第11話:紺屋の白袴
顔を上げると、見覚えのある女子が立っていた。青みがかったボブの髪。背はクラスの中では小さいほうだ。彼女は少し困ったように笑っていた。
「……茂原藍さん?」
「うん。覚えててくれたんだ」
「自己紹介、聞いてたから」
「そっか」
彼女は私の隣に座った。
「柊さんのこと?」
「え、分かりやすかった?」
「うん、少しね」
それだけ言って、茂原はしばらく黙った。
何かを無理に聞き出そうとはしなかった。
「……私、あんな迷惑なことしちゃった」
「そうだね、ちょっとだけ」
「やっぱり」
「でも、瀬宮くんもやりすぎてた」
「……」
「だから、どっちが悪いとかじゃないと思う」
茂原はそう言って、膝の上で手を組んだ。
「飯野さん、あなたは寂しかったんじゃないかな」
「寂しい?」
「うん。柊さんと瀬宮くんが仲いいから」
「……そうなのかな」
「たぶん」
彼女は少し考えてから、続けた。
「人って気になる人がいると、変なことしちゃうことあるから」
「茂原さんも?」
「私はしないよ」
「即答だね」
その横顔を見ていると、不思議と胸の重さが少しだけ軽くなった。
「瀬宮くんも、そんなに気にしてなかったと思うよ。多分口下手なだけで」
「でも……」
「だったら、今すぐに謝ればいいの」
「……そうだね」
「うん」
茂原は立ち上がった。
「さっそう行こ? 隣の席でしょ、バス」
「うん」
「気まずかったら楽しくないもん」
「うん」
「緊張してるね」
彼女は笑った。
「一旦行ってみよっか」
「……わかった」
私たちは並んで階段を下がった。
***
トイレのために僕が教室を出ようとすると、ちょうどドアが開いた。
彼女は僕を見るなり、少しだけ立ち止まる。
「……瀬宮くん」
「うん」
「さっきは、ごめん」
のどかは深く頭を下げた。
「私、調子に乗ってた」
「……僕も言い過ぎた」
「ううん。私が悪かったから」
「でも、本当にごめん」
顔を上げたのどかは、まだ少し目が赤かった。
「……これで、お互い様ってことにしない?」
僕がそう言うと、のどかは一瞬だけ目を丸くした。
「うん!」
そしてそのまま自分の席へ戻っていく。
「よかったー」
廊下から声がした。
見てみると外で茂原が立っていた。
彼女は微笑んでいた。
僕と目が合う。
すると、茂原は小さく手招きをした。
「……僕?」
こくり、と頷く。
「えっと、茂原さんだよね?」
廊下の窓際まで行くと、茂原がこちらを見上げていた。
「うん、はじめまして。瀬宮圻くん」
「話って何?」
「ちょっと聞きたいことがあって。瀬宮くんって、柊さんと仲いいよね」
「……まあ、席が隣だから」
「それだけ?」
「それだけだよ」
「ふーん」
茂原は楽しそうに笑った。
『おい、ギン』
「何」
『これ面倒くさい匂いがする』
「……そうか?」
「どうしたの?」
「いや、何でもない」
茂原は首を傾げた。
「変なの」
「よく言われる」
「そう?」
「うん」
「私は、そんなに変だと思わないけど」
「……変だってさっき言ったのに」
「たしかに」
茂原は窓の外を見た。
校庭では、運動部らしい生徒たちが走っている。
「高校、楽しい?」
「まだ二週間だから、何とも言えないけど……」
「けど?」
「楽しいと思う」
「そっか」
茂原は嬉しそうに頷いた。
「よかったね」
「何が?」
「高校生活」
その言葉を聞くと現実味が湧かない。だけど楽しいと実際感じれている。
『ギン、友達増えたな』
「……まあな」
「また一人で喋ってる」
「違うって」
「ふふ」
茂原はまた笑った。
「テニス部、入るの?」
「まだ決めてない」
「上手だったよね」
「見てたの?」
「ちょっとだけ」
「恥ずかしいな」
「すごかったよ」
「ネオがやっただけだけど」
「ネオ?」
「……」
しまった。
僕は一瞬、言葉に詰まった。
茂原は何も言わなかった。
ただ、ゆっくり首を傾げる。
「……ああ、そういうこと。瀬宮くんって、時々独り言言うから」
「そういうことにしておいて……」
「うん」
茂原は、それ以上聞かなかった。
それが、少しありがたかった。
「そういえば」
茂原が話題を変える。
「グリーンスクール、楽しみだね」
「長野だから自然豊か」
「うん。五時間のバスはちょっと大変だけど」
「寝ればいいだろ」
「寝られるかな」
「寝られない?」
「バス酔いするから」
「ああ……」
「だから、ちょっと不安」
「薬とか持ってきたら?」
「そうする」
茂原は小さく笑った。
「茂原さんは誰と座るの?」
「私? 田くんだよ。どっちも余っちゃって」
「そうなんだ」
「うん」
茂原は窓の外を見た。
「でも、たぶん大丈夫」
「何が?」
「ちゃんと、なるようになるから」
「……変な言い方だな」
「そう?」
「うん」
「ふふ」
茂原藍はよく笑う女の子だ。
「じゃあ、戻ろうか」
「うん」
二人で教室へ戻る。
席に着くと、美桜がこちらを見ていた。
「ずいぶん長かったね。茂原さんと話してたの?」
「そう。グリーンスクールの話」
「そっか」
美桜はそれだけ言って、ノートに視線を戻した。
『ギン』
「何?」
『お前もう口滑らせんなよ?』
「善処する」
『そこは否定しろよ』




