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「あれっ、夕月先生」


心臓が大きく跳ねる。なんで。どうして。彼女――編集者、酒井 由紀がここにいるんだ。


「奇遇ね、こんなところで会うなんて」


奇遇なんてもんじゃない。この広い東京で偶然鉢合わせるなんて――と思ったが、よく考えてみればおかしくない。ここは大型書店だ。調査か商談か。NR出版に勤める彼女がここにいる理由なんていくらでも思いついた。


マズい――と思った時には、もうすでに手遅れだった。


「原稿進んでる? 息抜きもいいけど、早く最終巻仕上げちゃってね~?」

「由紀さん……っ!」


彼女からしたら、なんてことない会話だったのだろう。書店で偶然担当作家に会ったから、締め切りの催促をした。プライベートで仕事の話をするのは社会人的にはアウトなのだろうけど、由紀さんと俺はそこそこ距離感が近い。詩織がいるからだ。だから、別におかしな会話だったわけではない。

けど。今はあまりにもタイミングが悪かった。


恐る恐る、後ろを振り返る。


「夕月……その人知り合い? てか、原稿って……」


朝日は俺、それから由紀さんへ視線を向け、困惑の表情を浮かべた。

あぁ、クソっ。


「えっと……もしかして、私やっちゃった?」

「……由紀さん、恨みますよ」


目を丸くし、額に汗を浮かべる由紀さん。今さら気づいたようだがもう遅い。

夕月先生。スーツ姿のキャリアウーマン。原稿。最終巻。

言い逃れするにはあまりにも証拠が揃いすぎていた。




――――





「――という訳だ」


あの後。どうしようもないので俺たち3人は近くのカフェに移動し、そこで朝日に事情を話した。


「えっと……つまり、夕月はラノベ作家で。由紀さんは担当編集ってこと?」

「あぁ、そうだよ……」

「嘘……」


朝日は口を半開きにし、心底信じられない、というような表情を浮かべた。


「え、ガチで? 高校生ラノベ作家?」

「デビューが高一だから、まぁそうなるな」

「めっちゃすごいじゃん……!」


ただでさえ大きな目をキラッキラ輝かせ、尊敬の視線を送ってくる朝日。

こっちは隠していたんだ。もしかしたら機嫌を損ねるかも、と考えていたが、どうやら杞憂だったらしい。というかめっちゃ気分いいな。


「正直、ただの面倒くさいオタクだと思ってた……」

「それ言わなくてよかったよな?」


なんでいつも一言多いのコイツ。そういう呪いでもかかってんのか。


「な、なんか上手くいったみたいでよかったわ。それじゃあ、私はこれで……」

「由紀さん」

「は、はいっ。何かしら?」

「なにか言うことあるんじゃないすかね」

「……ごめんなさい、夕月先生」

「はぁ……」

「たまたま見かけたもんだから、つい……」

「大丈夫です……と言いたいところですが。本当に気を付けてくださいよ。まぁ、今回みたいなことは2度と起こらないでしょうけど……」

「はい……」


普段と立場が逆転していることに優越感を覚えないでもないが、それどころじゃない。

冷静になって考えてみたけど、どうすんだよこれ。もし誰かに喋られたら、俺の学校生活終わっちゃいますよ? もう終わってるようなもんだけど。


「な、なぁ朝日。この件は秘密に……」

「もち。誰にも言わないって」

「あ、朝日……!」


こいつ……なんていいヤツなんだ!

ギャル=口と尻が軽い みたいな偏見を抱いていた俺だが、どうやら間違えだったらしい。


「……ん? ちょっと待って」

「ど、どうした?」

「やっぱ今のナシ」

「……は?」


ちょっとまて。どういうことだ。

嫌な予感しかしない。ちょっとニヤついてるし、朝日。

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