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いける、いけるぞ……ここ数日。ことあるごとに『陰キャ』だの『根暗』だのバカにされていた俺だが、初めて新見に勝てるかもしれない。
さぁ、その手を放せ新見。そして俺に勝利を!
「調子に、乗るなしっ」
「――んなっ!」
な――新見のやつ、今度は両腕で俺の体に抱き着いてきた。
これは――思った以上に恥ずかしい。密着度合いが強くなったことで、新見の息遣い、鼓動、体の震えがダイレクトに伝わってくる。
不味い、せっかく冷静さを取り戻した頭が、またパニックになりかけている。
そもそも、無理があったんだ。確かに数々のラノベでシチュエーションを知っていたとはいえ、現実の俺はこういう経験どころか恋愛経験すらない。新見のマシュマロのように柔らかい体つきも、心地よい息遣いも、ラノベには書いてなかった。そんなあまりにも激しい情報を、経験ゼロの俺が上手く処理できるはずがない。
「この、離、せっ」
「や、だ!」
いつのまにか、目標がラノベではなく体を離す・離さないのチキンレースに変わってしまっている――そう気づいた瞬間、俺と新見の足が絡み、もつれあい、そして――
「「あっ」」
ガシャン!
金属が崩れる甲高い音。
新見を押し倒すように、背後のメタルラックに倒れこんだ。フィギュアたちが雪崩のように降り注ぎ、俺たちにぶつかる。
「いつつ……」「いったぁ……」
体をぶつけまいと、とっさに腕を床に伸ばしたのが功を奏した。新見と衝突せずに済んだからだ。
しかし……これは、どうなんだ。
確かに体はぶつからなかったが、そのせいで――俺が新見を押し倒しているような状況になってしまった。
メガネの奥の、黒曜石をはめ込んだようにまっすぐな瞳。見るもの全てを釘付けにしてしまうような、不思議な煌めきを持ったそれに、思わず見とれてしまう。
お互い無言で、壁掛け時計の針だけが音を響かせる。
視線を合わせたまま、1秒、5秒、10秒―ーどれほど経過しただろうか。
「は、恥ずいんだけど……」
「わ、悪い」
「う、うん」
下手くそな人形師に操られる人形みたいに、固い動きで距離をとる俺たち。
お互い視線を合わせず、床に座り込む。
は――恥っっっず!!
やばい。冷静になるにつれ、自分のしでかしたことの痛さ、恥ずかしさが心を蝕む。
俺、なんであんなことしたんだ? なにが『お返しだよ。俺も抱き着かないとな』だよ! クソバカか! 振り払って玄関までダッシュでよかっただろ!
冷静にさっきまでの自分を客観視してみると、ギャルのおふざけに過剰反応した陰キャ――あれはそういう図式だ。
死にてぇ……。あまりの後悔で体がピリピリしてきた。夜中に黒歴史を思い出して悶える感覚に似てる。
「なぁ、新見」
「にゃ、なに?」
「殺してくれないか、俺を」
「えぇー……」
怪物に精神を乗っ取られかけて闇落ち寸前みたいなセリフだが、紛れもなく俺の本心だ。
「いや本当に……悪乗りしすぎた。ごめん」
「あ、アタシもちょっとやりすぎたかも。マジごめん……」
お通夜ムードって言葉があるけど、あれってこういう場面で使うのが正解なんだろうな。気まずくって新見の顔見れないよ、俺。




