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「それは……」
「そんなに嫌なら……つまらないって言ってよ。行きたくないって断ってよ!」
「……俺は行きたくないって行っただろ。それに、この前だって断ったじゃないか」
「そんなの言い訳じゃん。本当に嫌だったら、もっと強く拒絶できたでしょ……夕月なら!」
「っ……!」
心臓を鷲掴みにされたみたいに、冷たい汗が額を伝う。
たしかに俺は、本気で朝日のことを嫌っていなかった。それなのに、俺は……!
「もういい。知らない!」
夕焼けに照らされる彼女は、涙ぐんでいた。
呼び止める暇もなく、そのまま走り去ってしまう。
「ま、待ってくれ!」
ワンテンポ遅れてしまったことを悔やみながら、俺は朝日を追いかけた。
―――――――――
走る。走る。全速力で走る。
普通なら、男である俺が追いつくのは容易だったはず。しかし俺は半分引きこもりのような生活をしているので、女子である新見を追いかけるのにも全力を使わなければいけない。
なので、俺が朝日に追いつくころにはお互い体力を使い果たしていた。
「はぁ……はぁ……なんでっ、追いかけてきたの。ほっとけばいいじゃん」
「そんなわけっ、いかないだろ……ふぅっ」
「そんな息切らして。バカみたい……っ」
「それはお前もだろっ……!」
橋の欄干に背を持たれかけ、体力を休める。全力で走ったせいか足が痛い。なによりも辛いのは喉が痛んで喋りづらいことだ。
「……アタシがいけなかったんだ。鹿野は嫌がってたのに、それに気づけなくて」
同じように鉄製の柵に持たれかかる朝日は、神田川を覗き込むようにして俯いている。
「それなのにデートとか言ってムリヤリ連れてきて。迷惑だったでしょ、好きでもないやつに振り回されて」
「そんなことない……」
「いいよ、気使わないで」
堂々巡りの会話。さっきとの違いは、朝日が自分を責めるようになっただけだ。
このままじゃ埒があかない。いくら話したって、逃げられて、追いかけて……の繰り返しだ。
「そんなことないって――――さっきも言ってたじゃん。俺は嫌だった、だから断ったって。嘘つかないでよ……!」
「――違うんだ! 聞いてくれ!」
「ひゃっ!」
朝日の肩を掴み、無理矢理こちらに向き直らせる。
俺がこんなことをするとは思っていなかったようで、その瞳は驚愕に見開かれていた。
「な、なに!? てか、離してってば!」
「――悪かった、ごめん」
「えっ…………」
まさか謝られると思っていなかったのか、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして驚く朝日。鳩が豆鉄砲食らった顔って小説とかじゃよく見る表現だけど、具体的にどんな顔なんだ。
いや、今はそんなことどうでもいい。目の前の朝日に集中しろ。
「い、今さら謝られたって……」
「別に許してもらえなくても構わない。でも、勘違いしてほしくないんだ」
「勘違い、って」
「まぁ……正直、朝日と出掛けるのは億劫だった。少なくとも楽しみにはしてなかった」
「ほら……!」
「でも! 初めは乗り気じゃなかったけど、話していると楽しくって……悪くないって、いや、楽しかったんだ」
「……嘘つき」
「嘘じゃない。本当に嫌だったら、俺は何も言わずに帰ってる。そらは朝日も知ってるだろ」
「それじゃあなんであんなこと言ったの。友達じゃないなんて」
「…………怖かったんだ」
「怖かった……?」
「俺が友達だと思っても、相手はそう思ってないかもしれない。実は朝日も無理してるだけで、俺のことを嫌ってるんじゃないかって」
俺は怖かったのだ。新見に拒絶されることが。
もしも俺が友人だと言って、彼女に笑われたら。拒絶されたら。
父さんや姉さん。あいつの時みたいに、また裏切られたら。
そうなるぐらいだったら、初めから近づかない方がいい。だから「気の知れた友人なんかじゃない」と言って壁を作った。
陰キャという自虐もそうだ。自分と彼女の住む世界が違うということを意識しておけば、わかり合えなかったとしても言い訳ができる。
「アタシは―――私は! 夕月のこと、嫌いなんかじゃない!」
「……口ではいくらでも言えるだろ。でも、相手の心の中が見れない以上、裏切られるリスクは否定できない」
「なんでそんなに難しく考えるの? 信じるだけ信じて、裏切られたら仕方がないじゃん。もしそうなっても、それは鹿野のせいじゃないよ」
「それは……裏切られたことがないから言えるんだ」
「……何があったの? 教えてよ」
「……知ったってどうにもならない。それに、思い出したくもない」
誰の人生にも、トラウマの1つや2つあるはずだ。そして、それを好き好んで他人に教えたがる人間がどこにいるのだろうか。
俺は彼らのことを思い出したくもないし、誰にも話すつもりもない。
沈黙が場を包む。
「ねぇ夕月」
「……なんだよ」
「アタシは夕月のこと、けっこー好きだよ」
「…………」
「夕月はどう? アタシのこと、好き?」
「俺、は……」
言葉に詰まる。答えるのを躊躇してしまうが、朝日の不安に揺れる瞳をそのままにしたくなくて、どうにか言葉を紡ぐ。
「朝日は明るくて、可愛くて、実は結構律儀で。一緒にいると……楽しい。まぁ、疲れるけど」
「うん」
「だけど、わからないんだ。気を許していいのか、全部話してしまっていいのか」
「……そっか」
「……ごめん。答えになってないよな」
失望させてしまっただろうか。
「まぁ……今は、それでいいんじゃね?」
「朝日……」
朝日らしい、大雑把だけど前向きな答え。今は少し、それに救われた気がした。
「まぁ、嫌われてないってわかったし。それだけで十分ってゆーか?」
そう言って彼女は、いつもの笑顔を向けてきた。
不意に心臓が高鳴る。それが緊張の弛緩によるものなのか、走りすぎた反動か、はたまた別のものなのか。今の俺にはわからなかった。
―――
「それにしても……」
帰宅するため、秋葉原駅へ向かう途中。
足を止めた朝日は、何やら企んでいるような、ちょっと小悪魔っぼい笑みをこちらに向け――
「『明るくて、可愛くて、実は結構律儀で。一緒にいると――――」
「おい黙れ帰るぞ」
「夕月、結構褒めるの上手じゃん? めっちゃ気分いいんだけどw」
「うるせぇー……」
……やっぱ腹立つなこいつ。




