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数多のライトノベルを読破して得た統計的データによると、ここで約80%のヒロインが「凄い……怖かったぁ!」みたいなことを涙目で言いつつ抱きついてくるのが定番なんだが、もちろん新見に限ってそんなことは起こらない。
「別に、アタシ一人でもどうにかなったんだから。無理しなくてよかったのに……」
衆目から逃れた俺たちは、現在昭和通りへ抜ける高架下を歩いていた。
「どうにかなっても面倒くさいだろ。気分だって悪くなる」
「まぁ、そうだけど……なんか申し訳ないってゆーか」
「別に大したことじゃない。あの程度のチンピラなんて珍しくもないしな」
「……その割に、足ガックガクだったケド?」
「……勘違いするな。あれは高揚感によるものであって怖がってたわけじゃない」
「ホント無理すんなし。陰キャなんだから」
そう呟いて、彼女は近場の自販機まで走っていった。
なんだあいつ。礼の一言ぐらいあってもいいんじゃないか?
まぁ、俺が置いて行ってしまったのが原因だから何も言えないけどさ……。
「ほら、あげる」
「え」
自販機から戻ってきた彼女が、サイダーを渡してきた。
困惑する俺。そんな俺をちらりと見ると、彼女はそっぽを向き……
「まぁ、助けられたのは事実だし? 一応、お礼ってゆーか」
「……新見って、お礼できるんだ」
「ちょ、それはバカにしすぎでしょ!」
「悪い悪い。ありがとな、新見」
「朝日」
「え?」
「新見じゃなくて、朝日でいいっつーの。アタシも夕月って呼ぶから」
「に……」
「な、なに?」
「に、新見がデレた!! 俺は夢でも見てるのか!?」
「ちょっ……変なこと言うなし! そういうんじゃなくて、いつまでも苗字呼びなのがくすぐったいからだっつーの!」
「はぁ? これは間違いなくデレだろ。数多のラノベを読破した俺が言うんだから間違いない」
「現実でデレとか使うなし! ほんっとキモすぎ! マジあり得ない!」
彼女は顔を背け、一人でで歩いていってしまう。俺もその後を追いかけた。
―――――
なんとか新見に追いつき機嫌を直してもらった俺は、本屋に行くことを提案した。ちょうど買いたい本があったからだ。
5分も歩くと、神田川の横にある書店に到着した。
「そんで、本屋ってここの何階なの?」
「いや、全部そうだ」
「え、このビルそのものが本屋ってこと?」
「そうだ」
「めっちゃすご……デカすぎでしょ」
書泉ブックタワー。名前の通り細長い形状のビルであり、秋葉原付近では最も大きな書店だろう。場所柄、ライトノベルやコンピュータ関連の書籍が充実しているのが特徴だ。
「こ、これ全部ラノベ……?」
「あぁ」
「近所の本屋の100倍ぐらいあんだけど。やばぁ……!」
「ふっ。そうだろうそうだろう」
八階のラノベコーナーに着くと、新見は興奮を抑えきれないようだった。おもちゃ屋に連れてきてもらった子供のように目を輝かせている。
それもそうだ。なんせ、目の前に広がるのは壁一面に敷き詰められたライトノベル! 色とりどりの背表紙が見えることからも、有名レーベルだけでなく中・小規模なレーベルのラノベを取り扱っていることがわかる。まさしくラノベの聖地。
「これと……これも。あとこれも面白そう!」
息つく暇もなく、彼女は手に持ったカゴに次々とラノベを回収していく。一冊、二冊、三冊……このままいけば十冊は間違いなく超えるだろう。そんな買って財布が持つのか?
「ねぇねぇ夕月。なんかおススメのやつない?」
「そうだな……」
これだけ品揃えが豊富な書店では、おススメしたいラノベは100冊ぐらいあるのだが時間や労力の関係上紹介することは不可能だ。
新見があまり触れなさそうなジャンルで、なおかつ自身を持って『面白い!』と推せるラノベ……。周囲の本棚を見渡し、条件に当てはまりそうなものを探す。
「これとかおススメだな」
「えっと……『りゅうおうのおしごと』?」
「将棋が題材のラノベでな」
「アタシ、将棋とかまったくわかんないんだけど」
「心配しなくていい。この本のミソはそこなんだ」
「とゆーと?」
「将棋という小難しそうでラノベにマッチしなさそうな要素を、未経験の人にもわかりやすく、かつスピード感溢れる文体で記述することに成功しているんだ。そしてなによりもアツい。下手なバトルものなんかより数千倍燃える」
「へぇー、面白そう」
「あとヒロインの殆どが小学生」
「ロリコンじゃん!?」
驚愕しつつカゴに入れる。
「あとは……これとか」
「『無職転生』……あ、これ知ってる! 本屋で売ってた!」
「超が付くほどの有名作だからな。異世界転生の親玉と言っても過言ではない。とりあえず読めば凄さがわかる」
新見は本棚からそれ抜き出し、カゴに入れ……る直前でやめた。
「どうした?」
「これってラノベじゃなくない?」
「え……」
どういうことだ。
もしかして、俺の知らないところで「なろう発の小説はラノベに非ず」みたいな過激思想に染まってしまったのだろうか。だとしたらなんという悲劇。




