序章 8 夜会準備
スカイリア家の庭は花好きな母の采配で見事に整えられている。2人はバラが見頃の東屋に到着すると、父がおもむろにベンチに仰向けに転がった。
「はぁぁ……驚く準備はしてたけど、これほどとは思わなかったよ。」
抜けるような青空と東屋の屋根を彩る大輪のバラを眺めながら遠い目をしている。そうね、私も昨日から怒涛の日々だけど、どうしてこうなったのかしら。上から父の顔を覗き込むと目の下の隈がひどい。
「お父様は昨日から準備に奔走してくださったのですね。」
スピカはそう言いながらポケットをごそごそし取り出したハーブキャラメルを父の口に放り込んだ。
「スピカのお菓子を食べたのは何年ぶりだろうな…」
レグルスは口の中でキャラメルを溶かしながらゆっくり目を閉じるとスピカの手を握った。少し照れくさかったが確かな父の愛を感じてそのままにしていると、すーっと寝息が聞こえてきた。
「あらあら、お疲れですね。お昼までこのまま良く眠れますように…」
アウディーレが呆れた顔でこっちを見ている。「期限と願いを言葉にして祈ったらそれは祝福だよねぇ…」???バラに夢中だったアウディーレから距離があるスピカには声は届かない。無意識に『保存』をかけてしまうスピカであった。
その頃、同じように庭の木々や花を楽しむペトラノームの横ではアルバークと家令のカストルが2人がかりで契約が引き起こす現象や祝福の詳細、大精霊が出来ることの聞き取りと、果てはスピカの幸せな結婚について議論していた。
「えっ?そんな簡単に祝福がかけられるのですか!祝福による自分への反動などは特になし…ふむふむそれなら安心です。」
「うっかりなスピカお嬢様は歩く祝福になりそうですね……。」
「スピカの伴侶はしっかり者で器が大きく、財力と権力がないとやらん!」
「え?それって王族しかいないんじゃ…いや、貴族でない大商人とか、あっ、それでは権力が…」
「それしかないなら、スピカの存在を私の力で隠してしまえ。」「いや、それだと不便になります…。」
やいのやいの、知らぬはスピカばかりなり…。
昼食時、カストルがペトラノームの好みをがっちり押さえたので静かな食事風景が広がっていた。はからずも爆睡したレグルスは本来の敏腕伯爵家当主の顔で席に着いている。
「ところでスピカ、3ヶ月後に成人した未婚の若者が集う夜会があるが、急ぎでドレスと宝飾品を仕立てねばならぬだろう?」
「そうですね…せっかく金鉱脈が見つかったことですし、ロックバード産の魔糸織物と合わせてマーガレットにでも依頼しましょうか。」
「大精霊の威光をふりかざすならほれ、この石は珍しいらしいぞ?」
プリンを堪能していたペトラノームがおもむろに濃い青色の石をテーブルの上に転がした。
「サファイア?」「ラピスラズリ?」
「人間たちはタンザナイトと呼んでいたが?」
「「「…タンザナイト!!!」」」
レグルスの目と口が開きっぱなし、驚愕の希少宝石が出てきた。宝石の鉱山も持つスカイリア家当主でも見たことがない大きさと品質だ。
「まぁ、そんな貴重な宝石失くしてしまったらお返しできませんし…」
八の字眉で遠慮するスピカに向かってペトラノームが更なる爆弾を落とす。
「私を迎えに来た山の奥、森の淵にもう一つ山があったろう?そこでいくらでも採れるから心配するな。今回はいくつあれば足りるのか?ほれほれ遠慮するな。」
じゃらじゃらとどこから出したのか、大小合わせて30個ほどある。?しかもいくらでも採れるって言わなかったかしら?
「それじゃあ、お礼にお菓子をたくさん作りますね!」
………うん、2人が良いなら良いのだろう。周りの大人は深く考えないことにした。正解。
「うぉっほん、カストルは宝石の研磨師と彫金細工師の手配を。アルバークはスピカと一緒にロックバードの山の調査を頼めるか?マーガレットには私からも連絡しておく。」
「移動は…」「次のお戻りまでにチョコレートをご用意しておきます。」「私に任せよ。」
さすが、カストル。これで移動の憂いなく調査とドレスの準備ができるわ。これから暑い季節だしみんなのためにひんやりデザートでも用意しなきゃね。
思案顔のスピカにスイーツの気配を感じたペトラノームがそわそわしているが、カストルが今晩のデザートにババロアをすすめたらあっさり落ち着いた。凄腕!
「お父様、タンザナイトはお任せしました。明日ロックバードに戻って調査したらご報告の日程を鳩に託しますのでお時間作っていただけますか?」
「もちろんだ!離れたくないが仕方あるまい…一旦王都に戻っていろいろやらねばならないから数日後になるだろう。今晩は久しぶりにゆっくり話がしたい。」
スピカは父の深い気持ちを感じると同時に、母や弟妹との再会も安心して臨めそうだと思った。
良かったね、スピカ。それにしてもカストルが優秀すぎる…スカイリア家は人材に恵まれました。




