8
週末が明け、月曜日。
新たに始まる一週間に胸を高鳴らせる……なんてことはなく、ひたすらに気が重かった。
「はぁ……」
理由はもちろん、先週のいざこざだ。
幸いにも、先週のあの後、彼らに絡まれることはなかった。
しかし、土・日曜日を挟んだことにより、噂が広まっている可能性がある。
見ず知らずの人間に「評論家気どりのオタクw」とか言われた日には、縄で首をくくりかねない。豆腐メンタルだし、俺。
……冷静に考えると、結構不味いことをやってしまったのでは?
まだ朝早いので、廊下は閑散としている。
重い足取りで教室に入ると
「ん?」
珍しい姿を見つけた。新見だ。
彼女は遅めに登校してくるので、朝早くに教室にいることは少ない。
先週の件もあり、若干きまずい。彼女を避けるようにして、そそくさと席に向かう。
「ねぇ」
いきなり呼び止められた。
もしかして「先週の迷惑料。5兆円」とか言われるのかな。払える訳ないだろ。
「不足分は体で払いますから、どうか……」
「なに言ってんの? イミフなんだけど……」
心の声が漏れていたようで、普通に引かれた。
「気にしないでくれ。それで、何か用?」
心の傷を隠して、普段通りにふるまう。これ、字面だけ見ると主人公っぽいな。
「ほら。先週、ラノベ貸してくれたじゃん」
そういえばそうだった。
週末が忙しくて忘れていたが、俺は彼女にラノベを貸していたのだった。
「読み終わったんだけど」
「もう読み終わった……というか、読んでくれたのか」
「ま、まぁ、暇だったし」
ラノベといえど、普段本を読まない人間ではかなり時間がかかる。
「それで、どうだった。面白かった?」
「まぁ、普通ってカンジ? 可もなく不可もなく、的な」
そんなもんか。ハマってくれたら嬉しかったが、前みたいに頭ごなしに否定してこないだけマシと言えるだろう。
というか、読んでくれただけ御の字だ。
「あのさ」
新見はそういうと、落ち着かない様子で視線をさまよわせ始めた。
「あの本って、続きとかあるの?」
「あるけど」
「貸してくんない?」
「別にいいけど、どうして」
「いやほら。一巻だけじゃ、判断できないっていうか。学食がかかってるんだし」
勝っても負けても学食は奢るんだけど。と言おうとしたが、口ごたえして機嫌を悪くするのも嫌だからやめた。ほら、いきなりナイフで刺してくるかもしれないし。金髪だから。
俺が二巻を渡すと、新見はいそいそと席へと戻る。すぐにページを開き、読書を始めた。
意外だった。ちゃんと続きを読んで判断するなんて。
気性は荒いし短気だが、根は真面目なのかもしれない。
人は見た目によらないって、こういうことなのかもしれないな。
翌日。火曜日。
「めんどいから全部貸してくんない?」
「全部って……結構な量あるぞ」
「べつにいいから」
新見にせかされ、俺は本の山を手渡す。
改めて見ると、無茶苦茶な量だ。「俺ガイル」は、番外編含めて17巻が発行されている。
ラノベは他の文学作品に比べて文字が少ない傾向がある。しかし、このシリーズは他のラノベに比べて文量が多い。俺ですら全巻読み終えるのに一か月近くかかったのだ。
「な、なぁ新見。別に、無理して読まなくていいんだぞ。ラノベは楽しむものであって、義務ではないから……」
「はぁ? 別に、ムリとかしてないんだけど」
「そ、そうすか……」
水・木曜日を挟み、金曜日。
「これ、返すね」
「まさか……全部読み終わったのか?」
「まぁ、暇だったし」
そう言う新見の目にはクマが浮かんでいた。心なしか顔色も悪い。
どうやら、かなり無理して読み進めたらしい。
「それで、どうだった」
「まぁ……面白かった、かな」
「まじ?」
「はぁ? アタシが面白いって言うの、そんなにヘン?」
「いえ別に」
「よろしい」
意外だ。新見が面白い、って言うなんて。
先週の手ひどい罵倒をしていたのと同一人物だとは思えない。それぐらい意外だ。
「そんで、学食の件なんだけど」
「わかってる。でも、一回だけだぞ」
「いや、奢らなくていいってば」
「いいのか?」
「いいってば。あの、その代わりと言っちゃなんだけど……」
もしかして、もっと高い品とか要求されるのかな。国とか。
「他のおススメ、貸してくれない?」
「新見……」
そっぽを向きながら、そう頼んできた。
これが、あの新見? オタクを嫌って、作品を口汚く罵倒していた?
ありえん。あまりの異常事態に戦慄する俺は、ある可能性を思いついた。
「お前、毒でも盛られたのか? それとも、罰ゲームとか」
「もしかして、アタシのこと馬鹿にしてる?」
「いえ別に」
あっ違うんだ。




