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『さっきまでのは夢だよ(はぁと)』みたいなメッセージに期待していたが、悲しいかな、画面には根暗仲間である『詩織』の文字。原稿の催促とかではないことに安堵しつつ、通話ボタンを押した。
「詩織か。どうした」
『……いや、なんとなく。これと言って用事はないけど』
「じゃあ質問いいか? ここって現実だよな?」
『言ってる意味がよくわからないんだけど、哲学的な話?』
「いや、その反応でわかった。ここは現実だな。じゃあ悪いけど切るぞ。ちょっと立て込んでるんだ」
冷静な詩織の返事でここが現実であることを認識し、気分が落ち込む。そのままの勢いで通話終了ボタンに指をかけるが……
『ま、まって』
「なんだよ」
『新見さん、家にいるの?』
「……まぁ、残念ながらな」
『ふぅん……』
興味があるのか、ないのか。わからない相槌だ。
『仲、いいんだ』
「はぁ? 俺と新見が、ってことか?」
『……それ以外ないでしょ』
スピーカーごしに聞こえてくる詩織の声は、いつもより固い。少し不機嫌な声だ。
「あのな。昼にも言ったけど、俺とあいつは友人でもなんでもない。ただのクラスメイトだ」
『嘘だよ』
「なわけないだろ。逆に、どうしてそう思うんだ」
『だって、ただのクラスメイトなら家で遊んだりしないし』
「それは……人によるだろ」
『人による、って……じゃあ、夕月はどうなの? 普通の、いや、仲の良くないクラスメイトの家に遊びに行くの?』
詩織らしい、的を得た指摘。確かにナチュラルボーン陰キャである俺はただのクラスメイトを家に招くことなんてしないし、たぶん友人でもしないと思う。ワンチャン結婚相手でも別居するかもしれん。パーソナルスペースを占領されるとか考えるだけで地獄だし……。
だが、それとこれとは別だ。状況が違いすぎる。
『私だって、まだ―ー』
「―ーあのな、一つ勘違いしてるみたいだから言っておくけど、あいつは遊びに来てるんじゃない。ラノベを借りに来てるんだ」
『それはそうだけど……』
「それはそうだけど、じゃなくてそれしかないだろ」
俺と新見の関係は知り合いと呼べるかどうかも怪しいラインだ。それにもかかわらず家に上がることになったのはすべてラノベによるものだ。
「というか、なんで詩織はそんなに俺と新見のことを聞いてくるんだ?」
『それは……』
「――あぁ、なるほど? わかったぞ」
『え。う、嘘っ』
陽キャ美少女である新見。冴えない陰キャである俺。家に二人きり。それを見て焦る詩織。これらの状況証拠から、俺の灰色の脳細胞が導き出した答えは――
「俺が新見に感化されて、陽キャになってしまうんじゃないかって危惧してるんだろ?」
完璧だ。次の作品は探偵モノを書いてもいいかもしれない。ミルキィホームズみたいな。
『あー……うん。まぁ、そんな感じかな……』
「その点なら心配ない。俺は陰。心の奥底まで真っ暗な人間だからな。あの程度のギャルに影響されるほどヤワな人間じゃない」
『そんなドヤ声で言うことじゃないでしょ……』
「まぁ、だから安心しろ。明日、俺が突然タピオカを持って登校したり、放課後にナイトプールへしゃれ込むようなことは起こらない。保証する」
『それ、オタクが想像する陽キャ像って感じじゃない? しかもちょっと古いし……』
「うるさいな引き出しがないんだよ」
『ふぅん……それじゃあ、ただラノベを貸りるためだけに家に来たってことなんだ』
「あぁそうだ」
『ほ、本当にそれだけなの?』
「逆に、それ以外に俺と新見がすることってあるのか?」
『……いこととか』
「え、何。もっとはっきり喋ってくれないか」
『え、エロいこととか……』
「何言ってんのお前……? 引くわ」
『う、うるさいっ。冗談だから!』
「もしかして、疲れてるのか? 良かったら相談乗るぞ。まぁ、陰キャなので力になれるかどうかはわからんが……」
『もういい! じゃあね!』
ティロン、という音とともに通話が終了する。
やけに不機嫌だったな。何だったんだ、あいつ?
「……なんてな」
そんなことを言って許されるのは鈍感系ラノベ主人公ぐらいだ。
俺は陰キャだが、そこまで鈍くはない。
恋愛感情か友情か。そのどちらかが詩織を焦らせたのは明白だ。
できれば後者であってくれ。
人間関係というものは脆いものだ。たとえ一滴であったとしても、恋愛感情という劇薬は安定した関係を壊しうる。
俺は面倒なことは避けて生きたい。それが人間関係ならなおさらだ。
そんなとりとめのないことを考えながら、明かりの消えた廊下を後にした。




