嗤う40
勇者が舐めきった態度をとっているのはいつものことだが、この世界の魔法が著しく低下していることも関係している。
この類似世界に勇者が転移されてから魔法はあまり見ていない。
小規模な魔法なら見た。ゴーレム草原と呼ばれている場所で徒党を組んでゴーレムに群がる冒険者が使っていた。
勇者からすれば児戯にも等しい魔法だったが、魔法の練習も兼ねてゴーレムに挑んでいたなら頷ける。
ゴーレムの習性を利用した練習方だ。ゴーレムは何かを守ったり、道を阻んだりする行動しかしない。故に行動範囲は狭く、ある一定距離をとって魔法を撃ち込むのは破壊力を容易に確認できる。
魔法使いからすればゴーレムは格好の的なのだ。
だが、勇者が見たのは必死こいて魔法を詠唱する初心者のような魔法使い。前衛がゴーレムの駆動部分を削り、魔法使いが一撃の魔法をお見舞いしてやるとばかりに詠唱した不可解な魔法式。
結果は見るに及ばず、中級魔法にすら届かない火属性の魔法。ゴーレムからすれば肌を撫でるような火加減。
あれは練習しているとかの感じではないし、後から同行していたクロスティやゴールドから聞けば中級者に位置するパーティらしい。
勇者はあれで中級かと疑問しか浮かばなかった。
もしも、この世界が魔法や剣技のレベルが低いと仮定して、あの拙さで中級者と呼ばれているのは熟練者もたかが知れてる。
上との差が激しい場合もあるが、勇者ならば一掃できるだろう。
魔王によって転移させられたパラレル世界は言うなればイージーモードだ。元いた世界がベリーハードすぎるのもあるが、目の前のエルフが使う魔法は良くて上級魔法。
勇者は魔法が完成したらしいダークエルフを前にする。
洞窟の部屋の壁際でクルトを守るように抱き締めた銀髪エルフが赤い瞳で勇者を射ぬいた。
「――アルマ・マネハール」
薄い黒色を纏った魔力が式を作り、顕現された魔法が勇者へ向かう。
対峙した勇者は魔力の流れが視える。一般人ならば不可視の魔力だが、研鑽を積んだ魔道師や一流の剣士ならば視認出来るものだ。
勇者が見たのは薄黒色の魔力。そこから詠唱によって形を成した手。
黒い手が歪なほどに魔力の塊から無数に生え、勇者へと伸びてくる。手から手が生え、掴もうとしている姿はおぞましいの一言。
そもそも、この手は物質化していない。魔力で練られて形を成したが、所詮ただの魔力体である。魔法の形容からも物理的な攻撃性は皆無と断言してもいいが――。
そんなことよりも、だ。
――自分でなにをやったか分かってるのか。
勇者は余裕を消した。放ってくる魔法が上級魔法以下だと侮っていたが、全くの別物。そこにあった慢心を捨て、最速で身体強化を施す。
既に対処をする体勢に移っており、魔法の前兆から発動の流れを分析する。
勇者は魔法の形や魔力の流れを見れば大まかな種類が解る。目の前のエルフがやった行為は微弱な魔力を土台に魔法式を作り、足りない魔力分を何かしらで払った上でこの世に顕現する魔法。
これは――。
「――儀式魔法かよ」
何かを代償に強力な魔法を唱えることができる卑怯技。エルフは何を代償にした。寿命か、臓器か、視力か。はたまた命そのものか。
そもそも、この魔法をどこで覚えた。この魔法は国の上層部しか知らず、秘匿されている魔法技術。この魔法を研究した術者も限りなく少ない。
勇者も少しだけ研究したが、魔法式を暗記するだけに留めて資料を破棄した。儀式魔法は危険すぎると知ったからだ。
世間にこの系統の魔法――儀式魔法が認知されたのは魔族と戦争していた頃に聖堂教会が神徒を生け贄に使ったことでだ。
聖堂教会が使った儀式魔法では天使を召喚し、魔族を滅ぼした。生け贄になった五百名の神徒もこれでうかばれると思っていたら天使は聖堂教会のほうにも矛を向け、光の槍が聖堂教会支部に直撃した。
大多数の神官が亡くなり、余波で戦争に参加していた冒険者も散々となった。もはや、天使を止める術はなく、召喚した術者の命令を背いて破壊の限りを尽くした。
両方に多大な被害が出て、冒険者や聖堂教会の支部も壊滅した状況でどうすることもできなくなったのである。
召喚された天使が居なくなったのは儀式魔法を唱えた術者が死に、しばらく経ってから。
ほとんど何も残らなかった街は広野となり、人も消えた。
儀式魔法は威力があるが、使う者がいないのは代償が高いということもある。
聖堂教会が使った儀式魔法の代償は命。跡形もなく命という命を捧げ、魔族を引けたとして何の意味があったのか。
この魔法は規模は小さいといえ、危険だとあの日にこの目で消え去った街が脳裏を過る。
勇者が防衛用に覆っている魔力壁を広げ、簡易の結界を試みるも易々と突き進む黒い手。
儀式魔法に嫌な過去を思い浮かべた勇者は最適な魔法を選択し、後ろに跳んだ。
歪な手と術者を睨みつつ、右手を掲げる。魔法式を作り上げて魔力を練り、その結果として右手の周りに放電現象が起きた。
「――貫け、ライトニングッ」
紫電が迸った。
中級魔法の詠唱破棄。洞窟内の小部屋は明るくなり、勇者の手から伸びる雷撃。中級に位置する雷が銀髪のエルフに命中した。
一直線に光が瞬くとエルフの脇腹を抉る。肉片が散ることもなく風穴が空き、洞窟の奥を破壊する。
それでもなお、黒い手となった魔力体は止まらない。緩慢な動きで勇者に寄ってくる。
術者を撃てば魔法式が崩れると思ったが、どうやら違うようだ。効果が分からない魔法に触れるわけにもいかず、勇者は舌打ちする。
洞窟内の部屋は手狭だ。このまま手をこまねいていれば捕まる。物質化していない黒い手の集合体を討つにはどうすればいいか。
思考するまでもなく、手札の内の一つを勇者は切った。
「――聖剣よ、我が手に舞い戻れッ」
――召喚魔法。勇者として生きることを決めた日に授けられた一本の剣。世界を救うために世界の意志が宿る剣をこの手に喚ぶ。
膨大な魔力が収集し、一つの魔方陣が現れる。
「――セカイよ、力を貸しなさい」
世界の調和を正す魔方陣から、純白に輝く聖剣の柄の部分が出てくる。勇者は聖剣の全身が現れるまで待つのがもどかしく、剣を握ると引き抜き様に一閃した。
白い軌道が歪な手を切り落とす。切られた部分から全体が霧散していく黒手を見ながらエルフに言う。
「残念だったわね。この剣は理を崩すのよ。魔力もろとも斬れるし、最強の剣よ」




