序章 9 マーガレットの歓喜
スピカ一行はロックバードに戻ってきていた。昨晩は一生分くらいの話をしたのではないだろうか。父との夜更かしは意外と楽しく、父が甘味好きなことを初めて知った。初めてのおねだりは、アウディーレが気に入ったレモンイエローのバラをひと株分けてもらったし、来年の今頃はイースラック領にもバラが咲いているだろうか…などとぼんやり考えていると…。
「見つけました!もうお嬢様ったらすぐいなくなるのですからっ!調査が大事なことはわかりますけどドレスの準備が先ですよ!」
着飾ることに慣れていないスピカの優先順位は、石→お菓子→可愛い(自分をのぞく)である。マーガレットに引きずられるようにしてスピカは衣装室に連れ込まれた。
「はい、採寸!終わりましたらお色味とデザイン打ち合わせ。その後は職人を交えての宝飾品の選定とデザインのすり合わせですっ!」
マーガレットに任せるのが最適解と理解しているスピカは、ただただ無心にされるがまま身を預けた。今回はお父様がこれでもか、と予算を投入した(らしい)のでお針子さんや宝石職人の目の色が違う。いやここは貴族院の議場ではないのだから相手を言い負かさなくても...あぁ、相手はもっと理論で武装して言い返してきたわ………。スピカは鉄壁の貴族の笑みをセットした。
「はい、お疲れ様でした。では今回の案を元に試作品をお願いします。次回は2週間後でよろしいでしょうか!」
「「「お任せください!!」」」
スピカは微笑んでいるだけで話が進んだようだ。何より何より…とほっとしたのも束の間マーガレットに腕を取られた。
「さぁ、次はこちらでございますよ。」
いつもの何倍もの気合いを見せるマーガレットに、内心の「夜会ごちそうさま」は横に置いてスピカは大人しく従うことに決めた。3時間後…スピカはぴっかぴかに磨かれて寝転びながら入浴後のハーブティーを飲まされていた。
「うぅっ…こんなに魂が削られるとは想像を超えてきたわ…。」
スピカは虚無の目を隠しもせず、マーガレットにぼやいた。
「普通、ご令嬢はこれを毎日繰り返して美を維持するのです。スピカお嬢様は領地で伸び伸びとお過ごしですから身体は引き締まっていますが、お肌や髪のお手入れがおろそかではありませんか?」
気だるげに寝転ぶスピカはペトラノーム顔負けの色気を撒き散らし、見た者を美で殴りつけるほどなのだが…残念、女の園は男子禁制のため侍女たちが食い入るようにお世話をしつつ、美を堪能している。
「ううっ、石もお菓子も可愛いも不足している…………。」
「スピカお嬢様が美を維持する時間をきちんと確保してくださるならば明日はご自由になさって構いませんよ。」
スピカは瞳をうるっとさせて、マーガレットを見上げた。
「くっ…ちゃんと2日にいっぺんは全身マッサージとパック、髪のトリートメントの時間は絶対です。外出も日焼けは厳禁、全身を覆ってくださいね!」
スピカの視線に一瞬魂を獲られかけたが、鋼の意思で釘を刺した。だってスピカお嬢様を磨き上げるのが私の夢だったのですもの!ドレスもあのデザインにあの色を足して…あの宝飾品をあの位置に……
「…ありがとう、マーガレットがいてくれて良かったわ。今回頑張ればロックバードの魔糸織も王都に広まるかしらね?」
マーガレットは瞬時に現実に戻ってきた。
「そうですとも!スピカお嬢様の女神ぶりは身に付けたドレスから小物に至るまで話題にしかなりません。動く広告塔になってきてくださいね!」
うんうん、今まで引きこもっていた分働きます。せっかくならアウディーレもお披露目したら可愛いわね……ふと思いついたスピカはアウディーレを探すと手まねきした。
「ねぇ、今さらだけどアウディーレの姿は皆に見えているのかしら?」
アウディーレとマーガレットの顔を交互に見ながら聞くと、
「普段は光の玉くらいにしか見えてないと思うよ。でも大精霊様とスピカが契約したからいくらでも見えるようにできるよ。」
マーガレットを見ると「うんうん」と首を縦に振っている。声は聞こえているようだ。
「姿を見せて一緒に夜会に出ない?服をお揃いにしたいのだけど…」
2人がブンッと首をスピカに向けた。ん?今スイングの音がしたような…?そしてキラキラ粒子が飛んだと思ったらマーガレットがアウディーレの愛らしさに打ちのめされて震えていた。
「可愛いは罪……!」
んーー、そうなるよねぇ…わかる。またしてもすぐ現実に戻ってきたマーガレットはスケッチブックに何枚もデザインを書きなぐり「ぜっったいに日焼けしないでくださいね!」と言い残して猛然と部屋を出ていった。
思いがけず自由時間を手に入れたスピカは、気分転換に蜂蜜入りキャンディを無心で作ることができたのであった。
可愛いは正義。お菓子作りのお陰でスピカの目に輝きが戻ったとさ。…退廃的なスピカも好きだけどね!




