。
食堂の隅。
一人で座っていると、周囲の視線が嫌でも分かる。
もともとそうだった。
金髪。
ピアス。
目つきが悪い。
先生にも何度も注意されている。
何かあれば真っ先に疑われる。
慣れている。
慣れているはずだった。
「おい」
声をかけられる。
顔を上げると、れおが立っていた。
「何」
「昨日どこにいた」
りゅうやは笑った。
「警察かよ」
れおは笑わなかった。
真面目な顔のまま言う。
「みんな気になってる」
「俺がやったと思ってる?」
れおは少しだけ黙った。
その沈黙だけで十分だった。
りゅうやは立ち上がる。
椅子が大きな音を立てた。
食堂中の視線が集まる。
「勝手にしろよ」
そう言い残して出て行った。
外は曇っていた。
京都の空は重く沈んでいる。
ホテル裏の自販機の前で立ち止まる。
昨日のことを思い出した。
失踪する数時間前。
確かにりゅうやは佐伯先生と会っていた。
先生に呼び出されたのだ。
ホテルの裏。
誰もいない場所。
「髪染め直せ」
開口一番それだった。
りゅうやは呆れた。
修学旅行中にそんな話をするために呼び出したのか。
「嫌です」
「学校のルールだ」
「知るかよ」
先生はため息をついた。
そして。
突然違う話を始めた。
「お前、ゆづきのこと気にかけてるだろ」
りゅうやの顔が固まった。
「……は?」
「見てれば分かる」
りゅうやは黙った。
確かにそうだった。
ゆづきが一人でいる時。
陰で笑われている時。
気になっていた。
だから時々声をかけた。
それだけだ。
「だったら助けてやれ」
先生は言った。
りゅうやは怒った。
心の底から。
「ふざけんな」
先生が目を見開く。
「今さら何言ってんだよ」
「……」
「助けるのは先生の仕事だろ」
先生は何も言わなかった。
その沈黙が余計に腹立たしかった。
「ずっと見てただけじゃねぇか」
「……」
「何もしてねぇくせに」
そのまま立ち去った。
振り返らなかった。
だから。
その後先生がどうしたのか知らない。
本当に知らない。
りゅうやは空を見上げた。
曇り空。重い空気。
その時だった。
スマホを見ていた生徒たちが騒ぎ始める。
「これ見ろよ」
「やばくね?」
「誰が撮ったんだ?」
りゅうやの胸騒ぎがする。
近付く。画面を見る。
そこに映っていたのは――
ホテル裏で佐伯先生と言い争う自分だった。
誰かが撮った写真。
遠くから。
まるで証拠写真みたいに。
その瞬間。周囲の視線が変わった。
疑いの目。恐れ。警戒。
りゅうやは拳を握る。
誰だ。
誰がこんな写真を撮った。
その時、写真の端に小さな影が映っていることに気付く。
木の陰。
こちらを見ている誰か。
顔は見えない。
けれど。
その人物は、先生とりゅうやの会話を聞いていた。
つまり――
真実を知っている。
その日の午後。
警察は新たな聞き取りを始めた。
そして次に呼ばれたのは、
写真を撮った可能性がある人物。
クラス一の情報通。
ゆあだった。




