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『ネオ・ストレフォ24』セカンドライフ  作者: Hulanes
第一章:やり直しの春
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第7話:酔いしれるブツ

 ギンは不思議そうに言った。


「受かってるかわからないじゃないか」

机の上には、まだ手つかずの封筒。僕の指先が、その端に触れたまま止まっている。破れば全部わかってしまう。それだけのことが、こんなにも怖い。机の角に置かれたままの筆箱、開けっぱなしの参考書。何気ない部屋の景色までもが、今日という日の重みを引き立てているように見えた。


『ギン……』

言いかけて、また止まる。俺は本当に、何をしているんだろう。謝るために戻ってきたはずだった。独房の暗闇の中でずっと練習してきた言葉のはずだった。なのに、今この瞬間さえ、恐怖に呑まれて言葉を差し出せずにいる。


「謝るって?」

『……もしかして、聞こえてた』

「まあ、お前が僕に謝ることなんて、山ほどあるだろうしな」


ギンは笑ってみせた。緊張を誤魔化すための笑いだと、すぐにわかった。瀬宮の手が微かに震えている。追い詰められると笑って受け流す。それは昔から変わらない、こいつの癖だった。俺はその癖を、誰よりも近くで見てきた。夏でもないのに、手のひらだけがじっとりと汗ばんでいた。


『受かってるよ。絶対、受かってる』

「根拠を言えよ」

『根拠なんてねえけどよ。お前は頑張ってきたじゃないか。理不尽なことがあっても、辛いことがあっても、ちゃんと机に向かい続けてきた。それを一番よく知ってるのは、俺だ』


言いながら、視界がにじんだ。まずい、と思った瞬間にはもう遅かった。瀬宮圻の右目から、頬を伝って熱いものが流れ落ちていく。拭っても拭っても、袖が濡れるだけで余計にあふれてくる。


「おい、どうしたんだよ。なんで泣いてるんだ、お前らしくない」

『忘れてくれ。なんでもないからよ』

なんでもない、わけがなかった。この涙の理由をギンはまだ知らない。何度、この日に立ち会えるなら他のことは全部いらないと思ったか。


僕は机に向かって歩き出す。封筒を手に取った。


大きく息を吸う。


ああ、これが親の気持ちというやつなのか。子どもの積み重ねた苦悩を知っているからこそ、報われてほしいと、胸が潰れそうになる。答えはもう知っているはずなのに、ギンの緊張までまるごと引き受けてしまう。手のひらに、じっとりと汗がにじんでいた。


封筒を横一直線に破く。ビリ、と乾いた音。中から白い紙が覗く。取り出す手が直前で止まった。


二十四年間、この身体を動かしてきたはずなのに。こういうときだけは、身体の方が俺より先に答えを知っているような気がする。馬鹿げてると思う。だが否定できない。


俺は知っている。

この一秒先に何が書かれているか。

『見てみろよ』

ギンが積み上げてきた夜も、飲み込んできた言葉も、拳の下で丸めた背中も――全部、俺は覚えている。

『な、言ったろ』

絶望はいつか裏返る。

白い紙が光を弾いた。


【合格】


「まじ、か」

声が震えていた。

『認めろよ。お前はすごい。ちゃんと報われたんだ』


瀬宮は部屋を飛び出し、ドタドタと階段を駆け下りる。

『はしゃぎすぎだ、お前』


階段の下にあの三人がいた。顔を見ただけでわかる。忘れられるはずがない顔だった。


「母さん、父さん、栞。僕、受かったよ」


両親は顔を見合わせて笑い、栞は肩を震わせながら、瀬宮を見て微笑んでいた。そして瀬宮の胸を軽く小突いた。母は目元を指で拭いながら、何度も頷いていた。その仕草のひとつひとつが、あの家では見たことのないものだった。感情を隠さなくていい。ここにはそういう空気があった。


僕の両目から、涙が止まらなくなる。拭っても拭っても、袖が濡れるだけだった。やがて声を上げて泣き始める。この家族の前で、こんなふうに感情を剥き出しにできる日が来るなんて、あの家にいた頃の僕には、想像もできなかった。


窓の外で、夕方の風がカーテンを揺らしていた。西日が壁を薄いオレンジ色に染めている。


俺はふと、独房の天井を思い出した。染みだらけの灰色の天井。あそこで何度も、この瞬間を想像した。もし戻れたら、真っ先に謝ろうと決めていたはずだった。なのに、いざこうして目の前に立つと、言葉のひとつも出てこない。情けないと思う。ようやく手に入れたはずのこの機会を、俺はまた無駄にしようとしている。でも話すべき言葉と、今出せる言葉はいつも違う。俺はそのことを、独房で嫌というほど学んだはずだった。


俺は、それ以上何も考えないようにした。考えれば余計に胸が苦しくなる。

ギンは知らない。母さんも、父さんも、栞も、誰も知らない。この瞬間、瀬宮圻の右目から流れているのがギンの涙ではなく、俺の涙だということを。




『天(てん)が下(した)の万事(ばんじ)には時期(じき)があり、すべての事(こと)には時(とき)がある』

コヘレトの言葉 第3章1節


 ――僕は


 俺なのか


 それとも


 俺の中で


 ずっと眠っていた僕なのか


 名前を失った者よ


 名前を与えられた者よ


 新しい名を


 白き石に刻まれた者よ


 その名を呼ぶのは


 誰なのか


 生きている者か


 死んだ者か


 それとも――

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