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「ちょっとちょっと!」
昼休み。
学食に向かおうと席を立つと、詩織が慌ただしく駆け寄ってきた。
いつもクールな彼女らしくない。
「どうした」
「なにって、新見さん。どうしたの?」
「……俺にもわからん」
詩織が言っているのは、この一週間の新見の様子についてだろう。
これまでの彼女は、休み時間は常に誰かと会話し、過ごしていた。でも今週はどうだ。机に向かってライトノベルを読みふけり、返答は最低限。話しかけられれば反応はするが、基本的に自分から誰かに話しかける様子は見られなかった。
周りも異常に気が付いているようで、教室の雰囲気はこれまでに比べて明らかに異質だった。
「まさかあそこまでハマるなんて、思ってなかったんだ」
「……私も正直、信じられない。あの新見さんがねぇ……」
そう言う詩織は、どこか複雑そうな面持ちだ。
「なにか不満なのか?」
「まぁ、ちょっとだけ」
「というと」
「だって、今までさんざんラノベのことディスってたのに。ちょっと複雑かな」
「まぁ、たしかに」
詩織の言い分ももっともだ。この一週間、新見は前のような態度をとってはいないものの、過去の振る舞いが消えるわけじゃない。
詩織やオタクグループの人間からしたら、複雑な気持ちだろう。
そんな噂をしていると、金髪ズの片割れである一松が新見に歩み寄っていくのが見えた。
新見は彼に気づかず、読書に没頭している。
「おい、朝日」
「……」
「おいって!」
「あ、カズヤ。ごめんごめん」
新見はラノベから顔を上げ、一松の方を向いた。
「そんで、どしたの」
「朝日。お前どうした?」
「どうしたって……どゆこと?」
「とぼけんなよ。今週入ってからずっと、そんな小説読んでばっかじゃねぇか」
「そうだけど、いけない?」
「悪くはねぇよ。でも、お前らしくない」
「アタシらしくない……まぁ、そうかも」
「だろ?」
決めつけっぽい言い方が癪に障るが、実際、彼も困惑しているのだろう。この状況では仕方が無いようにも思える。
「そんな本読むのやめて、今まで通り、俺たちと楽しくやろうぜ?」
「うーん……まぁ、気が向いたらそうするわ」
「気が向いたらって……」
「カズヤやみんなには悪いって思うケド。今はちょっと、こっちに集中したくて」
そう言って、いとおしそうにラノベを撫でる金髪ギャル。シュールな光景だ。子育てかよ。
「つーかお前、まじかよ」
「どゆこと」
「だって、あいつらと一緒じゃねぇか」
一松は、ちらりとオタクグループに視線をやった。彼らは蛇に睨まれた蛙のように委縮する。
「……別によくない?」
「はぁ? お前だって、いつもバカにしてたじゃねぇか」
そう言われ、新見はうつむいた。
なにか思うところがあるのだろうか。はたまた、図星でぐぅの音も出ないだけか?
しばしの間、新見はうつむいていたが
「……よし」
「あ、おい!」
いきなり席を立つと、一松の制止を振り切り、つかつかとオタクグループへと歩み寄っていった。
彼らは困惑した表情で肩を寄せ合っている。
「あのさ」
新見はリーダー格のメガネをかけた細見の生徒に向き合う。が、彼はオドオドした様子で目を逸らす。
彼の気持ちもわかる。いきなりギャルに詰め寄られたら俺だって同じ行動をする自身がある。自慢じゃないがな。本当に自慢じゃないな。
「は、はい……」
「ごめん!」
勢いよく、深々と、頭を下げる新見。
彼らだけじゃなく、教室の誰もが呆気に取られていた。
「先週は、勝手に決めつけてディスっちゃって、ほんとごめん」
「は、はぁ」
「そういう訳だから、じゃ」
そ言って、彼女は元の席に戻っていった。
詩織を見ると、小さな口をあんぐりと開け、信じられないものを見た、といった表情をしている。いや、詩織だけじゃない。クラス全員が呆気に取られていた。
もちろん俺もだ。