エピローグ1
死の願いは同時に生への祈りである。
細やかで、大それた願いと祈り。
どんな立場、産まれ、生き方をしようとも胸に秘めている。
呆気なく終わりを迎える事もあるだろう。終わって欲しいと願う程に続く事もあるだろう。何も残せず、有象無象の中に溶けるとしても、確かに世界にいたのだ。
「ミランジュ。何故、フローラとアリュスの関係を隠していたのですか?」
王城の一角。白翼の騎士団が集う円卓の会議場にて、魔法騎士の面々がミランジュを見据えている。
「あら、叔母様。別に隠してなんていませんわ。報告書の通り人造人間の材料として使われているだけで、あの2人は血縁関係があるとは言い難いですもの」
「血縁とは言っていない。勘違いをするな」
「あら、ごめんなさい」
剣先の様に鋭利な視線を物ともせず、ミランジュは笑顔を振りまいた。
南の防衛拠点アネモスの一連の事件は、世間を大いに騒がせた。
10年前から人造人間の製造が始まり、フローラが占拠する以前のアネモスでは9割近くの労働は少女達が担っていた。7年前の帝国との戦争もまた少女達に任せきりだったのだ。
先代の赤翼の騎士団長は、健康な体を手に入れる方法の模索と、戦力と労働力の補強の為に帝国から知識と技術の提供の取引を行った。帝国側は極北大陸と魔女の有用性から取引の3年後に戦争を仕掛けた。
7年前の戦時中、先代は自ら作った子供達が倒れていく姿に、追悼せず酒を飲む魔女達の姿に後悔し、終戦後に研究と製造を止めた。
だが、現在の騎士団長は異を唱え、対立する事となる。
悠々自適の暮らしを惜しむ者は多く、魔女として優秀であったが病弱な先代側に付く者はほとんどいなかった。そして、先代は騎士達によって捕らえられ、今から3年前に幽閉された。
このままでは人造人間が道具として消費され、魔女が堕落してしまう。
それを恐れた先代は、幽閉された塔をアトリエと定め、短い命を削りながらある研究を進めた。
かつて帝国の魔術師が教えてくれた魔術。記憶と人格の転写である。
そして、自らの記憶と其れによって構成される人格を地杖の宝石へと転写し、人造人間達へ使用する権限を与えた。
少女達が生きる権利を得るための識と魔法の技術を与える師として、魔女の堕落を防ぐ警告の杖として、未来の国を守り救う存在になるはずだった。
だが、転写は未完成のまま先代は亡くなり、杖に宿る人格に歪みが生じた。
堕落した魔女達は塔も杖もそのままの状態で放棄し、姉の死と自分の変化を恐れながらも現状を打破しようと模索するフローラが辿り着いてしまう。
「フローラを含め、意志のある人造人間達の能力を知っている筈だ。あれらがアリュスの傘下に下れば、反逆の恐れもあったのだぞ」
ミランジュは、ネフィリアード達と別行動を取り、拠点内で起こった事態について情報収集を行っていた。先代の手記、人造人間達の研究記録、堕落した魔女達が貯めに貯めた領収書など、膨大な情報を手に入れ、白翼の騎士団と女王へと報告を行った。
無論、アリュスに関する内容も含んでいる。
「アリュスちゃんが、そーんな野暮な考えを起こす筈が無いじゃありませんか」
「あれは帝国の所有物だ」
「いいえ。帝国を捨てた人間です」
花のような笑顔のまま、ミランジュはその言葉を断じた。
「皆さんもご存じでしょう? アリュスちゃんはブティックを経営して、ネフィちゃんを大切に想っている優しい人だって。私は、彼を信じます」
「アリュスとネフィリアードの正体を知っても、おまえは味方を続ける気か」
大病院の医院長と学園の理事長の願いによって、虹の薔薇の花より産まれた魔女ミランジュ。
英才教育を受ける日々。周囲の期待は重荷となり、幼い彼女を苦しめた。
そんな彼女を救ったのは、白翼の騎士団より監視を命じられたネフィリアードとコルエだった。何も知らない2人は、ただのミランジュとして慕ってくれた。
彼女にとって、〈幼馴染〉〈友達〉として3人一緒に花畑で過ごす時間が、何よりも幸福だった。
「えぇ、勿論ですわ。私は友達の味方であり、国を守る騎士ですもの」
迷いのない回答に、白翼の騎士団長であるミランジュの叔母は深いため息をついた。
場所は変わり、黒翼の騎士団の屯所にて、コルエとリュアンナは始末書を書いていた。
ネフィリアード率いる黒翼の騎士団第一部隊は、無断で出撃し、アネモスの城壁破壊及び内部で戦闘を行った事に対して、厳重注意が成された。また、城壁の修繕費を一部負担するように命じられた。
随分と軽い処罰だったのは、クリスマスツリーからの一連の事件を解決し、アネモス内部の実態を知るきっかけになったからだ。
巨大魔動車に関して確かに当たれば深手を負うが、強烈な破壊力はコルエの魔法によるものだったので、大きな声は上がらなかった。今後の運搬事業を見据えて技術者たちと議論される予定だ。
「門を破壊して突破をしようとしたら、どうなっていたのでしょうか」
「多数の爆発が起きて、生き埋めの可能性が高いかな。僕がいるから無意味な話だけどね」
さらさらと紙に文章を書いていくコルエは、何気なく言った。
「少女達は、今後どうなるのでしょうか」
「ネフィとアリュスくんが何とかするってさ。ミランジュから色々と聞いているけれど、あの2人に任せるのが最適解だ。僕達は、意見をして良い立場ではない」
「……そうですね。ただ……何処か後味が悪くて、苦しいです」
フローラがアネモスを占拠したのは、半年前に遡る。
寿命が迫る姉達を救いたいと思うと共に、同じだったはずの身体の変化に自分だけ生き残るとフローラは察した。姉たちの命を救い、自分達の生きられる場所を作るには国を変えるしかないと考え、堕落した魔女達の目を盗んで行動するうちに、古びた塔に辿り着く。
埃だらけの塔の中で、一際輝きを放つ杖を見つける。
思わず杖を手に取ると、声が聞こえる。
〈助けましょう〉〈救いましょう〉〈自分の為、皆の為〉
最初の内は助言程度だったが、徐々に精神が浸食され、自分かそうでないのか境界線が曖昧になって行った。
けれど、曖昧になればなるほどに、魔法はより強力になり、堕落した魔女達を圧倒した。
そうして、フローラはあっという間に南の防衛拠点アネモスを掌握したのだ。
これでようやく姉達を救う方法を探せる。そう思ったフローラだが、彼女達の身体はもう取り返しのつかない所まで来てしまっていた。
幼いフローラが行動したところで、最初から遅かった。
「後味なんて、いつも何処か悪いものさ。良い点を見つけて飲み込まないとね」
赤翼の騎士団の面々は救助された。毒を盛られた者、拷問を受けた者もいるが、総じて人造人間より治療を受け、死なない様に処置がされていた。
苦しい日々を送った彼女達だが、拷問に同情は出来ても、それ以上は何も無い。人造人間の少女達の売買と売春の強制、軍の予算の横領等の余罪が溢れ返っていたからだ。
彼女達は解雇され、裁判を行うために監獄に収容された。
赤翼の騎士団自体は、他の騎士団から招集された魔女達によって再編成がなされた。
そして、住民達の多くは更生施設への入所が命じられた。人造人間の正体を知らずに細々と暮らしていた者や、全く世間と関わらずに研鑽を積んでいた芸術家など一部の住民のみが今も拠点内で暮らしている。
「知っているかい? 赤翼の騎士団長にネフィも候補に入っていたそうだよ」
「えっ……流石に駄目ですよ。先輩はこれから経験を積んで成長する人ですから、いきなり上の上の立場は荷が重すぎます」
「その通りだ。候補に挙げた魔女に対して、リュアンナと同じ意見を言う人が多くて、直ぐに却下されたそうだよ」
へぇ、と言ったリュアンナだが、その情報の出所が気になった。
「ミランジュはとても働き者だよね。流石は親友だ」
顔に出ていたのか、リュアンナの疑問に対してコルエは答えを言った。
「もう少し見習ってはどうですか?」
リュアンナは呆れた様子で、コルエの始末書を見る。
そこには、巨大魔動車が雪煙を上げて爆走する文章で構成された絵が描かれていた。




