嗤う41
「残念だったわね。この剣は理を崩すのよ。魔力もろとも斬れるし、最強の剣よ」
勇者が振るった聖剣が一閃の輝きを放ち、何十にも重なった歪な手を切り裂いた。
次第に薄黒い魔力の塊が霧散していく。それに合わせてダークエルフの少女が前のめりに倒れた。
訪れたのは僅かな静寂。
「――リーア!」
それを破ったのは緑髪の少年エルフ。倒れた少女の元へクルトが這い寄る。勇者にやられた衝撃波で壁に強打された彼は立つこともままならない。
洞窟で脇腹を押さえて踞る少女へ大声を叫びながら安否を確認する少年は、傷を見て胃の中身を吐き出しそうになった。
リーアの脇腹には穴が出来ていた。手で覆う場所から血は出ていないが、獣が食い破ったような大穴が勇者の魔法によってなされた。
それを見てクルトは蒼白な顔でリーアを呼び掛ける。どうしようにもないほどの重症。出血していないのは救いかもしれないが、これほどの傷を治せる回復薬は持っていない。
リーアはかろうじて意識を保っている。早くダンジョンから出て病院へ行かなければ死ぬ――。
「クソみたいな魔法。何を支払ったのか知らないけど、儀式魔法をわたしに向けたこと後悔なさい」
その二人に立ちはだかるのは、白く輝く聖剣を向けた小柄な少女。
洞窟内にも生息している光苔によって照らされたそれは、少女の外見を模したおぞましい化け物でもある。人の形をしたものが音を発していた。
クルトは絶望した。化け物が目の前にいることに。
ダンジョンに生息する魔物よりも凶悪で、未知の生き物。これが本当に人間なのかと疑ってしまう。
「やめてくれ! 何が望みなんだ!? できることなら何でもする、リーアを殺さないでくれ!」
必死に紡ぐ。リーアが死んでしまう。そんなの駄目だと焦りに焦って、クルトは少女へ願う。
「わたしの望みは魔族の皆殺し。それに、儀式魔法なんて使うやつを放っておけない。とっても危険なのよ。わたしは勇者だし、危険なのは排除しないとね」
嗤いながら勇者は歩む。クルトの希望を叩き壊すように聖剣で地面を叩き、音を鳴らすという行為によって恐怖心を煽る。
二人の前へゆっくりと距離を狭める勇者は笑みを深め、歪んだ顔を更に狂気で上塗りした。
こつんこつんと音を立てながら進むと、上目遣いで瞳に涙を滲ませた少年エルフが待っている。反抗する気も失せたのか、両手を地面につけて頭を擦り付けた。
「頼む、何でもする。命だけは……」
勇者の眼下ですがるような声でクルトは懇願した。勇者はそれをあえて無言を返し、無様に頭を下げる男のこめかみを蹴った。
「――ぐっ」
命乞いをしたクルトは壁際まで転がり、邪魔が居なくなったことで勇者はダークエルフを観察する。
下着姿の少女に外傷は一ヶ所だけ。勇者の雷属性による腹部の風穴。火傷痕が痛々しく、脇腹を大部分損失していて意識が朦朧としている。
軽く見ただけだとこんなものか。
「これなら放っておいても死にそうね。……この傷じゃ助かる見込みはない」
様子を見ただけで分かる。このダークエルフは助からない。
瀕死のダークエルフを助けるには応急処置をして病院へ行くか、回復魔法を習得している者に治してもらうしかない。
その二つはほとんど不可能と言っていい。
ここはダンジョンの中層。病院へ行くためにダンジョンを下りるにしても急いで一週間はかかる。その上、魔物が蔓延る魔窟では最短距離を駆け抜けることはできず。
後者である回復魔法習得者はここには勇者ぐらいだろう。といっても、勇者の覚えている回復魔法は初級魔法の疲労を癒すものか、禁術指定の再生魔法のみだが。
なお、勇者が施しをすることはしない。もう痛めつけるのは飽きてきていた。それよりも新しい玩具が目の前にいることから反応を楽しむことにする。
「嫌だっ、リーアが死ぬはずない!」
勇者のダークエルフを観察した上での言葉に取り乱すクルト。軽く頭を蹴って壁際にぶつけてしまったのか、額から血を流している。
泣きそうな顔でクルトは叫んでいた。
漠然とリーアが助からないことに気付いていたのだろう。一刻も早くダンジョンから抜け出したくても目の前の少女がそれを許すとは思えない。
「そんなこと言われても、こいつ死ぬでしょ」
踞るリーアの前に立つ勇者はクルトの叫びに面白おかしく笑みを浮かべると、意識朦朧とした少女の髪を掴んだ。
洞窟内でなおも色褪せない銀髪を握ると上に引く。空洞となったお腹が痛いのか無意識に押さえており、視点が定まっていない。目は開いているものの眼孔は揺れている。
少女の髪を掴み、無理やり顔を上げさせても反応が薄いことを確認する。そして、勇者は無造作に手を離した。
自然落下ならぬ前へ倒れるリーア。リーアという少女が死ぬのを信じられないクルトのためを思い、勇者は勇者として行動する。
前方へ倒れ――こちら側に倒れてきたリーアへ勇者はその場でステップを踏むと右足を上げて跳んだ。
顔面を容赦なく蹴りあげるとゴキッと骨が折れた音。合わせて、小さくない衝撃がリーアを襲う。鈍い音を立て、反動で後ろに吹き飛んだ少女は鼻と口から血を出した。
「……、ぁ」
「ほら、今のでほとんど反応ないし、鼻が折れたのにね。これはもう駄目なんじゃない? ふふ、なにそれ……その顔」
勇者の前で苦悶の表情をするクルト。リーアを痛めつけた勇者を、倒すことも止めることも出来ない自分。傍観するしかない無力さに心が締め上げられる。
勇者はクルトの内心を見透かすと笑いが込み上げてきた。想い人を守れないのはとても辛いのは勇者も理解している。
だからこそ、同じ目に合わせている。魔族を痛めつけ、暴力をもって尊厳を踏みにじり、築き上げたものを壊す。
魔族を蹂躙するのは勇者の役目なのだ。
人族に出来なかったからこそ、勇者は異世界に召喚され今ここにいる。
あらゆる手を使ってでも、やり返すのだ。やられた屈辱を胸に、亡くなった彼女や人族のために魔族を根絶やしにする。
――そうすれば世界は平和になるのだ。
「なんで、なんでこんなことを……。お願いだ……お願いします。どうか見逃してください」
ひざまづいたクルトは無抵抗なまま泣いていた。唇を噛みきったのか口から血が出ている。
涙の雫が床に垂れ落ち、嗚咽が響く。
悔しいのか。己が情けないのか。ただ、拳は固く握って震えていた。




