55話 共に
生まれ持った肉体の復元。多くの魔術の術式が肉体に刻まれ、魂が縛られてしまったアリュスには造作も無い。
記憶を取り戻した時からできはした。だが、自分だけ元の容姿に戻れて良いのかと昔を想い、無意識に壊れた容姿に安心をしていた。ネフィリアードやコルエの変身魔法を通して、変わっても良いのではと少し思えるようになった
「俺を見て、どう思う?」
「綺麗だ」
「具体的には?」
ネフィリアードの耳がぴくりと動き、悩まし気に上を向いた。
「誤魔化しは無し」
追撃を受け彼は目を強く閉じ、そして開くと重い口を開く。
「……私の目も、義眼なんだ」
「うん。そんな話を殻の神が言っていた」
ブラックダイヤモンドの義眼。確かに殻の神はそう言っていたのをアリュスは覚えている。
「だから、少し……魔女達とは見え方が違うんだ」
彼は言葉にするのを躊躇している。しかし、直ぐに意を決した様子で、アリュスをしっかりと見据える。
「き、君の魂は、私が見てきた誰よりも綺麗だと、思う」
「魂……?」
出会った当初を思い返せば、理解が出来る回答でもあった。
臓器の無いアリュスは、呼吸や心拍数、体温を計れない。
記憶を封じ、死ぬ為に潜り込んだアリュスを魔道兵器の箱の中から発見し、〈生きている〉と見抜ける人は早々いない。
あの場で気づいたのは、ネフィリアードだけだった。
健康診断を行う研究の魔女達は、興味深そうにアリュスに何度も語っていたのだ。
「この義眼は人の外見と共に、魂の光や色が見えるんだ。君は沢山の色が入り混じっているのに、どれを欠けても君では無くて……光り輝いていて、何処から見ても、いつ見ても綺麗なんだ」
喜び、悲しみ、怒り、憎しみ、魂の光は常に様々な色を三つ目心眼の黒鷲の義眼は映し出している。便利であるが時に息苦しく、自分が人ではないと認識させられる。
その中で、アリュスに出会い、魂の光に強く惹かれた。
底の無い悲しみ。行き場のない業火の怒り。それらと同等に全てを包み込む深い慈愛。様々な感情の色が渦を巻き、吐き気すらする程に濁り淀み、それと反するように生物を超越した透明度を湛えている。その光は、人であることを捨ててはいなかった。
どんな人だろう。どんな表情を浮かべるのだろう。どんな声で話すのだろう。
生まれで初めて強く惹かれ、興味が湧いた。
「コルエ達の光も勿論綺麗だが、アリュスは……その、一目見た時から離したくないと強く思って……」
「それが保護をしてくれた理由?」
アリュスの義眼には、オパールが使用されている。
見る角度によって違った色合いが見える遊色効果があり、虹を内包したかのように石は美しい輝きを放っている。ネフィリアードは其れを遠回しに伝えていた。
「そう、なる。自分でも、我欲が過ぎると思っている」
耳を下に下げて自分自身に呆れるネフィリアードに対し、長いローズレッド色の髪の間だからオパールの義眼がきらきらと輝いている。
「幻滅しただろう?」
「別に。君にもちゃんと欲があるって感心した」
「あ、あるに決まっているだろ。揶揄わないでくれ」
先程まで硬かったネフィリアードの表情が、柔らかくなった。
「ネフィリアードのお陰で、今の俺はここに居るんだ」
もしも別の人に保護されていたならば、穏やかな心を育むことは出来なかっただろう。
どうせ相手は死ぬのだから助けるなんて無駄だと思い、手を差し伸べようとはしなかっただろう。
「自信持ちなよ。ネフィリアードの努力は、きちんと実を結んでいるんだから」
「……そうだな」
肩の荷が下りたのか、ネフィリアードもまた大樹にもたれかかった。
全身を覆う氷河の内包する色を映しとった様な独特な水色、帝国人であれば髪、動物であれば鬣に近い黒の体毛。独自の進化を遂げた極氷の民の体毛は、宝石にも似た透明感と光を時折のぞかせている。
「君は……ネフィリアードはさ、人として死ねる?」
身体の8割は星界神石によって構成され、大怪我をすれば殻の神の加護によって即座に治癒が開始される。心は人でも身体は人ではない。
「寿命自体は用意されているが、私次第だと聞かされている。もう、生物とは言えない体だからな」
「怖い?」
人として生きて欲しいと願い、生活や常識を教えてくれた相手が最もかけ離れた場所にいた。アリュスはネフィリアードへ寄りかかる。
「あぁ、怖い。今は人として生きられても……何処かで歯車が壊れてしまえば、私も先代女王のようになるかもしれない」
いずれコルエやミランジュは老い、そして亡くなる。同じ道を進む権利のあるネフィリアードだが、国を守って欲しいと願われれば生きる道を選択するだろう。
その時、本当の孤独が彼の元へと辿り着く。
「変化に合わせて、服も仕立て直さないとね」
「えっ……?」
思わぬ言葉に、ネフィリアードはアリュスを見る。
対してアリュスは、目を細め、いつも彼に見せる優しい微笑みを浮かべた。
「俺は、最後まで一緒にいるよ」
生物の枷が外れ、死ぬことが出来なくなった実験体。
ここが終着点でも構わない。アリュスは、ネフィリアードに微笑む。
「君がもし、どうしても死にたくなったら、俺も連れて行ってよ」
「アリュス。それは……」
生きとし生きるもの達の〈形〉を司る殻の神であれば、アリュスの魂を肉体から分離させることが出来る。
「それなら、寂しくないでしょう?」
ネフィリアードは言葉を詰まらせ、拳を握り締めた。
「……いいのか?」
「良いから言っている」
解かれた拳はアリュスに触れようとしたが、躊躇ってしまう。
「全く、君は本当に可愛い人だなぁ」
アリュスは呆れたように、愛おしそうにそう言うと、ネフィリアードの首へと腕を絡め、抱き着いた。
身体を硬直させたネフィリアードだったが、次第に力が抜け、アリュスの背中へと腕を回した。
「私は……ひどく、寂しがり屋なんだ」
「知っているよ」
「もうあの時の様に、置いて行かれるのは嫌だ」
強く惹かれたのは、自分と同じだと思ったから。
この人なら理解してもらえると思ったから。
母を求める子供の様な一方的な欲求は、相手に重くのしかかる。
だから、人と人との良い関係を築こう。
そうすれば、きっと離れずに、近い距離にいてくれる。
「けれど、私の感情に君を巻き込むのは……違うと思う」
願望を押し付け、胡坐を掻くのは、アリュスに対して不誠実だ。
孤独と寂しさを埋めるのは、死ではないとネフィリアードは知っている。
「ネフィリアードはどうしたいの?」
アリュスは彼の首に回していた腕を解き、その黒い瞳を見つめる。
「死を想うよりも、共に未来を思い描きたい」
もう小さな部屋に縛られた子供ではない。
自分の足で立ち、花束を携えて愛する人の元へ歩ける大人だ。
「うん。未来も、死も、全部一緒に行こう」
空を覆う分厚い雲の隙間から、僅かに光が射しこみ、結晶は青く輝く。




