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スマホの電源を落とし、PCと向かい合う。
俺のデビュー作――『暁色の僕ら』の最終巻。その原稿を仕上げるためだ。
「現代の若者が抱える悩みを、ライトノベルらしい軽いタッチで表現している。しかし、それは軽薄という訳ではない。ライトノベルというレンズは、登場人物をより生々しく、グロテスクに映し出す。香月ユノという怪物は――」うんぬん。
新人賞の書評を思い出す。審査員は大絶賛。出版社も期待し、新人賞としては異例の増版が何度もかかった。2巻の売り上げも好調。
しかし。あの一件があってから、俺は『暁色の僕ら』の続きが書けなくなった。
今の俺は、どのように物語を完結させるべきなのかがわからない。
俺は――鹿野夕月は――香月ユノは、どんな続きを書けばいい?
読者たちは何を望んで、どうすれば受け入れてくれる?
俺はこのまま、ライトノベル作家でいることができるのか―ー?
疑問は尽きないが、肝心のプロットは1ミリたりとも浮かんでこない。
……今日はやめるか。新見の一件もあって疲れているしな。
俺はベッドに倒れこみ、睡魔に身を任せた。
―――――――――――――――――
美人なクラスメイトに脅迫される、というシチュエーション。意外かもしれないが、これは30冊ラノベを読めば必ずお目にかかれるぐらいポピュラーな場面だったりする。しかし、現実では違う。脅迫は刑法第222条によって犯罪と定められており、そんなロックな行為を平然と行う美人なクラスメイトは存在しないからだ。
「朝日を元に戻すか、これからの学校生活を棒に振るか。選びなさい」
「ひ、ひぇぇ……」
――ただ一人、尾市 琴を除いて。
時刻は放課後。
俺は尾市に呼び出され、逃げる間もなく生徒会室に連れ込まれていた。
「選びなさい。生か、死か」
なんかスケールデカくなってるんですけど……。
「そ、そもそも。脅しているつもりかも知れないが、俺はガチの陰キャだぞ。棒に振る学校生活なんてはじめっから存在しない」
「そうかしら?」
俺の反論空しく、彼女の余裕に満ちた表情は崩れない。それどころか、なにか知っているような口ぶりだ。
「鹿野さん。昨日の放課後、どこでなにをしていたか覚えている?」
「もちろん……俺は帰宅部だからな。まっすぐ家に帰ったさ」
「誰と?」
「……一人、で」
「嘘仰い。朝日とでしょ」
あの日、教室で俺たちの会話を聞いていたのは詩織だけ。あいつが誰かに話すだなんて考えられない。なぜなら話す相手がいないから。
どうして尾市が知っているんだ?
「私、あなたと同じ路線ですもの。まぁ、見つけたのは偶然でしたけど……」
で、電車か!
迂闊だった。一応、ホームで回りを見回すぐらいの注意はしていたが、先に見つかっていたのなら、俺が尾一に気づかなかったのも当然だ。
「ぐっ……俺と朝日が一緒に帰っていたとして。それが脅迫の材料になるなんて思えないけどな」
「カズヤさんに告げ口すれば……その先は想像に任せるわ。それと、脅迫ではなく交渉よ」
紅茶の国もビックリな交渉術だ。確かに、新見に気がある一松がこのことを知れば、俺の学校生活はこれまで通りとはいかなくなるだろう。想像しただけで寒気がする。
目立たず平凡に。高校生ラノベ作家なんて肩書を背負っているのだから、学校生活ぐらい波風立たないよう過ごしたい。
弱みを握られている以上、従うほかなかった。
「……要件はなんだ」
「朝日を元に戻していただける?」
「悪いが、無理だ」
「……どうして?」
「あいつは自主的にああなったからだ。まぁ、発端は俺だけどな」
「そんな言い訳が通用するとお思いで?」
「言い訳も何も事実だろ。俺は本を貸しただけで、知らぬ間にああなっていたんだ。むしろ困惑しているぐらいだ」
「使えないわね……」
コイツ、口悪くね?
品行方正文武両道。学校中の皆が頼れるスーパー生徒会長で、性格もすこぶる良い――そんなイメージがガラガラと音を立てて崩壊していく。
「なぁ、尾市。お前ってそんなキャラだったっけ」
「あなたみたいな有象無象相手に取り繕う必要なんてないでしょう」
「口悪っ。ほら、俺が誰かに言いふらすとかそういう可能性は……」
「あなたにそんな相手がいるなんて思えないし。それに、誰も信用しないでしょ」
「おぉ……!」
余りの正論に、怒るどころかちょっと感動してしまった。やるじゃん……。




