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「――ということがあってですね」
「へぇ~」
週末。都内某所。
俺は編集者と喫茶店で打ち合わせをしていた。
「で、それが新作のプロット?」
「いや、違いますって」
「うーん……今風で面白そうだけど、夕月先生の新作にしては、ちょっとベタすぎるかな」
「だから実話って言ってるじゃないですか」
「いやいやいや……」
目の前の女性は、わざとらしく肩をすくめる。
本題に入る前の世間話がてら、俺は新見の件を話していた。が、目の前の彼女はなかなか信じようとしてくれない。
「そんなラノベみたいなこと、現実で起こるわけないでしょ」
だが、彼女の意見ももっともだ。俺も逆の立場なら「嘘乙」の一言で片付けていることだろう。
「本当なんですってば」
「はいはい、わかったってば」
絶対信じていない様子で、編集者――酒井 由紀は大げさにうなずいた。栗色の長い髪が揺れる。
その顔つきは理知的というよりも少し幼く、大人の女性、というよりかは知り合いのお姉さんといった感じだ。酒癖も悪いしな。
ただ、彼女は売れ筋の作家を多く任されており、編集者としての能力は信頼できる。
苗字からわかる通り、彼女は詩織の姉だ。クールな詩織と性格は正反対だが、髪色とか共通点は多い。
「それで、本題に入るけど」
ホットコーヒーを啜り、彼女はそう切り出した。
「最終巻の原稿、進んでる?」
「それは……」
「その様子じゃ、まだみたいね」
言葉に詰まる。
俺が新人賞を受賞してからかれこれ一年。
受賞作は三巻で最終巻となっていたが、当の三巻の原稿がまったく進んでいなかった。
これも、あの一件のせいだ。あれ以来、俺はラノベを書こうにもアイデアそのものが一滴も浮かばなくなってしまった。
「締め切り、8月までですよね」
「えぇ。……まぁ、私としては、そんなに急ぐ必要はないと思ってるんだけど」
由紀さんは、俺があの一件以来、スランプに陥ってしまったことを知っている。この発言はそれを慮ってだろう。
「でも、編集部はそうじゃない」
「……」
「香月ユノ――夕月先生の名が知れ渡っている今こそが、最良のタイミングであると考えているわ」
「……それ、皮肉ですか?」
「皮肉でもなんでもない。事実よ」
俺が新人賞を受賞したのは、去年の春、高校一年に上がった時だ。幸い、その年の夏には刊行することができ、新人としてはなかなかの売り上げを叩き出すことに成功した。二巻もそこそこの売れ行きで、すべてが順風満帆に進んでいた。
が、そこである問題が起きた。
その件に関して、俺に非はない。断言できる。しかし、世間サマはそんなことどうでもよかったらしい。
「それが悪名であっても、売り上げに繋がれば正義。商売とはそういうものよ」
彼女の言葉は正論だ。出版社を頼って世間に本を出している以上、俺が反論する資格はない。
返す言葉もなかった。
しばし、沈黙が訪れる。
「といっても、暗い話だけじゃないわ」
「というと」
「ハープ先生って知ってる?」
「えっと……イラストレーターでしたっけ」
「そうよ」
最近、業界で耳にする機会が増えた名前だ。ここ数年で突如として業界に現れ、有名となったイラストレーター。年齢・経歴ともに不詳。といっても、個人情報が不明のクリエイターはそう珍しくない。
彼(もしくは彼女)が有名な理由は、そのイラストにある。ハープ氏の描くそれは、イラストというより絵画といった表現がしっくりくる。ある種の神々しさを感じてしまうほど、完成度が高いのだ。しかし、だからといって芸術に寄り過ぎず、萌えとのバランスが絶妙であることも彼・彼女を神絵師たらしめる要因だろう。
著名な画家が身分を偽って活動している、なんて説があるぐらいだ。
「彼、あるいは彼女から、直接オファーがきたのよ」
「俺の作品に、ですか?」
「えぇ。香月ユノ先生と一緒に仕事をしたい、って」
驚きだ。
ハープ氏はTwitterやpixivで活動しており、個人で作品を発表するにとどまっていた。まさしく時の人、といった人気の彼・彼女だが、多くの企業がオファーしたらしいが、すべて断ったらしい。
そんな彼が、ライトノベルという商業作品のイラストレーターに志願するなんて、どういう風の吹きまわしだろう。
「新作どころか、まだ完結すらさせていないのに。そんなことってあるんですか?」
「本人きっての希望よ」
「そりゃまぁ……嬉しいですけど。どうして俺なんですか?」
「あー……」
目を逸らす由紀さん。何か隠している様子だ。
「何か、裏があるんですか」
「まぁ、裏と言えば裏かな……」
なにやら引っ掛かる物言いだ。
「夕月先生って高校生作家って肩書じゃない」
「そうですね」
「それに、香月ユノってペンネーム。一部じゃ女子高生作家って噂されてるわよね」
「まぁ……そうですね」
俺は出版する際、個人情報を守るため性別を明かさなかった。作品やTwitterでも、ペンネームである香月ユノとして振舞っており、俺――鹿野夕月にかかわる情報をひた隠しにしていた。
しかし、それが「香月ユノ、女の子説」なんていうトチ狂った説が広まる原因となってしまったことは、歴史上類を見ない悲劇だろう。
編集部の「それっぽく匂わせておいたら話題になるんじゃね?」といった悪ノリも原因の一端である。
「それがハープ先生とどう関係してくるんですか」
「どうやら、あなたを女子高生と勘違いしているみたいで……」
「えっ……それはつまり、ハープ先生は女子高生と仕事をしたがっているってことですか?」
「まぁ、そうね」
「やばい人じゃないですか。通報案件ですよ」
「そう言うと語弊があるんだけど……」
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