第92話 大番狂わせ
誰もが想像すらできなかった展開。
メリダの圧勝だと思っていた観客は大いに湧く。
「ガイアが倒されるなんて……」
メリダはこの結果に海夕の認識を改める。
大きく息を吸って吐く。
気持ちをリセットし、このバトルに向き直る。
メリダの顔つき、目が変わった。
この瞬間、海夕はメリダからとてつもない圧を感じた。
「来て、ワタツミ!」
メリダはガイアと同じ竜をフィールドに召喚する。
青色の鱗、細身の体躯、鼻のところに角が生えている。
ファンタジーに登場する海竜。
それを彷彿とさせる存在感あるモンスター。
それに対して海夕のニュクスは『黒杖覚醒』の代償を払っている。
効果は強力だが、使用後は全ステータスが1分間半減する。
余裕綽々だった先ほどまでのメリダなら1分間待ったかもしれない。
今のメリダは違った。
「ワタツミ、『オーシャンブレス』!」
ワタツミの口から水を圧縮した高水圧のブレスが放たれる。
ニュクスは回避行動を取るが、『黒杖覚醒』の代償によって攻撃範囲の外に出れなかった。
【ニュクス DOWN】
たった一撃。
『黒杖覚醒』の代償で全ステータスが半減していた。
それでも、『ドラゴンフォース』といったバフを付与していない一撃でニュクスを倒した。
これには、海夕に傾きかけていた流れが元に戻った。
「お願い、アナスタシア」
青い甲冑で体を覆い、身の丈ほどの大剣を構え登場する。
今まで純白の甲冑を纏っていたが、変わっている。
それに加えて、手にしている大剣も刀身が青く輝いていた。
進化した影響か。メリダの警戒度が大きく上昇する。
「ワタツミ、『竜宮の律』『ドラゴンフォース』!」
ワタツミが『竜宮の律』を発動すると、フィールドに雨が降り始めた。
アナスタシアが雨に当たった瞬間、素早さ低下のデバフが付与された。
それと同時にワタツミは『ドラゴンフォース』で全ステータス2倍になる。
この時、アナスタシアとワタツミのステータスのバフ・デバフを示す項目の横に数字が表示されていた。
300という数字から刻一刻と減っている。
「カウントダウン……?」
海夕はこの数字がカウントダウンということに気づいた。
それ以上のことはなにもわからない。
ただ、一つだけ海夕が確信を持って言えるのは、長期戦を避けて短期戦で決める。
「アナスタシア、『ソニックスラッシュ』!」
先に動いたのはアナスタシア。
素早さデバフが付与されているとは思えない速さでワタツミに接近する。
それに対し、ワタツミは動かない。
「ワタツミ、『海竜の鳥籠』!」
アナスタシアの剣がワタツミに振り下ろされた瞬間。
剣とワタツミの間に水の壁が立ちはだかる。
それがアナスタシアの剣を止め、ワタツミには届かない。
「『ダブルスラッシュ』!」
その状態でも、スキルを使い強引に突破を試みる。
だが、それよりも早く水の壁が変形し、アナスタシアを包み込む。
球体と化した水の中に閉じ込められたアナスタシアは思うように身動きが取れない。
「アナスタシア、『疾風・辻斬り』!」
「ワタツミ、『オーシャンピラー』!」
アナスタシアを閉じ込めた水球の下に魔法陣が出現する。
直後、重力を無視して水柱が立ち上った。
それにアナスタシアは飲み込まれたと思われたが、既に脱出している。
気づいたら、アナスタシアはワタツミの背後に移動していた。
その姿は既に剣を振り終えた後の構えだった。
脱出時にワタツミをすれ違い様に斬って一太刀入れていた。
これには思わずクスッと笑ってしまうメリダ。
決して海夕を侮っていない。
それでも、『海竜の鳥籠』から脱出し、ワタツミに攻撃を当てたのは、アナスタシアが初めてだった。
今まで誰も破れなかったスキル。
それを破られたのが、心のどこかで嬉しい。
メリダはそう感じていた。
アナスタシア、ワタツミのカウントダウンは既に半分の150を切った。
それを確認した海夕は切り札を切る。
「アナスタシア、『超加速』『閃剣解放』!」
素早さのデバフを振り払うように『超加速』で一気に素早さを上昇させる。
そこに『閃剣解放』が合わさる。
メリダにとって未知の効果の解放スキル。
それに加えてニュクスが覚醒まで使ったことで更に先を警戒する。
「『オーシャンスフィア』!」
「『神風・一文字』!」
フィールドの降り注ぐ雨が意思を持っているかのようにワタツミの周辺を避ける。
一瞬にして、ワタツミを覆うように半球状のバリアが展開される。
そのバリアの奥にいるワタツミに向かってアナスタシアの剣が横薙ぎに払われる。
アナスタシアの剣が半球状のバリアを少しずつ押し込む。
あと少しで突破する。
そう誰もが確信したが、バリアが少しずつアナスタシアの剣を押し返し始めた。
今も尚降り注ぐ雨によって『オーシャンスフィア』のバリアは構築されている。
つまり、雨が降っている限り、永遠に修復を続ける。
圧倒的破壊力を秘めた攻撃を叩き込み、一撃で破壊するしか『オーシャンスフィア』を突破する方法はない。
押し返され始めた以上、今のアナスタシアの攻撃では突破できないのは明白だった。
「アナスタシア、『閃剣覚醒』!」
アナスタシアが覚醒スキルを使うと同時に緊張感が高まった。
メリダは当然、このバトルの決着を見届ける観客席も同様に。
「なっ!」
この緊張感を打ち破るようにワタツミの『オーシャンスフィア』は散り散りになった。
あまりにも一瞬の出来事に、メリダはアナスタシアがなにをしたのかわからなかった。
それでも、即座に次の一手を繰り出していた。
「ワタツミ、『オーシャンデトネーション』!」
アナスタシアがワタツミとの距離を詰めるよりも早かった。
まさに一瞬。
音速に近い速さで水の衝撃波がアナスタシアを貫いたが、ギリギリのところで耐える。
「アナスタシア、『神風・十文字』!」
ワタツミはアナスタシアの間合いの外にいた。
アナスタシアの剣は横に薙ぎ払われ、一回だけ虚空を斬った。
そのはずだったが、ワタツミのHPは大きく削れていた。
そして、カウントダウンが0になった。
この瞬間、フィールドに振り続けた雨が止んだ。
それと同時にアナスタシアに付与された素早さのデバフが消える。
それだけじゃなく、ワタツミのバフも消えていた。
アナスタシアは剣を再び返すように薙ぎ払った。
これもワタツミには当たっておらず、虚空を斬っただけに留まる。
だが、これまたワタツミのHPは大きく削られ、残り1割となっていた。
ワタツミは『竜宮の律』の効果により、バフが強制解除されている。
それでも、メリダはこの状況を打開できると思っていた。
アナスタシアもまた、覚醒スキルの反動を受けている。
そう思っていたが……。
「な、んで……」
アナスタシアは覚醒スキルの反動を受けていなかった。
それもそのはず。
まだ『閃剣覚醒』の効果は終わっていない。
その本来の効果は追刃。
このバトル中に繰り出したスキルを不可視の刃として叩き込む。
ワタツミの『オーシャンスフィア』を破ったのは、これまで発動したアナスタシアの攻撃スキル。
それら全てが凝縮された不可視の刃。
更に『神風・十文字』による不可視の刃が追加でワタツミを襲う。
【ワタツミ DOWN】
ワタツミが倒された瞬間、メリダは膝から崩れ落ちた。
一方で海夕は柄にもなく、ガッツポーズをし、全面的に喜びを露わにしていた。
白黒スタジアムにいる全員の予想を大きく裏切る結果。
まさかまさかの展開。
世代最強と言われるメリダの敗北。
これにより、鬼姫はギルドバトルに勝利に王手をかける。




