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小説が書けなくなっても世界は回る。俺の不調を慮って時間が止まってくれればいいのだが、そんなことはあり得ない。部屋から出たくない衝動をひしひしと感じつつ、仕方がないので登校した。


「おはよ、夕月」

「おぉ、おはよう」


自分の席にカバンを置くと、斜め後ろの席で本を読んでいた詩織が挨拶をしてきた。

彼女の視線は文庫本に向いていて、こちらと目が合わない。

よっぽど読書に集中しているのだろう。まぁ、返事があるだけ朝日よりはマシか――そんなことを考えていたら。


「昨日のデート、楽しかった?」

「……はい?」


氷の刃で、いきなり心臓をつらぬかれたような衝撃。

昨日のデートって……もちろん、朝日と秋葉原に行ったことだよな。

なんでそれを詩織が――と考えて、すぐにある人物の顔が浮かんだ。


由紀さん……!


あの女、詩織に昨日の俺たちのこと話したのか……!

いやまぁ、やましいことは何もない。べつに慌てる必要はないんだが……。


「……一応言っておくが、デートじゃないぞ。ただ遊んだってだけだ」

「日本では、それをデートというんじゃない?」

「いいや違う。日本での『デート』という言葉は恋愛的なニュアンスを含むが、俺とあいつのあいだにそういう感情は一切ないからな」


一瞬、この前の家での出来事が頭をかすめたが、あれは事故なのでセーフだろう。


「べつに、隠さなくていいし」

「隠してない。そもそも、嘘つく理由がないだろ」

「……嘘つかない理由もないでしょ」

「ある。詩織は……貴重なラノベ仲間なんだし。隠しごとなんてしたくない」

「……ふぅん」


対人スキルの低い俺だが、詩織の性格は大まかに把握しているつもりだ。今の「……ふぅん」は、「とりあえず許してあげる。まだちょっと怒ってるけど」を示す。はず。


「それとな」

「なに?」

「本、逆だぞ」

「っ――わざとだし」


あれかな。読み過ぎて内容が頭に入っちゃってるから、新鮮さを味わうためにあえて逆さまにして読んでるのかな。しおりん、おっちょこちょいすぎて草。

俺の中でもうちょっといじりたい欲が出てくるが、せっかく機嫌を治したんだ。また拗ねられても嫌だから黙っておこう。


「あれっ。それって新刊か?」


詩織が開いてるラノベは、俺が刊行から追いかけている人気作品だった。


「ううん。というか、新刊ってもう発売されてるの?」

「確か一週間前にな。俺、まだ買えてないけど」


昨日、ブックタワーで買おうとしたんだが……由紀さんが現れたからな。それどころじゃなかった。

「へ、へぇ。私もまだなんだ」

「珍しいな。詩織が発売日逃すなんて」

「まぁね。……ねぇ夕月。今日の放課後って―――」


そのとき。


「ちょっと。そこアタシの席なんだけど」


朝日の声が耳に入った。しかし、様子がおかしい。いつもの明るくてバカっぽい声音ではなく、どこか張り詰めた雰囲気が感じられた。思わず後ろへ視線を向ける。


目に入ってきたのは、自分の席の前で立ち尽くす朝日。彼女の視線の先には、椅子に座って談笑する田中由衣がいた。


「でさぁ――」


田中は女子数人と会話を続けており、朝日に気が付いていない。

……いや、気が付いてないわけがない。知ってて無視しているんだ。


「ちょっと。由衣」

「あ、朝日じゃん。なに?」

「そこ、アタシの席」

「……あっ、ごっめーん。気づかなかったわw」


そういって席を立つ田中。

しかし、言葉だけ見れば謝ってはいるものの、口調はおどけている。欠片も悪いと思っていない態度だ。


多分……いや、間違いなく田中が朝日の席に座ったのはわざとだ。

動物のマウンティングと一緒で、朝日に対して優位であることをアピールし、自分の地位を周りに知らしめる。そういう意図が感じられる。

前なら、こんなことありえなかっただろう。しかし、今の朝日はラノベに熱中するがあまり人付き合いをおろそかにしてしまっている。そんな状況を利用し、田中がカーストを上げたいと考えることは不思議ではない。気分のいいものじゃないが。


教室から出ていく田中に取り巻きが追従する。

彼女らが去った後、教室は微妙な雰囲気だけが残されていた。

同情半分、好奇心半分といった視線が朝日に注がれる。


今のは……結構きつかったんじゃないか。

そう思って朝日を見ると、意外にもダメージを受けていない、というかまったく気にしていない様子だ。


あんなことがあった後なのに、カバンからラノベを取り出して、それを机の中にしまって、こちらに向かって歩いて――って、え?


「ねぇ、夕月」

「な、なんだよ。新見」


内心めちゃくちゃにイラついてて八つ当たりでもしてくるんじゃないかと思い、つい身構えてしまう。

しかし、当の朝日は


「今日の放課後って空いてる?」


と、聞いてきただけ。

なんだ、いつもの朝日じゃん。

と、安堵したのは一瞬だった。

ここは教室。当然クラスメイトがいる。それに、あんなことがあった直後だから彼らは朝日に注目しているわけで……。

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