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蒼虹結晶の樹の元で2人は契を交わす  作者: 片海 鏡


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51話 結晶の庭園

 ネフィリアードの身体を借りる殻の神は、差し伸べるように出していた手を動かし、フローラへ指を差す。


「キミは契約違反だ」


 極北大陸へ滅亡を呼び寄せてはならない。

 私利私欲の為に生きとし生きる者達の命を脅かしてはならない。

 神々の定めた生物の理を歪ませてはならない。

 そして、我々が守るこの子に決して危害を加えてはならない。


「なにそれ? 一方的に言い出して、訳わかんない」

「あぁ、分からないのは当然だ。虹の薔薇の少女と現女王と交わした種を守るための契約なのだから」 


 その言葉にフローラは大きく目を見開き、顔を歪みる。


「おまえ……! まさか」

「罪には罰を。罰には慈悲を」


 差していた指を解き、強く握りしめる。


金剛蟲王ダイヤモンド。包囲せよ」


 ネフィリアードが調査の為に放っていた結晶の虫達が集まる。

 それらは形状を変化させ、中には星界神石の植物から現れ、万華鏡の模様のようにドーム状に隊列を組む。


「開眼せよ。千里黒眼鏡オニキス


 ネフィラードの影から、何かが伸びてくる。

 巨大な百合の蕾に似た其れはフローラの位置まで到達すると、開眼をする。


「性格悪すぎ!」


 地杖を手放せないフローラは、千里黒眼鏡オニキスより這い出る無数の影の手に絡め取られ、下へ下へと飲み込まれていく。

 影の手の一本が殻の神へと伸び、エスコートするかのように差し出される。


「アリュスさん」

「彼を返してもらえるまで、離れない」


 迷いも躊躇いも一切ない回答に、殻の神は静かに微笑みを浮かべる。


「折角僕が居るのに神様の独壇場だったな」


 パンジーを抱えたコルエは軽く肩を竦めながら、リュアンナと共にその影から離れる。


「いいや。コルエさんには助けられたよ。あの魔法の封印を行ってくれたから、我々の力の使用を最小限に済ますことが出来た」


 周囲を星界神石が覆い尽くすが、それ以外は何も発動していない。これが魔術、魔法、神の御業が発動すれば、大規模な被害が発生するだろう。

 たとえ神々が生きとし生きるもの達の死に嘆こうとも、それは一時の事であり、〈嘆き〉を感じる規模は、人の価値観と単位とは次元が違う。


「神様に褒められるのは悪くないね。仕方ない。女の子達や民間人の事は、僕とリューに任せてもらおうか」


 共に行きたいが少女達だけでなく、赤翼の騎士団や現地民、そしてミランジュ達もまだ拠点内にいる。


「寝坊助を頼んだよ」


 これまでの会話から千里黒眼鏡を通して向かう場所に目星がついているコルエは、アリュスに向かって言った。


「任せて」


 アリュスがコルエへ応えると、殻の神は影の手を取る。

 一瞬にして中へと引き摺り込まれる。以前の黒鏡は通路に似た形式で移動をしたが、今は海や湖へと落とされたかのように、下へ下へと落ちていく。

 どこか懐かしさと心地よさすら感じるのは、睡眠に似た緩やかな降下だからだろう。

 そして、海底より光が射し、溢れ出す。


 青を抱き、虹色に輝く花の領域。

 殻の神の支配下に置かれた領域。


 アシュル達が降り立ったのは、中庭の様にぐるりと高い建造物に囲まれた場所だ。結晶の花畑が広がり、その中心には星界神石に絡め取られた巨大な大樹が大地に根を伸ばしている。

 白い樹皮の大樹には葉の一枚も無く、その代わりに傘の様に四方に広がる枝先には複数の蕾を付けている。最も大きい蕾は人間の頭部ほどの大きさがある。


「神界星石に覆い尽くされた虹の薔薇、か。虹と言うよりは……蒼虹晶そうこうしょう樹って呼び名の方が良いかもね」


 ネフィリアードを木の根元に座らせたアリュスは、立ち尽くすフローラを見る。


「辛いでしょう? 皆が君に優しくしてくれていたのに……負けを認めていたら、こんな事には成らなかっただろうね」

「なにを、した」


 浅い呼吸をしながら、苦し気に胸を抑えるフローラはアリュスを睨みつける。手足が震え、地杖を持つ力が弱まるが、それでも離そうとしない。魔法を発動させようとするが、どれも不発だ。


「その息苦しさに関しては、俺は何もしていない。この領域は、産まれて来たロズマキナ人は二度と踏み入れてはいけなかった。ただ、それだけ」


 アリュスはそう言ってフローラに近付くと、軽く額を押した。

 力は殆ど入れていない。だが、フローラの足は縺れ、呆気なく倒れた。本人も何が起きたのか分からず起き上がろうとしたが、身体にはもう力が入らない。


「殻の神は極北大陸に蒼虹晶樹が根を張る事を許す代わりに、内側から変えて行った。でも、樹としての生態は変わらない。哺乳類にとって同種の子供は守るべきものだが、植物は違う種に切られないようにするには、無効化や弱体化をさせるんだ」


 妖精樹は全体を通して十数年に一度花をつけ、実を結び、次世代の種である妖精を生み出す。だが、極北の大陸の蒼虹晶樹の場合、全てを書き換える必要があった。1つに集中する力と本能を分散させるために産まれる数を増やし、争いを極力減らす為に性別を一つに絞り、文化を築くことで理性を育み、人種として確立させたのだ。

 けれど、その中でも例外は必ず生まれる。様々な要因で精神が壊れ、他の種を滅ぼし養分とする本能が目覚めてしまった個体、それが〈闇の魔女〉である。


「そこに殻の神の力が加わって、蒼虹晶樹の護衛や種を取る例外個体を除いた存在は、意志と身体の結びつきが一時的に断たれるってわけ」

「でもアタシは」

「純正のロズマキナ人じゃないから、効果は半減されると思った?」


 アリュスはフローラを見下げながら、顔と頭部に巻かれていた包帯を外す。

 直視してしまったフローラは目を見開き、言葉を失う。


 右目が隠れる程に長く伸びたワインレッドの髪。ややたれた左目に浮かぶ瞳は黄色だが、瞳孔は山羊のように横長の長方形の形状をしている。中性的な整った顔立ちをしており、血が全く通わない白い肌は丸で雪の様だ。


「帝国と手を組んでいるなら、幾らでも外見を似せられると思って静観していたんだ。でもムスリカさんの話と君の行動から、その肉体は特別製だってわかった」


 フローラについてムスリカから情報を得ていた。

 これまで製造されたホムンクルスは意志を持たなかったが、8年前のムスリカ世代の誕生を皮切りに一転した。全ての個体が高い水準の意志を持ち始めたのだ。

 意志を持つ為にはとある材料を必要とし、フローラは最も配分量が多かった。

 それが、アリュスの身体から抜き取られた臓器と血液、そして髪だ。

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