嗤う42
「いやよ。でも、そこまで言うなら考えてやらなくもないけど。ふふふ、どうしよっかなあ」
「……リーアだけでも、見逃してほしい。オレならどうなっても構わないから……」
「あら、自己犠牲とか素敵なこと。助け合ってお互いの生存率を上げるって理に適ってるし、とても素晴らしいことだわ。――でも、すごく気持ち悪い。魔族の馴れ合いとか吐き気がするんだけど」
リーアは既に意識を手放している状態でこのままいけば死ぬのは確実。死人同然な女を見逃してほしいと懇願するクルトは勇者から見れば鼻で笑ってしまう。
代わりに自身はどうなっても構わないと宣うクルトは滑稽を通り越して哀れでもある。勇者はそこまで言うならと、口角を上げて笑みを作った。
「そうだ、こうしましょう。あなた一応剣士なんでしょ? なら、剣士として未来を捨てるの。そうすれば、あなたたち二人にわたしは手を出さないかな」
正直、この二人に手を出さなくても死ぬ。明らかに出血多量で、それなりの回復魔法が使えなければ生還するのは不可能だ。
「……剣士の未来を捨てる?」
このエルフは見てくれは剣士だ。勇者の認識だとエルフが剣士をやるなんて滑稽極まりないが、この男は魔法を使えない。
使えないというと語弊があるが、ダークエルフの女のように儀式魔法を使うこともなく、最上級魔法を使うこともない。
要はエルフの取り柄である魔法が使えないゴミ以下なのだ。剣士の腕としても勇者とは天と地ほどにある。
「利き腕を切り落とせって言ってるのよ。その女を助けたいならね」
必然的に、未来を潰すという名目なら手を切り落とせばいい。剣を握れなければ剣士としていることもできない。普通の生活も利き手がないのは致命的だ。
「手を切り落とす……?」
「ああでも、それだけじゃつまらないし。んー、そうね。この女にあなたの腕、食べてもらいましょ。想い人ならそれぐらいできるでしょ。豚にお似合いな食事だし、家畜に相応しい行為よね」
「そんな……」
「やりたくなければ無理しなくてもいいわよ。潔く死ねばいい」
どこまでも無情な勇者にクルトは怨嗟が募るが、拳を握りしめるだけに留める。実力差は歴然とあり、歯向かった所で更に酷いことをやらされて殺される。
生きるにはこの悪魔に従うしかないのだ。
愉しそうに話しながら手を切り落とせと平然と言う異常者に抗えない。
意識のないリーアにすら酷い苦痛をまた与えようとしている。目の前の少女は悪魔だ。悪魔が少女の体を乗っ取ったというほうが頷ける。
クルトの葛藤は早かった。従順になるしか生存の道はないのだから。
「……そうすれば見逃してくれるんだな?」
「ええ、わたしは手を出さない。勇者として誓う。ほら、わたしの気が変わらないうちよ。この女には腕食べてもらうために、ある程度は治してあげる」
「…………わかった」
言質を取るとクルトは頷いた。手を切ってリーアに食べてもらう。吐きそうになるほどひどく醜い想像が過るが、こうするしかない。
クルトは勇者の言う通りに手を切断しようと剣を持つ。勇者が回復魔法を掛けると言い、手をリーアへ翳したのを見てクルトは目を瞑る。
――深く息を吸って覚悟を決めた。
勇者は宣言通りにリーアの意識を戻すため魔法を使う。詠唱破棄で展開した魔法は禁忌魔法、 再生の理を埋め込んだ魔法式を脳内で羅列した。
この魔法はあらゆる欠損部位を治し、傷や欠損した部位までも治すことが出来る回復魔法だ。欠点としては重症を負った傷を治そうと使えば、ショック死しそうなほどの痛みに襲われる。この魔法はあくまで再生。負った傷までも再生し、治療と平行して更なる痛みを味わう。
この魔法は高位の神官にしか伝わっていない魔法であり、使える者は勇者含めてごく少数のみ。
拷問用に適した魔法でもあり、道徳的に世間から忌み嫌われた魔法。過去に世界条約により、禁忌魔法と認定されてからは魔法式も破棄され、年代を重ねるにつれ、そんな魔法があったことも忘れ去られていた。
勇者もこの魔法を知ったのは偶然だ。聖堂教会という国に訪れたときに見た魔法。表向きは勇者として歓迎されたからこそ、魔法の一端を垣間見れたことで魔法式を知るきっかけにもなった。
この魔法はあまり魔力に恵まれていない人族では使えないものでもあり、精細な魔力操作が必要な魔法でもあることから魔族にも扱えない魔法。
勇者はどちらも兼ね備えており、勇者として選ばれたからこそ使える魔法でもある。
それに、勇者は痛みを感じない。痛みという痛覚を排除した体は魔力を消費するだけであらゆる欠損部位を回復する。
この禁忌魔法は勇者にとって回復系統の魔法の中で万能に昇華した。
――勇者の無詠唱の魔法はリーアを覆う。穴が空いていた所が徐々に塞がっていき、折れ曲がった鼻が修復されていく。
強制的な痛みを引き起こされたリーアは呻き声をあげた。




